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Psychedelic~サイケデリック  作者: 幻想箱庭
第4章 役者達の狂宴
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第45話:能力者達の死闘~己が意志のもとに(2)

 舌打ちし、魔力を温存するためにも右腕の能力を解除するアレン。

 頭上に残る炎の塊はあと一つ。アッシュとの距離を取りつつ、放つべきタイミングを見計らう。


(……『これ』が届くかどうかは分からねえが――)


 胸中で呟き、アレンは切り札に意識を集中させる。


(やつの隙さえ突くことが出来れば、一気にカタをつけられる。それまでは、無駄な魔力を使わねえように気をつけねえと――)

「どうした? 裏切り者。さっきから逃げてばかりじゃないか」


 一向に攻撃を仕掛けてこないアレンに、挑発を試みるアッシュ。

 その顔には、優位に立つ者が見せる慢心的な感情はなく、あくまでも冷静に、眼前の敵の出方をうかがっていた。


「さっさと攻撃をしてみたらどうだ? オマエの炎、どんどん小さくなっているぞ?」


 鼻で笑って、アッシュは指摘する。

 彼の言う通り、頭上に浮かんでいた塊が生み出した当初と比較して幾分か小さくなっていた。


「……はっ、バレてたか」


 薄笑いを浮かべ、アレンは自分に向けられた言葉を肯定する。


「いやー、一度体から切り離した炎を移動先まで持ってこさせるなんて芸当、結構難しいんだぜ? 魔力は消耗するわ、維持するために意識を集中させるわで、滅茶苦茶疲れるんだわ。しかも避けながらときた。注意力が散漫になれば、まあ、小さくもなるだろうな」


 流暢(りゅうちょう)に語りながら、(もてあそ)ぶようにくるくると塊を回転させる。


「だがな、ガキ。おまえはあたしのことで心配する必要はねえんだよ。言ってる意味が分かるか? おまえを倒すには、これくらいの力でも十分なんだよ」

「……は、」


 馬鹿にするような発言に、アッシュの表情が凍りついた。かすり傷一つ負わせられず、逃げているだけの敵が「自分を倒すのにこれで十分」だと言う。

 ――完全に舐められている。そう理解した瞬間、アッシュは自身の内側からどす黒い何かが湧き上がってくるのを感じ取った。


「舐めているのか? このオレを? ……ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるなっ!!」


 湧き上がる感情に任せて、声を荒らげるアッシュ。

 怒りに誘発されて、大量に放出した炎が彼の腕に纏わりつき、燃え盛る双爪(そうそう)を形成する。


「おーおー、低ランク能力者にしては上出来なんじゃねえのか? だが、もうおしまいだ。あたしもそろそろ疲れてきたからな、一気にカタをつけてやる」


 アッシュが作り出した炎にニッと笑い出すと、アレンは再び能力を発動し、それを右腕に纏わせた。

 螺旋状(らせんじょう)に回転する炎の渦。ただし魔力が足りないせいか、これまでとは比べものにならないほど、火力が弱い。


「そんな炎で何が出来る? オレの能力で掻き消してやる!」


 対峙(たいじ)する二人の能力者。火の海と化していく空間で先に飛び出したのは――アッシュだった。

 斬撃を繰り広げ、回避するアレンの髪や衣服に無数の焦げ跡を刻みつける。


 この時、彼女はあるものに視線を移し、思考を巡らせた。指定した未来を事前に視る特殊能力。裏を返せば、その未来が映らなくなった瞬間こそ、彼の攻撃が止む、この戦闘の突破口なのだと。


 そして待ちわびていた『その時』が訪れた。アレンの頭部を狙ってアッシュが攻撃を仕掛けた際に、彼女の虹彩の色が蒼に切り替わったのだ。

 素早く後退し、アレンは背後に転がっていた「それ」――先程の戦いで落としたままでいた自身の剣を蹴り上げ、頭上高く飛ばした。

 反射的に目で追い、注意が完全にそれてしまったものの、すぐさま視線を戻すアッシュ。しかし、既にアレンは右腕に纏っていた炎を、鞭の要領で伸ばして彼の眼前へと放っていた。


 とっさに防ぎ、顔を庇うアッシュであったが、その僅かな時間、重力に従って落下した剣がアレンの手中に収まると、彼女は素早く斬り掛かり、渾身の力でアッシュの胴体を蹴りつけた。


「ぐぅ……っ!」


 呻き声を上げて相手が体勢を大きく崩している隙に、アレンは放つ。最後の炎の塊を。

 空を切って迫り来る塊を、愕然(がくぜん)とした顔でアッシュは見つめる。そして――。


 派手な爆発音と共に、振動が最上階全体を揺り動かした。

 剣を取り落とし、吹きつける熱風を能力が消し飛んだ右腕で庇いながら、アレンは耐え続ける。

 やがてそれらが収まると、彼女は腕を下ろして目の前の光景を確認した。――そこには、爆発前と変わらぬ姿で立っているアッシュがいた。


 炎の塊が着弾する直前、彼は双爪(そうそう)の炎を全て手のひらに集め、床目掛けて勢いよく射出させたのであった。反作用によってアッシュの体が横にずれたことにより、標的を撃ち損じてしまったのである。


「……は、ははは」


 息を切らせ、安堵の表情を浮かべて笑い出すアッシュ。


「確か、さっき外したのが最後の一個だったよな? これで、オマエの攻撃手段は全てなくなった。勝負はオレの勝ちだ、裏切り者」


 床の上に転がっていた剣を遠くに蹴り飛ばしてから、アッシュは無防備な姿で片膝をついているアレンの前で巨大な炎を生み出す。


「これで、終わりだ」


 長く続いた戦闘に終止符を打つように、アレンの頭部に右手をかざしたその時だった。

 突然、耳に届いた刺突音。続けて、焼けつくような胸の痛みがアッシュを襲った。


「……え」


 小さく声を漏らし、彼は視線を下ろす。

 そこには、胸部を覆っていた装甲を溶解しながら、炎の欠片がアッシュの右胸に突き刺さっていた。


「か、ぐ……っ!?」


 体内で留まり、燃え広がる炎の欠片。細胞が焼き尽くされる耐え難い苦痛に、能力が消えたアッシュは呻き声を上げ、悶え苦しむ。


「やっと、隙を見せてくれたな。……くっ」


 神経を走る激痛にアレンは伸ばした左腕を下げて、床に倒れたアッシュに話し掛ける。


「想定外って顔をしてるな。言っただろ? 『お前を倒すには、これくらいの力でも十分』だって。あたしがおまえを倒すために取っておいた切り札――それはあの炎の塊でも、炎の鞭でもねえ。この左手に隠し持ってたその欠片なんだよ」


 十分な酸素を取り込めぬまま、アッシュは首を動かして弱々しくアレンを睨みつける。

 まさかあの時、自分の炎によって使い物にならなくさせた左腕に、そんなものをずっと隠し持っていたとは。

 心の中で思いながら、彼は自身の容態を確認する。恐らく肋骨を避けて肺に刺さったのだろう。装甲によって即死は免れたものの、既に消滅した欠片は右側の肺を焼き、不幸にも意識を保ったまま瀕死の状態にさせていた。

 

 ――油断した。

 

 声にならない声でそう呟き、アッシュは己の不覚さを後悔した。


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