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Psychedelic~サイケデリック  作者: 幻想箱庭
第5章 運命の歯車は埋め込まれ
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第55話:決断~アレンの選択(2)

「あたしらはな、やるべきことがあってこの国に来たんだよ。別に人助けをするわけでも、ましてやテロリスト共と戦うわけでもねえ。そんな『障害』を相手にするためにここまで旅をしてきたんじゃねえんだ。それをどこかの民間総合軍事組織の人間が、構成員になってお国の平和のために従事してほしいとほざきやがる。こちとらそんなことに時間を割いてる暇はこれっぽっちもねえんだよ。一日も早く、あたしらはあたしらの『目的』を果たす。例え全てを犠牲にしてでもな。だから、それを邪魔するやつはテロリストだろうが対能力者組織だろうが関係なく排除してやる。……そういうことだ、紅茶男。『目的』を果たすまでは端からこの国を出るつもりはねえが、かと言って、おまえのところのお仲間になるつもりも毛頭ねえ。人員を増やしてえのなら、他のやつを当たるんだな」


 これまでため込んできた鬱憤を晴らすかのように、思いの全てを一気に吐き出すアレン。そしてすぐさまレイに背を向けると、ジンの袖を引っ張って早々にこの場から立ち去ろうとする。


 その後ろ姿を眺めながら、レイはそっと手を下ろし、どこか寂しげな笑みを浮かべて首を振った。


「そうですか……。それは残念です。貴女がたほどの人材を失うのは正直なところ、辛いですが、断られてしまった以上、仕方がありませんね。『組織のスパイ』というのも(わたくし)が勝手に決めたことですので決して無理強いはしませんが、当面は『情報の提供者』として協力してもらえますと助かります。あと、それと――」


 一時的に会話を中断し、レイは懐から一枚の細い紙切れを取り出すと、立ち止まっているジンにそれを手渡した。


「こちらに組織の名前と住所が書かれています。何か困ったことがありましたら、いつでも訪ねてくださいね。微力ではありますが、ある程度のことでしたらお力になります。……では、これ以上お引き留めするのも申し訳ありませんので、これで失礼させていただきます。(わたくし)の方も街で重要な用事を済ませに行かなくてはなりませんので、縁がありましたらまたお会いしましょう」


 最後に微笑んでから、レイはアレン達に深々と一礼し、踵を返した。

 暫しの間、遠ざかっていく彼の姿をジンは見つめていたが、やがて手渡された紙切れに視線を落とすと、そこに記された文字を目で追った。


「おい、ジン。行くって言ってるだろ。何、さっきから固まってるんだよ」


 立ち止まったまま動こうとしないジンに、若干の苛立ちを覚えながら、アレンは何度も袖を引っ張る。

 そんな彼女に、ジンは紙切れを衣服の中にしまい込むと、両腕を頭の後ろで組んで問い掛ける。


「……なあ、お前は本当にそれでよかったのかよ」

「はあ?」

「俺は悪くねえと思ったんだけどなー、あの誘い」


 ぼんやりと空を仰ぎ、ジンはすました顔でそう述べる。

 刹那、二人の間にあった空気が凍りつき、僅かな時間であるが沈黙が訪れた。


「……何だよ、ジン。まさかおまえ、あいつの組織の構成員とやらになろうと思ってるんじゃねえだろうな?」


 静かに、しかし怒りを含んだ目でジンを睨み、問い詰めるアレン。

 対する彼は口では肯定しなかったものの、その態度からは否定の意が全く見受けられなかった。


「……ふざけたことを言ってるんじゃねえ! 『目的』はどうした!? あたしらはメディエーターを、やつの協力者を倒すためだけに今まで生きてきたんじゃなかったのかよ!? 何に感化されたのか知らねえが、今更それをほったらかしにしろって言うのか?!」

「そうじゃねえよ」


 怒りを剥き出しにして叫ぶアレンに、ジンは落ち着いた物言いで答える。そして揺るがぬ視線を彼女に向けると、己の内にある強い意志を伝える。


「勿論、俺は俺の復讐を、そしてお前の復讐を果たすつもりだ。それは今もこれからも何が起きようが絶対に変わらねえ。だがな、一日でも早く『目的』を成し遂げるためには、俺達を後ろ盾してくれる強大な力が必要なんだよ。奴らがこの国に潜んで何かを企んでいるのは確かなことだが、今の俺達には奴らに関する情報も、この国で生き抜いていくための知恵も金もまだまだ足りねえ。このままだと、いつたどり着けるのか分からねえぞ? だけど、少しは考え方を変えてみろ。あのレイという奴が所属している組織、国の管理下にないとはいえ犯罪能力者を相手にする、言わば戦闘と情報収集力に長けたプロ集団だ。そこの構成員になって能力者絡みの事件を追い続けていけば――」

「いずれは、メディエーターと奴らに関する情報が手に入る……」

「そうだ。今回のテロリスト事件のように、メディエーターは必ず新たな協力者と手を組んで、再び事件を起こすだろう。そうなった時、組織の人間を味方につけておけばこっちの戦力も上がるし、上手くいけばそのまま奴らにたどり着くことも出来るかもしれねえ。俺達は組織に所属するんじゃなくて、()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう考えれば、お前だって少しは気が楽になるだろ?」


 冷静に物事を判断した上で、アレンにとって納得のいく言葉を用いて説得を試みるジン。


 その時、通りの奥から一陣の風が吹き、両者の間に生じた溝を埋めるように横切っていった。


 無言のまま次第に平常心を取り戻していくアレンを前に、彼は「ふっ」と口元を緩めると、誰にも聞き取れないくらいの小さな声で更に呟いた。


「……ま、たった数回の接触でこいつの本質を見抜いたレイの組織にだったら、安心して任せられるっていうのもあるけどな」

「あ? 何か言ったか、ジン」

「ただの独り言だ、気にするな。そんなことより、どうするんだ、アレン。このまま二人だけでメディエーター連中を捜すのか、それとも今からレイを追い掛けて構成員になる旨を伝えに行くのか」


 先程までの笑みを消して、ジンは最終的な意見をアレンに求める。


 全ての決定権を委ねられ、アレンは俯き、自身の心にある葛藤と向き合い始める。

 これまで通り自由に行動しながら、何の当てもなくメディエーター捜しに専念するのか。あるいは、組織に所属して無駄な労力を費やしながらも、戦力と情報収集力を身につけるのか。


 双方のメリットとデメリット、そして理想と現実を天秤に掛けた末、彼女は――。


「……ちっ!」


 盛大に舌打ちしてから顔を上げ、覚悟を決めてレイが立ち去った方角を目指して一気に駆け出していった。


 既に視界の先にレイはいない。しかし、このまま突き進んでいけば、店が立ち並ぶ大きな通りに出るだろう。

 幸い、別れてからさほど時間は経っておらず、今から走っていけば「街に行く」と言っていた彼の姿を通りのどこかで見つけることが出来る。そんな一縷の望みを掛けてようやく大通りに出たアレンは道の中央で立ち止まると、急いで周囲を見渡した。


 煌々と照らされた西の街。街灯の下では、帰路につく者や飲食店に向かう人々の姿がうかがえ、日中とは異なる賑わいを見せていた。

 だが、肝心のレイはどこを捜しても見当たらなかった。


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