第56話:決断~アレンの選択(3)
「おい、どうだ? レイに追いついたか?」
やや遅れてジンもたどり着き、その場にたたずんでいるアレンに声を掛ける。
前を向いたまま何も答えないアレン。その様子から、目的の人物に会うことが叶わなかったことを察したジンは「そうか」と優しく微笑むと、元気づけるように肩を叩いた。
「ま、こういうこともあるさ。それに、こっちには組織の場所が書かれた紙もある。明日行ってみて『ヤスガルンで最高責任者から勧誘を受けた者だ』と言えば、誰かが取り次いでくれるだろう。その時にでも、さっきお前が選んだ答えをレイに伝えてみればいいんじゃねえのか?」
「……」
「私に何かご用でも?」
突如、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
即座に二人が振り返ると、通りのどこにもいなかったはずのレイがニッコリと微笑みながら間近に立っている。
「うわあっ!?」
「紅茶男!?」
一メートルも満たない至近距離に忽然と現れた彼に、アレンとジンは不意打ちを食らった顔で叫び、とっさに後退った。
「ああ、びっくりしました」
「『びっくりしました』じゃねえだろ、紅茶男! 何、あたしらの中に紛れ込むように背後に立ってるんだ! てめえ、街で重要な用事があるんじゃなかったのかよ?!」
「勿論、ありましたとも。ちょうど今、そちらのお店で済ませたところです」
そう言って、レイは両腕に大事そうに抱えているある物をアレンに見せた。それは『紅茶専門店フェアリー・リーフ』という刻印がされた、紅茶を取り扱っている店の紙袋であった。
彼の後方に視線を移すと、店の窓から店員が笑顔でお辞儀をしている。
「用事って、紅茶を買いに行くことだったのかよ、おい!?」
「ええ、そうですよ? こちらのお店は様々な国の紅茶を扱っていましてねぇ。さすが、商業が盛んな街。私、このお店が好きでよく買いに来るのですよ。そろそろ先月買いましたノエール産のダージリンがなくなるところでしたので、今度はマリエル産のアッサムをと。お目当ての物が無事に手に入りまして本当によかったです。……顔色が悪いようですが、どうかしましたか?」
「ああ、もう何でもねえよ。好きにしてくれ……」
真剣になって追い掛けていたことが馬鹿馬鹿しくなったのか、アレンは痛む頭を押さえて拍子抜けする。そして「こんなやつが最高責任者である組織に入って本当に大丈夫なのか?」と考えると、先程の決断も忘れて急激に自分達の未来が心配になってきた。
「それで、私に何か伝えたいことがあると話していましたが、どのようなご用件で?」
「それはだな、……ほら、アレン!」
不安に苛まれているアレンに後のことを任せ、ジンは背中を押してレイの前に突き出した。
いきなりの行為に多少よろけつつも、何とか踏み留まったアレンは、心の準備が出来ていない自分を送り出したジンを鋭く睨みつける。
「急に押すんじゃねえよ、ジン! つか、何であたしなんだよ!? 最初に言い出したのはおまえなんだから、おまえが行けばいいだろ!」
「たまには自分の気持ちくらい、自分の言葉で言ってみたらどうだ? いい機会じゃねえか。それともあれか? お前に限って、怖気づいちまったのか?」
最後の部分は挑発するように、ニヤニヤしながらジンはアレンの顔を覗き込む。
他者から馬鹿にされることを極端に嫌うアレン。これはその性格を利用したジンの作戦であった。今ここでレイに言いに行けば無事に彼の思惑通りに、逆に言わなければ臆病者として当分の間はからかわれるといった具合だろう。
誰かの手のひらで踊らされるのは癪に障るが、それ以上に、伝え終えるまでいつまでもニヤついているこの青年の存在が何よりも耐え難かったアレンは、苛立つ感情に任せて勢いよく髪を掻き上げる。
「ちっ、しょうがねえな。――おい、紅茶男!」
振り向き間際にジンの鳩尾を思いきり殴りつけてから、アレンはレイに言葉を投げ掛ける。
「歩いたら気が変わった。おまえがあまりにもしつこく誘うから、組織とやらに入ってやろうじゃねえか。ただし! あたしらのことで詮索するような真似はするんじゃねえぞ。入る理由も訊くな。言いたいことは以上だ、分かったな?」




