第32話:対能力者組織
『……あ、レイさん。例の二人組ですけど、たった今、無名区域の廃工場から出てきたみたいですよ。どうしますか?』
レイのイヤリングから聞こえてくる女の声。彼らが東の路地にいた際に、アレン達の追跡を任せていた組織の構成員キャサリン・モーガンからだった。
現在レイ達がいるのは、イレイザート西郊外にある路地。ちょうど無名区域の入り口にあたる、人気のない通り道であった。
キャサリンとはアレン達が廃工場に入っていったのを最後に一度通信を切り、何か動きがあるまで能力で監視を頼んでいたのであったが、彼女の報告によると、目的の人物達はレイ達がたどり着くよりも先に別の場所へと移動してしまったらしい。
応答を待つキャサリンに、レイは暫し考えてから、微かに残念そうな笑みを浮かべた。
「おや、そうですか。もう少しで私達もその廃工場に到着するところでしたが、残念ですねぇ……。それでは、キャサリンさんは引き続き彼らの後を追ってください。私達は廃工場の中を調べてから追い掛けますので」
『はーい! りょーかいしました!』
「では、失礼」
それだけ言い終えると、レイはキャサリンとの通信を切り、顎に手を当てながら再び考える。
「なかなか彼らに出会えないものですねぇ、レザヴェルくん」
「そのようですね」
「先回りするわけにもいきませんし、せめて彼らの行き先だけでも分かればいいのですが……。これはキャサリンさんからの報告待ちですかねぇ」
「……先程から気になっておりましたが、レイさん。何故、レイさんはそこまでして例の二人組を気に掛けておられるのですか? 私達が向かっている廃工場ですが、情報班からの連絡にありました、テロリストが潜伏しているという場所と一致しています。これは私見ですが、その廃工場から出てきたのであれば、彼らもテロリストの一味という線も考えられるのではないでしょうか?」
落ち着いた態度でうかがう一方で、どこか険しい顔をするレザヴェル。その話し振りはレイとは対照的に、疑念に満ちていて、責務を果たそうとする彼の生真面目さが表れていた。
そんな彼の言葉を聞いて、それまで考え込んでいたはずのレイがクスクスと笑い声を漏らした。
「レイさん?」
「いえいえ、失礼。ですが、そのようなことは決してありませんよ。まあ、じきに分かるでしょうし、気楽に行きましょう。……おや?」
「……あ」
レイ達が足を踏み入れようとしたちょうどその時、人気のないはずの無名区域側の曲がり角から一人の男が飛び出し、彼らの前に現れた。
レイもその人物も、まさかこのような場所で誰かと出くわすとは思ってもみなかった様子でいったん立ち止まると、目を丸くして互いの顔を見合わせる。
「……誰や、あんたら。こんなところで何しとる?」
暫しの沈黙の後、男――キースは呆けた顔から一転し、警戒の眼差しでレイ達に訊ねた。
「おやおや、これはこれは」
「まさか、警官隊? いや、警官隊にしては服装が違うよなぁ。……ん?」
呟きながら、目の前にいる人物達の服をじろじろと見つめるキース。やがて、その視線が彼らの腕へと向けられた瞬間、キースの表情が曇った。
「腕についとるその紋章……。何や、あんたら。軍事組織のもんか? はぁーっ、まさかこの状況でばったり出会うなんて……」
レイ達の服に取り付けられた、十字架と盾をあしらった金の紋章。それが何を表しているのか瞬時に理解したキースは深いため息をつき、バリバリと頭を掻いた。
「今日はほんまに最悪な一日やー。嬢ちゃんを倒せんかったし、挙句の果てには『対能力者組織』の連中に見つかるし……。こんなことケイレブの旦那にバレてもうたら、わし、今度こそほんまに殺されてまうわ。だから――」
と、間を置いてから、キースは路地の壁に手をついて石製の槍を生成していく。
「あんたらには悪いが、二人まとめてここで死んでもらおうか」
生成し終えた槍の切っ先をレイ達に向け、ドスを利かせた低い声でキースは言い放つ。
すぐにでも戦闘が開始されそうな緊迫とした状況。それにも関わらず、レイとレザヴェルは武器を手にするどころか身構えることもなく、ただただキースを見つめているだけであった。
「……」
「……」
「……何をしているのですか? キース」
問い掛けるように、レザヴェルが言葉を発する。
沈黙。
沈黙。
そして――。
「……ぷ、くくく……っ、だははははっ!!」
沈黙を打ち破ったのは、槍を向けられたレイでもレザヴェルでもなく、何故かテロリストの一員であるはずのキースであった。
「何や、レザヴェル! そんな怖い顔して! 冗談や、冗談。ちょっとした遊び心や。いやー、おもろいおもろい!」
壁の中に槍を戻しながら、腹を抱えて爆笑するキース。
先程までのやり取りを「冗談」と称し、レザヴェルに話し掛ける彼の姿は、レイ達の敵対者というよりもむしろ真逆の存在のようであった。
「何が『おもろい』ですか。こちらは微塵たりとも面白くありませんよ。それに、私は怖い顔などしていません。ただ、あなたに呆れているだけです」
「相変わらず、秘書さんは厳しいなぁ。少しくらい乗ってくれてもええやろ。そんな真面目に生きとったら、そのうち禿げてまうんやないか?」
「自分の責務を果たすのに、頭が禿げる人間なんて存在しません。私は私に与えられた任務を全うするのみです。あなたもくだらない遊び心を持つくらいなら、ちゃんとなすべきことをしてからにしてください」
からかうキースに、表情を崩すことなく淡々とした口調で咎めるレザヴェル。
そんな彼に、キースは「すまんすまん」と言いつつも、おどけた笑みを浮かべたまま、扇子を取り出してひらひらと扇いでいる。
「まあまあ、レザヴェルくんもそう言い過ぎずに。キースくんもご苦労様です。額に傷を負っているようですが、大丈夫ですか?」
「あー、これか。さっき基地の中でテロリストの首謀者に負わされた傷やけど、ま、名誉の負傷と思えば、こんなもん平気や! 大丈夫、大丈夫!」
ケイレブの呼び方を「テロリストの首謀者」に変えて、快活な声でキースは答える。
ユーモアを含んだキースの言葉に、レイは安心した様子でクスリと笑うと、改めて彼の方を向いた。
「そうですか。それでしたらよかったです。それで、何か変わったことはありましたか?」
「せやなー、首謀者がそろそろ本腰に入ると言うて、無能力者の仲間に薬持たせて『街で暴れて来い』と指示しとったな。当の本人はイレイザートの西の街にある時計塔に向かったみたいやけど、そこで何を企んどるかは右腕であるわしにも教えてくれへんかったから、今から追い掛けて調べてみるところや。連中の行動はそんなもんか。後は、あの嬢ちゃんのことくらいかなぁ」
「……嬢ちゃん?」
心当たりがあるその単語を聞き、レザヴェルは眉をひそめてキースに訊ねる。
「せや。どこからやって来たかは分からんが、基地の中にとーっても勇敢な嬢ちゃんが現れてなぁ。テロリスト相手に暴れまくって、中はもう壊滅状態や。わしも一戦交えてもろうたが、なかなかの腕前やったで。多分、今頃嬢ちゃんも時計塔に向かっとるんやないかなぁ。あと、基地にいるテロリスト連中を連行するなら、早めに手当てをしといた方がええぞ。さっき出てくる前に軽く一階を見に行ったら、目も当てられん凄惨な現場と化しとったからな。一応、医療班にも向かうよう連絡を入れといたけども、奴らの応急処置を頼んでもええか? 医療長」
キースから「医療長」と呼ばれた人物――レイは、当然と言わんばかりに微笑みながら、要望に応えるべく深く頷いた。
「ええ、勿論いいですとも。それでは、私達は手当てが終わり次第時計塔に向かいますので、引き続きテロリスト達の元に潜入して、彼らの目的の調査をお願いします、キースくん」
「りょーかいやで」
レイが出した指示に、キースはばっと扇子を広げて、舞のような動きを取り始める。
「今回起こった能力者テロリスト事件、この民間総合軍事組織 《クロス・イージス》調査班、キース・ファインマンにお任せあれ!」
言い終えると同時に、ピタリと動きを止めて決めポーズを取るキース。やがて一連の動作を終えたのか、満足げな表情で扇子を懐の中にしまい込むと、今一度レイ達の方を向き直って軽い会釈をする。
「ほな、今からわしは『テロリストのキース』に戻るから、あんたらとはここでさいならや。失礼!」
そう言い残し、キースは逃げるようにレイ達の前から撤退した。
その後ろ姿が完全に見えなくなってから、レイとレザヴェルは気を取り直して、再び無名区域へと視線を向ける。
「……それでは、私達も行くとしましょう、レザヴェルくん」
「はい」
「――待ってくださいっ!」
動き出そうとしたその時、突然彼らを呼び止める声が聞こえてきた。
振り返ると、すぐ近くの通りから一人の人物が姿を現し、懇願するような眼差しでレイ達を見つめていた。
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