第46話:能力者達の死闘~狂宴の終幕(1)
「――さてと」
まるで何事もなかったかのように、アレンは瀕死のアッシュをその場に残すと、剣を回収してから燃え盛る炎の、その更に奥を目指して歩いていった。
「……ジン」
やがてホールの端にたどり着くと、アレンは立ち止まり、ジンの名前を呼んだ。
「ウウウウウウウウ……」
唸り声を上げ、火の海と化した空間の中で、ジンは戦闘員達の死体をぶら下げながらうろうろと歩き回っていた。
アレンの存在に気づいていないのか、既に人間の形をとどめていない死体を損壊して彷徨う姿は、新たに破壊すべき獲物を探し求めている飢えた怪物であった。
一歩間違えれば自分の命さえ危うくなる。そんな状況にも関わらず、アレンは少しも恐れる様子もなく、ジンとの距離を詰める。
「ジン!」
一際大きく名前を呼んだ瞬間、ジンの血のように赤い四つの瞳が一斉に動き、アレンの姿を捉えた。
新たな獲物の出現に、彼は敵意をむき出しにした目でより強く唸ると、ぶら下げていた死体を床に落とし、全身を震わせる。
そんな目の前の存在に、アレンは手にした剣を傾けて、躊躇わず自らの手のひらを斬りつけた。
筋を描いて左手から溢れ出す鮮血。それを握り締め、切っ先をジンに向けてあおった。
「荒療治してやる。掛かってこい、ジン」
「ウ、ウウウウッ! ガアアアアアアアアアアッ!!」
咆哮し、アレン目掛けて一直線に駆け出すジン。対する彼女は痛む左腕を無視し、両手で剣を握り、彼からの攻撃を待ち続ける。
左目を通して観測したジンの行動パターン。二秒間という短い未来の中で行われる、上段からの斬撃と、胴体を狙った連撃。それらを一通り見終えた時、既に眼前に現れていたジンは右腕を振りかぶり、最初の攻撃を放とうとしていた。
飛び退いて斬撃を回避するアレン。襲い掛かってくる衝撃波に体が吹き飛ばされそうになりながらも、思いきり剣を床に突き刺して、摩擦を利用して何とかその場に踏み留まる。そしてジンが連撃を繰り広げるよりも先にアレンは背後の柱を蹴りつけ、彼の後方に回り込むため高く跳躍した。
標的を失ったことに気づかず、そのまま柱に切り掛かるジンの後ろ姿を、宙に浮いた状態で見据えながら彼女は考える。
(……あいつを手っ取り早く元に戻すには――)
音を立てて着地し、相手が動きを止めている間も、新たな未来を観測する。
(封印を解いたあたしの血と、あいつ自身の手によって、直接あたしを傷つけさせる行為が必要だ――)
着地音を聞きつけたジンが振り向きざまに放った攻撃を、転がるように避けつつ、跳躍する際に手放した剣を回収する。
(それには、あいつの左目に血をかけて先に暴走行為を止めさせる。やれるか……?)
一定の距離を取り、手のひらにある血の感触を確かめながら、アレンはジンの顔に視線を向ける。
理性を失い、破壊するだけの魔神と化したジン。しかし一箇所だけ、以前と変わらぬ部分があった。
闇を纏い、全身を覆う漆黒の殻。だが、左目周辺の顔面だけは瞳の色こそ違うものの、霧が晴れているように肌色の素肌が見えていた。
そんな完全に元の状態を失っていない彼の姿を見つめながら、アレンはクスリと笑った。
「……やれるかやれねえかじゃねえ、やるんだったな。おい、ジン!」
体を震わせ、今にも襲い掛かろうとしているジンに、アレンは叫ぶ。
「今度は心臓を狙うんだろ? だったら、全力で掛かってこい。あたしはここにいる、外すんじゃねえぞ!」
彼女は視ていた。ジンが胸を突き破り、心臓をえぐり出す未来を。
「ウウウウウウウウッ! ガアアアアアアアアアアッ!!」
片腕を振り上げ、その場から逃げようとしないアレンに向かってジンは疾走する。そして今、眼前にいる者の命を奪おうと、巨大な爪を広げて一気に突き出した。
(――今だ!)
瞬きすら許さない状況下、アレンはジンの攻撃速度を、角度を、タイミングを見計らい、突き出された右腕――爪と爪の間にある僅かな隙間を狙って剣を突き刺した。
吹きすさぶ衝撃波に耐えながら、アレンはジンの腕に刺さっている剣に必死にしがみつく。
勢いを落とすことなく、ホールを駆け抜けていくジン。その先には壁。このまま突き進んでいけば、能力者であるアレンといえども無事では済まないだろう。
刻一刻と迫るタイムリミット。
やがて衝撃波による突風が治まり、風向きが変わった瞬間、アレンは左手を伸ばし、空気の流れに乗せて自身の血液を飛ばした。
――直後、大きな衝突音が時計塔内部に響き渡った。




