第38話:計画実行、増幅するテロリスト達の闇
『――ケイレブさん』
過去を思い出していたケイレブの脳内に直接働きかける声。彼が伝令役として街に送った〈精神感応〉の能力者からだ。
「おう、お前か。準備の方はどうだ? 順調に進んでいるか?」
『はい。今、イレイザートの各地で待機している仲間達とも連絡を取りましたが、いつでも作戦を実行出来るとのことです。後はケイレブさんの指示通り、次の時計塔の鐘が鳴り終えた時に、あいつらと一緒に薬を使って暴れればいいんですよね?』
あいつら――騙して仲間に引き込んだ無能力者のことを指しているのだろう。
未だに利用されていることに気づかずに、手足のように動いている彼らを思うと不憫で仕方がない、そう言わんばかりの顔でケイレブはくつくつと喉を鳴らした。
仲間達を街に送る際、彼らには平服姿でいるよう指示を出していたケイレブ。無論、そうでもしない限り、作戦の途中で警官隊に見つかってしまう危険性があったからだ。
住民達と同様の恰好でいれば、長時間同じ場所に留まっていても怪しまれずに済む。全てはあの男から手渡された紙に書かれている通りに、順調に事が進んでいた。
「そうだ。間違ってもタイミングをずらすんじゃねえぞ。あくまでも、鐘が鳴り終えてすぐだ。その方が演出として最高だろ?」
胸に下げている〈予言板の欠片〉。所有者本人しか視ることの出来ない映像を脳裏に再生させながら、彼は心の中でこう考えていた。
最初に無名区域で視た時も今も、未来の自分はイレイザートの街々を見下ろせる高い場所、つまりはこの時計塔にいたのだ。そして、ほぼ同時刻に複数の箇所で行われるテロ行為。離れた地点にいる仲間達を一斉に動かすには、彼らにも分かる共通の合図を送る必要があった。
だがそれは、街中に響き渡る時計塔の鐘の音を利用すればいい。鐘が鳴り終えると同時に始まる、能力者による絶望の幕開け――何という素晴らしいシナリオなのだろうか!
朝方、ケイレブが繁華街にある飲食店に仲間を送り込んだ理由。それは警官隊の意識を、西の街に向けさせないためであった。
東の街で大規模な騒ぎを起こせば、彼らの人手も手薄になる。本来なら、もっと複数の場で事件を起こす予定でいたケイレブであったが、あの能力者の少女が基地に現れたことで、計画が大幅に狂ってしまったのである。
……だが、これから起こる悲劇を考えれば、そんな些細なことは何の問題でもなかった。
余裕さえうかがえる笑みを浮かべて、彼は中央にいる装甲服姿の仲間達の方を振り返り、声を張り上げて叫んだ。
「親愛なる我が同志よ! 我が野望に賛同し、集ってくれた勇敢な戦士達よ! よくぞ劣等種である無能力者による支配に耐えてくれた! だが、もう耐える必要はない。我ら能力者を利用し、蔑んできた愚かな無能力者共に鉄槌を与える時が訪れるのだ! 我らの手によって、傲慢な無能力者共を絶望の淵に落とす瞬間がやって来るのだ! ……今こそ革命の時だ。奴らに誰がこの世界の真の支配者であるか、思い知らせてやろうではないか!!」
ケイレブは謳う。今まで虐げられてきた能力者の怨嗟の声を代弁するかのように、この場に集った者達が抱える心の闇を増幅させる。
彼の言葉に、次々と賛意を示す戦闘員達。世間から見下されてきた者が、最愛の人を失った者が、家族や恋人から見放された者が――、拳を上げ、感情を高ぶらせ、目の前にいない敵に憎悪の視線を向けて、戦闘の雄叫びを上げる。
その中でただ一人、アッシュだけは己の感情と向き合うために、静かに目を閉じて意識を集中させた。しかし、
「くだらねえ決起大会はもう済んだか?」
闘志を燃やす彼らに水を差すかの如く――無能力者に恨みを抱いたテロリストしかいないはずの空間に、その場にそぐわない台詞を言う少女の声が聞こえてきた。
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