第52話:牢獄機関(4)
「……さて、これでようやく二人きりになれましたね」
静寂に包まれた空間で、最初に口を開いたのはレイであった。
彼はゆったりとした口調で話し掛けると、再びアレンに微笑んだ。
「紅茶男、てめえ、一体何者――」
「最初にヤスガルンで起きた『焼死体事件』ですが――」
自身に向けられた質問を遮るように、どこか遠くを見つめながらぽつりと呟くレイ。
「どうやらあの事件、犯人は二人いたそうですね」
「……は?」
彼の口から発せられた言葉の意味が理解出来ずに、アレンは呆けた声を出してしまう。
「いえ、ですから、犯人は二人いたんですよ。ファルネルツ通りとレニーヌ通りの二箇所で。不思議なことですが、同じ国で同じ日に、それぞれの地点で別の炎の能力者による殺人事件が二件もあったようです。しかし、公の場に現れたのは貴女が起こしたレニーヌ通りのみ。もう片方は、遺体が現場から隠されていたこともあり、今日に至るまで誰にも発見されずにいたそうです。そのため、世間ではヤスガルンの『焼死体事件』は一件しか起きていないものと思われたのですね。私も組織の仲間から連絡が入った時はとても驚きましたよ? アレンさん」
「てめえ……っ!」
「どうしてあたしの名前を」と言わんばかりの表情で、アレンはレイに問い詰めようとする。
しかし、この人物ならば自分の情報を知っていてもおかしくないと悟ると、先程言おうとした愚問を取り止めて、別の質問に切り替えることにした。
「おい、紅茶男。こんなところまで来たからには、あたしに用があるってことだよな。何が目的だ? わざわざ名前を調べ上げて、一体、何を企んでる?」
「企んでいるとは、随分と警戒されているようですね、私……。ですが、そう思われても仕方がないかもしれません。……では、単刀直入に言いましょう。私、貴女を私共が所属する民間総合軍事組織 《クロス・イージス》の構成員としてお迎えに参りました」
笑みを浮かべたまま一礼し、そう答えるレイ。その突拍子もない台詞に、脳の情報処理が追いつかなかったのか、アレンとジンは固まってしまった。
「何を言って――」
「貴女は私とエスレーダに入国する前に出会い、組織の構成員にならないかという話を持ち掛けられた。そしてそれを承諾した貴女は、『焼死体事件』とテロリスト達による一連の犯罪事件を解明するために、組織の『スパイ』としてウェイトレスに扮装し、偵察及び彼らを殲滅した。警官隊や牢獄機関に情報が行き届かなかったのも、勧誘の話があまりにも急だったため、証拠となる資料が作れぬまま今に至ってしまった――こんなところでよろしいでしょうか? 貴女を連れ出す理由としては――」
顎に手を当てながら、まるで予め用意した脚本を読み上げるようにレイは流暢に語り出す。しかし、その言葉は最後まで紡がれることなく、鉄格子を思いきり蹴りつけたアレンによって遮られた。
「おや、どうかしましたか?」
突然の行為に別段驚く様子もなく、レイは小首を傾げると、苛立った面持ちのアレンに尋ねる。
「『どうかしましたか?』じゃねえよ! 大人しく聞いてれば、勝手なことばかり言いやがって。『構成員として』? いつあたしがそんなわけの分からねえところの人間になったって言うんだよ!」
「いえ、この話は今初めてお伝えしたことですので、正式には貴女はまだ構成員ではありませんよ? ですが私、是非とも貴女のような方に組織に入っていただきたいと思いまして。まあ、要するに~……勧誘、というのでしょうか?」
今度はあどけない笑みで、レイはアレンの顔を覗き込んだ。
その言動と仕草に調子が狂い始めてきた彼女は、感情的になったところでまともな返答が来ることはないと判断すると、心を落ち着かせて、ゆっくりと口を開いた。
「……紅茶男、民間総合軍事組織だか何だか知らねえが、てめえ医師じゃなかったのかよ。あたしに何を求めてるのかは分からねえが、組織に入れるとかそんな権限、てめえにはねえだろ。そのふざけた勧誘話はいいから、さっさと正体を明かしやがれ」
「『正体を明かせ』、ですか……。隠すつもりはなかったのですが、貴女の言う通り、私は組織の医療長として働いています。しかし、それは副業みたいなもの。正式なご挨拶がまだのようでしたので、改めて――」
そう言って、彼は胸に手を当てて――。
「私、イレイザート民間総合軍事組織 《クロス・イージス》、最高責任者のレイと申します。この度は、貴女とお連れの方の勇敢な行動により、両国で起きた『焼死体事件』の解明、及びテロリスト達の脅威から国民を守ることが出来ました。つきましては、組織の代表者として御礼の言葉を申し上げると共に、貴女がたを構成員として迎え入れたいと思い、こちらまで赴いた次第でございます。願わくは、すぐにでもよきお返事をいただけましたら幸いなのですが~……。どうです? 採用する権限はしっかり持っていると思いますが? 私」
再び小首を傾げつつ、尋ねる形でアレンからの返事を待つレイ。
そんな彼の姿を、頭の天辺から爪先まで観察し、一呼吸置いてから、
「あー……。悪ぃ、紅茶男。聞き間違いだと思うが、最初の方で……何だ? 『最高責任者』とかあり得ねえ単語が聞こえたような気がしたんだが、組織の……何だって?」
彼女は自分の耳を疑い、もう一度聞き直した。
この度は、『Psychedelic~サイケデリック』第52話をお読みいただき、誠にありがとうございます!
遂に明かされたレイの正体。
実は、そうだったのです!!
このお話が少しでも「面白い!」「続きが気になる!」と思われましたら、是非ブックマークやいいね、評価等で応援をいただけますと嬉しいです!
作者の励みになります(星1でも大歓迎です♪)




