第47話:能力者達の死闘~狂宴の終幕(2)
ガラガラと音を立てて崩れ落ちる壁や天井。
暫しの間、地震にも似た揺れが続いていたが、次第にそれらが収まると、巻き上がる砂塵に塗れながらアレンは目の前の存在に顔をほこぼらせた。
彼女の視線の先にあったもの。それは左目に血が付着した状態で固まり、焦点の定まっていない瞳でアレンに顔を向けているジンがいた。
右腕は深く壁に突き刺さったまま――しかし、衝突の間際、彼は反対の腕でアレンを抱き寄せ、包み込むように衝撃と瓦礫からその身を守っていた。
あらゆる脅威が過ぎ去り、ジンは左腕を下ろしてアレンを解放する。
だが、理性が戻りきっていないのか、目は虚ろで、体も脱力して動くことはなかった。
「ジン」
静かな声で呼び掛けたが、反応は全くない。
「今からおまえを元の姿に戻してやる。覚悟しておけよ」
相手からの返答を待つことなく、アレンは彼の首――変貌時に唯一消えずに残っていた首枷に目をやると、傍らにあるジンの爪に触れて、指を動かし故意的に傷つけさせた。刹那――。
「――ぐ、がっ、ああああああああっ!!」
首枷から稲妻が走り、瞬く間にジンの全身を包んだ。
体を襲う激痛に叫び、身悶えするジン。すると、彼の至るところから大量の闇が放出され、それまであった異形の腕も殻も形を失い、黒い霧となって飛散していった。
「……かはっ、はあっ、はあっ……」
やがて元の姿を完全に取り戻し、瞳の色が赤から金に、髪も色素がない白色に戻ったその時、ようやくジンは稲妻から解放された。
膝をつき、息を荒らげながらも、視界の端に立つ少女の姿を認識する。
「……アレン」
ゆっくりと顔を上げ、蚊の鳴くような声でジンは名前を呼んだ。
「……この首枷が発動したってことは、俺、またあの姿になっちまったんだよな……? あの姿になって、またお前を殺そうとしたんだよな……?」
抜け落ちた記憶を探るように、たどたどしい口調でアレンに尋ねる。
対する彼女は肯定するわけでも否定するわけでもなく、瓦礫の中から変形しきっている自身の剣を拾い上げ、無言を貫き通していた。
「……やっぱ、怒っている、よな? 悪い、危険な目に遭わせちまって」
「ジン、こっちを向け」
謝罪を述べ、再び俯くジンに、やっと話し掛けてきたアレンの声は酷く淡々としたものだった。
彼女の言葉に従って彼が上を向いた途端、鈍い打撃音を立てて剣の側面がその顔面に直撃した。
「~~っ!」
「おーおー、結構いい音が鳴ったなぁ」
振り下ろした剣をかざしながら、満足げにアレンは頷く。
突然の行為にジンは顔を押さえて悶絶すると、驚愕の表情で彼女を見る。
「ア、アレン?!」
「ったくなぁ、おまえ。そんなの今日に始まった話じゃねえだろ。何回あたしが同じことを乗り越えてると思ってるんだ? 嫌だったら、端からおまえの封印を解いたりなんかしねえし、ここまで一緒に旅もしねえ、分かるか?」
半ば苛立ちながら、剣の側面で何度もジンの頭部を軽打するアレン。彼女の説教じみた台詞に、ジンは何も言い返せずに、ただひたすらその行為を受け入れる。
「それと、『契約』を交わす際にも言っただろ。あたしにはおまえの力が、おまえには『解放者』であるあたしの存在が必要だ。利害の一致だろうが関係ねえ。あたしらは互いの『目的』を果たす、それだけのためにここまで来たんだ。おまえは、人間だったおまえをそんな魔神の体と魂に変えたメディエーター連中に復讐するんだろ? だったら尚更、こんなことで弱気になってるんじゃねえよ」
言いたいことを全て言い終えたのか、アレンは「ふぅ」と一息つくと、手にした剣をどこかへ投げ捨ててしまった。
説教も終わり、ジンは床から立ち上がると、うっすらと笑みを浮かべてアレンを見つめる。
「何だよ」
「いや、やっぱお前は昔と全然変わっていねえなと思ってな」
「それは馬鹿にして言ってるのか、おい」
「そうじゃねえよ。まあ、確かにお前は口調が荒くて、好戦的で、男勝りだけど、それでも何だかんだで人を見捨てるってことはしねえ。さっきだって、一時間も暴れ回っていればどのみち俺は元の姿に戻れていたわけだし、戦闘員共が店を襲撃した時もお前は特殊能力を使って客を守っていた。外でしっかり見ていたぞ? 俺は」
ジンは言う。攻撃が当たりそうになった際、左目が極彩色に変わっていたことを。視たい未来の設定を「客に当たる全ての攻撃」にしていたのだろう? と。
彼の言葉に、アレンは暫く天井を仰いで沈黙していたが、やがて不服そうな顔で背を向けると、そのまま階の入り口へと歩いていった。
「……何言ってるか全然分からねえし、覚えてねえよそんなこと。くだらねえ戯言言ってる暇があったら、とっととこの場所を離れろよ。あまり時間が経たねえ内に崩れるぞ」
「あの坊やはあのままにしておいてもいいのか?」
動き出す直前、ジンは燃え盛る炎の向こう側を指して尋ねる。そこにはうつ伏せで倒れているものの、微かに肩を動かしながらまだ息があるアッシュがいた。
「別に問題ねえだろ。このまま放置しても、どのみちあいつは焼け死ぬか、瓦礫に圧し潰されて死ぬ。あたしが手を下すまでもねえよ」
「そうか」
アレンの返答に短く答えると、ジンは横目で一瞥してから最上階を後にする。
二人が立ち去るまでの間、炎の中に消えていくアッシュの姿を見る者は誰もいなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『Psychedelic~サイケデリック』をお読みいただき、誠にありがとうございます!(*^^*)
今回の話で、時計塔戦は終了となります。
次話からは、戦闘とは異なるシーンにはなりますが、まだまだ急展開がございますので、今後ともお付き合いいただけますと嬉しいです。
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