第39話:能力者達の死闘~追い詰める者と謀る者(1)
一瞬で静まり返る最上階。
アッシュを始め、興奮気味だった戦闘員達も一様に階の入り口に視線を向ける。
突然の乱入者の姿に、ケイレブは忌々しいものでも見るかのように鋭く睨みつけた。
「……どこまでも俺の邪魔ばかりしやがって……っ! お嬢ちゃん、どうしてここが分かった?」
「はっ、残念だったな、おっさん。徒党を組むなら、勝手に情報を流さねえ信頼出来る仲間を選ぶんだな」
「キースの奴か、あの野郎……っ!」
「で、念のため確認するが、おっさんと……一応、ガキにも訊いておくか。白い帽子をかぶった紳士のことを知ってるだろ。やつと手を組んで、一体何を企んでる?」
他の戦闘員達には目もくれずに、剣の切っ先をケイレブ、続けてアッシュに向けて、アレンは問い詰める。
何故自分がこの少女に指されたのか、そして彼女の言う白い帽子の紳士とは誰なのか。
一切分からなかったアッシュは困惑した表情で、同じ境遇であるはずのケイレブに視線を送った。すると彼は俯きながら、微かに肩を震わせていた。
「……く、はははっ、がははははっ!!」
俯いた状態から顔を跳ね上げて、盛大に笑い出すケイレブ。その面持ちには先程までの忌々しげな感情はとうになく、愉快なものを見るかのような、完全に歪み切った笑顔へと変貌していた。
「何を企んでいるか? 何を企んでいるかだと? さぁて、何だろうねぇ。だがなぁ、お嬢ちゃん。俺からお嬢ちゃんに言えることはただ一つ。……お前は何も知ることなく、ここで無残な最期を迎えるんだよ」
そう言うや否や、彼は懐から見覚えのある物を取り出すと、その中身をアレンに見せつけるように宙にかざした。
よく見ると、薬の色が今までのものとは異なり、深く濃い緑色をしていた。
「……こいつは例の薬を高濃度に凝縮した、特別な代物だ。まだ使ったことはねえが、使用者の能力を何倍にも跳ね上げてくれるらしい。……クククッ、さぁて、お嬢ちゃんの死体はどこまで原形をとどめていられるかなぁ?」
残忍な笑みを浮かべたまま、さも楽しげにケイレブは言う。
そして片手で注射器を弄んだ後、一気に自身の腕に突き刺した。
「……俺の計画を邪魔する奴は、誰であろうと容赦はしねえ。お前ら! 今すぐあの薬を使え! 一秒でも手加減するんじゃねえぞ、こいつを殺せ!!」
大声で叫んだケイレブの言葉を合図に、戦闘員達は距離を詰めて、彼が取り出した物と同じ注射器を持ち始める。
「一人、二人、三人、四人、……後はおっさんとガキを合わせて計十二人か。……いいぜ、おまえらまとめて相手してやるぜ!」
そう叫んだ直後、まるで弓から放たれた矢の如く、アレンは正面から戦闘員達に向かって疾走する。
薬が効き始めるまでの短い時間、既に狙いを定めていた彼女は流れるような剣さばきで、手近にいた敵の腕を斬りつける。
苦悶の声を漏らす戦闘員に、間髪入れずにアレンが剣の柄で顎を殴りつけたその時、彼女がいる周辺の空気の温度が急激に下がり、ピシピシと音を立てていった。
「ちっ」
左目の虹彩を極彩色に染めながら、アレンは舌打ちして素早くその場を飛び退く。数秒後、彼女がいた場所の床から数本の巨大な氷柱が生まれ、負傷して動けないままでいた戦闘員の体を次々と貫いていった。
不運にも仲間の攻撃によって串刺しになってしまった相手。
そんな敵の変わり果てた姿を見てアレンは、唖然と立ち尽くしている戦闘員達に顔を向けると、呆れ果てたと言わんばかりに肺の底からため息をついた。
「おいおい、おまえら。力使いこなせてねえだろ。何、仲間殺ってるんだよ」
「ち、違、そんなつもりじゃあ……」
「『そんなつもりじゃねえ』? 何言い訳してるんだよ。ああ、そっか。おまえ、わざとじゃなければ、自分が仲間に殺されたとしても赦せるのか。すげえな、それ」
「黙れっ!!」
「むきになって叫んでるんじゃねえよ。こいつを殺したのは事実だろ? それと、おまえらも他人事じゃねえぞ。どうせここにいるやつら全員が、強化された自分の力を制御出来るとは限らねえからな。……あーあ。そんな調子じゃあ、いつ、どの味方の攻撃で自分が死ぬのか見当がつかねえだろうなぁ。もしかしたらそいつ、隣にいるやつかもしれねえぞ?」
戦闘員全員に言い聞かせるように、流暢に語り出すアレン。彼女の言葉に彼らは後退りし、当惑の色を見せて口をつぐんだ。
「てめえら! 何、口車に乗せられてやがる! たかがガキ一人殺すのに、時間を掛けてるんじゃねえ! 今すぐ戦わねえと、てめえら全員、俺がこの場で殺してやる! 分かったか?! 分かったなら、さっさと戦え!!」
怒気を含んだ恫喝と共に、ケイレブの両手から放たれた大量の腐食の波動が、仲間である戦闘員達の横顔をかすめながらアレンに襲い掛かる。
あえて味方も狙ったその攻撃に、彼らは恐怖に身を震わせると、すぐさまそれぞれの強化された能力を使って彼女に立ち向かった。
「はっ、おまえらもろくでもないやつの傘下に入ったもんだな。ジン!」
「了解したぜ!」
ケイレブの攻撃を避ける直前、アレンはジンの名前を呼んだ。
どこに隠れているのかも分からない新たな乱入者の存在に、戦闘員達はとっさに辺りを見渡し、警戒態勢を取る。中には知恵を働かせて自身の周囲に防壁を張る賢い者もいたが、恐らくその行為は無駄に終わるだろう。
何故なら、その乱入者はちょうど彼らの真上に吊り下げられた照明器具から飛び降り、防壁が張られていない頭上を狙って攻撃を仕掛けたからだ。
頭部から上半身に掛けて致命的な傷を負い、その場で絶命した戦闘員。続いてジンは、アレンを取り囲もうとしていた敵を追い散らそうと背中から戦斧を引き抜き、大きく薙ぎ払って彼女の退路を確保した。
いったん距離を取る戦闘員達を眺めたまま、アレンは呟くようにジンに訊く。
「殺したら、後々面倒なことになるんじゃなかったのかよ」
「こんな閉鎖空間で能力を強化した敵がこれだけいれば、そうも言ってられねえだろ。時間稼ぎをしてくれてありがとな、アレン」
「さぁてな」
ジンの感謝の言葉に、そっぽを向くアレン。
そんな二人組の姿に、ケイレブはわなわなと体を震わせて、両手に発動していた能力を強く握り潰した。
「もう一人仲間がいやがったとは……っ! しかもその腕、てめえも能力者か!!」
鋭い眼光で睨みつけ、ケイレブはジンの右腕を見て言い放った。
外套の袖部分から食い破るように現れている、強靭な魔物を思わせる漆黒の異形の腕。その表面は硬い殻で覆われており、先端の鋭利な爪は人間の肉体をいとも簡単に切り裂くことが出来るだろう。
先程切り捨てた際に付着した血を体に吸収しながら、ジンは彼の問い掛けに返答することなく、ある一点を見据えたまま小声でアレンに話し掛ける。
「あの腕の入れ墨、恐らくあいつが今回の『当たり』だ。こいつらの相手は俺がするから、お前は『眼』を使ってここを突破してくれ。やれそうか?」
「はっ」
尋ねるような言い方に彼女は嘲笑すると、再び剣の切っ先を標的に向けた。
「やれるかやれねえかじゃなくて、やるんだよ。……そんなことより、くれぐれも無茶するんじゃねえぞ」
「ああ」
最後の方はかろうじて聞き取れるくらいの大きさで、アレンはジンに呟いた。
そんな彼女の台詞に彼はニッと笑うと、異形の片腕に力を込め始める。一方のアレンも剣を構えたまま瞼を閉じると、左目に意識を注いで詠唱を開始する。
「設定は、あたしに当たる全ての攻撃。時間差は二秒だ。……発動!」
叫ぶと同時に、アレンの両目が開かれる。そしてその声を合図に、彼女とジンは各々の相手に向かって一気に駆け出した。




