第40話:能力者達の死闘~追い詰める者と謀る者(2)
「来たぞ、狙えぇぇっ!!」
「ハッハァッ!!」
強化された能力者の一斉攻撃に怯む様子もなく、ジンはさも楽しげに声を上げると、戦斧と右腕を薙いで、生じた衝撃波で攻撃を切り捨てていく。
捌ききれなかった流れ弾が壁や床に着弾し、地響きを起こす時計塔内部。その中をかろうじて掻い潜りながら、アレンは着実に標的との距離を縮めていた。
――だが、この激戦の最中、アレンの動きを見張っていた誰かが初めてあることに気づいた。
彼女が自分達の攻撃を避ける際、左目が極彩色に光り輝いていることに。否、左目が輝いた数秒後に、自分達の攻撃を避けていることに。
何度も輝いては消えるを繰り返し、無駄のない動きで回避するアレンを見て、その人物は無意識に舌打ちした。
(……やつとの距離は、ざっと五メートルってところか)
心の中で呟き、アレンは横目で標的を見つめる。
あと少し距離を詰めれば、攻撃範囲内に標的が入る。しかし、今はまだ『その時』ではなかった。確実に間合いに入るためには、慎重にそれを待たなければならない。
彼女は待ち続ける、この攻撃の嵐の中を突破出来るその瞬間を――。
「待たせたな、アレン! 時間は掛かったが、これで突破してくれ! ……雑魚能力者共、邪魔だ! そこを退きやがれっ!!」
ジンの叫び声に、アレンと戦闘員達は反射的に彼の方を向く。見ると、彼が掲げている右腕には赤い亀裂が走り、そこから生じた漆黒の闇が渦巻くように、手中にある戦斧に纏わりついていた。
(――今だ!)
待ちわびていた時が訪れ、アレンは標的に向かって疾走する。続くように、ジンはため込んでいた力を解放し、一際大きく振り下ろして一直線上に黒い衝撃波を放った。
衝撃波によって、次々と掻き消されていく戦闘員達の攻撃。その際に発生した暴風を肌で感じながら、距離を詰めたアレンは、宙高く跳躍して剣を振り上げた。
驚愕の表情を浮かべる相手、ケイレブを狙って。
「残念だったな、紅髪の能力者」
振り下ろす直前に聞こえてきた、淡々とした少年の声。それに併せて、アレンは自身の体が巨大な炎に包まれるという『映像』を、極彩色に輝く左目を介して感じ取った。
すぐさま体を翻し、アレンは剣を傾けて守りの体勢に入る。次の瞬間、ケイレブがいる位置に一番近い柱の陰から一人の少年が飛び出し、巨大な炎を発動して襲い掛かってきた。
「ぐ、ああああっ!!」
「アレン!?」
とっさの回避と、剣を盾代わりにしたことで直撃は免れたものの、左肩から腕にかけて炎に焼かれるアレン。そんな彼女の声を聞きつけ、ジンは戦闘員達との戦いを中断して急いで振り向いた。
そこには、剣を落とし、左腕を押さえながらかろうじて立っているアレンと、その前にいるケイレブ、そしてアレンに右手をかざしたままケイレブの隣に歩み寄るアッシュの姿があった。
「やっぱり、そうだったか。オマエの能力、〈未来予知〉の一種だろ」
冷たい眼差しで見つめ、アッシュはアレンに問い掛ける。
「どういうことだ、アッシュ?」
「ケイレブさん、コイツは左目が輝く度に、オレ達の攻撃を先読みしていたんですよ。さっき、コイツが言っていた『時間差は二秒』。それは攻撃が当たる二秒前になると自動的にその未来を視ていたんです。だから、オレはあえてこいつが二秒先の未来を視ても避けられない体勢になるまで、攻撃を仕掛けませんでした。危険な目に遭わせてしまい、申し訳ありません」
相手から右手をずらすことなく、淡々と説明するアッシュ。
暫しの間、唖然とした顔で説明を聞いていたケイレブだったが、やがて全てを理解したのか、不敵な笑みを浮かべて目の前の少女に視線を向ける。
「くくくっ、くはははっ! 何だ、そういうことだったのか! でかしたぞ、アッシュ! お嬢ちゃんが持つ能力が何なのか分からなかったから、一体どんな攻撃が飛んでくるのか冷や冷やしていたが、まさか〈未来予知〉だったとはなぁ! これで防御に専念しなくても、心置きなく攻撃が出来るってわけだ」
アッシュの肩を叩きながら、快活に笑い出すケイレブ。そしてひとしきり笑い終えると、再び両手から腐食の波動を生み出して、アレンの前に運んだ。
「……さて、その腕じゃあまともに剣も握れねえだろう? ここで終わりだ、お嬢ちゃん」
「……ちっ」
舌打ちしつつ、両脚と右腕に力を入れるアレン。
攻撃か撤退か。敵が仕掛けてくるまでの二秒間、俯いた状態で彼女は次に取るべき行動を考える。
しかし、いつまで経っても敵が襲い掛かってくる未来が視えることはなかった。その代わりにアレンは、何か強い力に引っ張られ、自身の体が浮くような感覚を覚えていた。顔を上げてみると――。
「……!?」
まるで全ての攻撃から彼女を庇うかのように、ケイレブが放った腐食の波動をその身に引き受けながら、ジンがアレンを抱きかかえて彼らの前から逃走していた。
「ジン、馬鹿、何してやがる……!?」
「……何って、お前を守っているんだろ?」
「ふざけたことをやってるんじゃねえ! 今すぐあたしを下ろせ、……っ!」
ジンの腕から逃れようとした瞬間、左腕に走った激痛にアレンは表情を歪ませる。そんな彼女を見てジンは優しく微笑むと、自分の腕から逃げ出さないようにひたすら強く抱きしめる。
「心配するなって。一応、『力』を使って背中を硬化させておいたからな。俺の装甲が硬いことは知っているだろ? とにかく、あと少しで奴らの攻撃範囲から出られるから、それまではじっとしていてくれ」
そう言って、普段と変わらない笑みを見せるジン。しかし、アレンは気づいていた。その顔がやせ我慢で微かに歪んでいることに。硬化しているという背中が、とうに腐敗していることに。
「俺の能力が届かない場所まで移動しようっていうのか、……上等だ。お前ら! 奴らを逃がすな、二人まとめてとどめを刺せ!」
「させるかよっ!!」
大声で指示を出すケイレブに対抗し、ジンも声を張り上げて叫ぶ。そして敵の攻撃が届かない階の入り口に視線をやると、そこを目指して更に加速した。
――耳に届いた、微かな笑い声。それと同時に、彼女を襲った浮遊感。ジンに投げ出されたのだと理解したアレンは、体勢を崩しながらも床に着地し、急いで彼の方を振り向いて――。
「が、は……っ」
大量の血を吐き出し、胸の中央から巨大な氷柱を生やしたジンの姿を目の当たりにした。
「ジンっ!?」
その時だ。時計塔の鐘の音が、アレン達がいる最上階で鳴り響いた。




