第49話:牢獄機関(1)
「いいか、これから尋問官が来てお前の取り調べを行う。それまでは大人しくこの中で待っていろ!」
鉄格子に錠が掛けられる音と共に、看守の荒々しい怒鳴り声が薄暗い一室に反響する。
牢獄機関にあるとある独房。警官隊によって身柄を引き渡されたアレンは、凶悪事件を起こした犯罪能力者として、急きょ特殊尋問官による取り調べを受けることになっていた。
冷たい床に繋がれた足首の鎖を弄りながら、アレンは依然として笑みを保ったまま、鉄格子越しに看守に問い掛けた。
「へぇー、尋問ってことは、拷問でも加えたりするのか?」
「それはお前次第だ。……ったく、囚人の癖によくもそんな態度でいられるな。見ているこっちの頭が痛くなる」
「痛くなるなら、とっとと帰れよ」と心の中で悪態をつきながら、アレンは仰向けに寝転び、瞼を閉じる。
「とにかく、ここで大人しくしているんだ。くれぐれも脱獄しようだなんて馬鹿な真似を考えるんじゃないぞ!」
それだけ言い残すと、彼は鉄格子から離れて、独房のある部屋を出ていった。
金属製の扉が乱暴に閉められ、重々しい残響が尾を引くように消えていく。
「……」
誰もいなくなったことを確認し、アレンはうっすらと目を開け、弾みをつけて体を起こす。
そして視線を、何かの文字列が刻まれた手枷に落とすと、まじまじとそれを観察した。
(……警官隊のやつらにつけられた時から違和感はあったが、この手枷、あたしの能力を封じてやがるな。特殊能力の方も使えねえし、さて、どうしたものか)
機械に魔法の力を組み込むことによって作り出された再生技術。武器や機材に用いられるだけでなく、能力者の動きを封じるものもあると聞いていた彼女であったが、まさか自分の手首にある「これ」がそうだとは想像もしていなかった。
連行した相手が対能力者組織の人間ならまだしも、無能力者で編成されているはずの警官隊が所持している。一般的な国では考えられない事であるが、再生技術の開発が進んでいる大国ならば話は別なのかもしれないと、この時になってようやくアレンは気づかされた。
(……しかも、これから尋問ときた。そろそろ平然としてるのも疲れてきたし、拷問される趣味もあたしにはねえ。ジンのやつ、一体どこで何してるんだよ――)
「開けるぞ!」
突如、勢いよく扉が開かれ、看守とは異なる制服の男が入ってきた。
彼は独房に向かってまっすぐ進むと、手前で立ち止まった。
「囚人番号五〇八四! 今からお前の取り調べを行う。痛みを伴いたくなければ、こちらの質問に正直に答えろ!」
目深に帽子をかぶった男は叫ぶ。
しかし、アレンは物凄く面倒臭そうな顔をすると、ため息混じりに目の前の人物を睨みつけた。何故なら、彼は――。
「……何、遊んでるんだよ、ジン」
どこから拝借してきたのか、牢獄機関の人間しか身に纏うことが許されない制服を着用して、ジンはニヤニヤと笑っていた。
「何だよ、アレン。せっかく人が迫真の演技で尋問官をやってみたっていうのに、全く取り乱さねえじゃねえかよ。顔を隠していたのに、よく俺だって分かったな」
「迫真の演技云々より、声でバレバレだっつーの。看守はどうした?」
「看守か? 奴なら一撃で気絶させて、その辺の部屋に転がしておいたぞ。他の連中もそうだったが、この恰好で顔さえ見せなければ、案外バレずに済むもんなんだな」
帽子を上げ、素顔を晒すジン。彼の台詞から推測するに、今着ている服も誰かを襲って奪ったものなのだろう。
「それより、よくあたしがいる場所が分かったじゃねえか。この牢獄機関、結構広かったぞ」
「まあ、そこは予めお前の体に『目印』を焼き付けておいたからな。力を発動している間は、ある程度の位置の把握くらい余裕で出来るんだぜ?」
「あ?」
直後、彼女が愛用しているグローブから黒い印のようなものが浮かび上がり、闇となって消えていった。
「……おまえ、いつの間にこんな物を残してたんだよ」
「時計塔で警官隊から逃げ出す前にちょっとな。……と、話は変わるが、アレン」
ここで、ジンの表情が一層ニヤついたものへと変わり、
「お前のことだ。警官隊や看守が相手でも強気な態度を見せ続けていただろうが、内心、結構焦っていたんじゃねえのか? いつ俺が助けに来てくれるのか、冷や冷やしながら待っていたんだろ?」
「はあっ?!」
ジンの口から出た言葉に、間髪入れずにアレンは叫んだ。




