第31話:事件の調査~隣国ヤスガルンにて
時は遡り、アレン達がテロリストのいる基地で交戦している際の出来事。
イレイザートの路地で警官隊に声を掛けていた民間総合軍事組織の少女――ブランドは、組織の調査班を引き連れて、最初に『焼死体事件』が発生した隣国ヤスガルンのとある路地裏に来ていた。
バリケードテープが張られた事件現場。
ブランド達はその外側で待機していたヤスガルンの警官隊の前で立ち止まり、彼らに向かって丁寧に頭を下げた。
「……この度は、調査にご協力いただき、ありがとうございます……。……イレイザート民間総合軍事組織 《クロス・イージス》の者、です……」
「い、いえいえ! こちらこそ! 我が国の事件にわざわざ隣国から足を運んでいただき、誠にありがとうございますっ!」
緊張しているのか、どこか上がり気味な調子で敬礼する警官隊。
互いの挨拶を済ませてからブランドは――やはり手に一冊の本を抱えている――テープが張られた向こう側へと視線を移した。
「……それでは、さっそくですが、……被害者の遺体があった場所を、調べさせてください……」
「は、はい! かしこまりました! どうぞ、こちらです!」
警官隊に案内され、次々とテープの内側へと足を踏み入れるブランド達。そして遺体があったと思われる場所まで移動すると、その近辺の壁や地面に手を当てて、手探りで何かを探し始めた。
一見すると、複数の人物達がむやみに事件現場を触れているように思える光景。しかし、よく見るとブランドや調査員達の手や目が微かに光り輝いていた。
「……これが、組織に所属する能力者の力ですか……」
各々の能力を発動しながら、その都度調べ上げた内容を報告し合う彼女達の姿を見て、警官隊の一人が思わず感嘆の声を漏らした。
無論、ヤスガルンにもエスレーダ同様、市民の中に能力者も存在しているのであったが、彼らに対する差別が激しいこの国では、ほとんどの者が力を隠して暮らしているのが実状である。
そのせいもあり、ヤスガルンには能力者を育成する体制も環境も十分に整っておらず、事件が発生した際には、協力的なフリーランスの能力者を見つけて雇うのが一般的であった。
警官隊が見守る中、遺体が倒れていた場所を担当していたブランドが口を開いた。
「……この場所、……以前にも〈思念探知〉の能力者が、調べたのですよね……? その時に分かったことを、教えていただけますか……?」
パラパラと音を立ててひとりでにめくられていく本を前に、彼女は調べている場所から顔を離さずに、静かに尋ねた。
――〈思念探知〉。人間や物体に触れることによって、そこに秘められた『記憶』を読み取る探知系能力の一種。
犯罪事件においては、被害者や凶器に残された残留思念を読み解くことで犯人像を割り出すことの出来る、調査には必要不可欠な能力である。
「あの~……。大変申し上げにくいのですが、その……。確かに我々の方でも〈思念探知〉の能力者を呼んで調べてもらったのですが、あまりにも状態が酷くて、ご遺体からは何も読み取れなかったとか……」
「……そうですか……」
「それと、被害者のご遺体はもう死体安置所に送られておりまして……。一応、申請書をご提出いただければお調べになることは可能なのですが、認可が下りるまで数日は掛かってしまうかもしれません。……いかが致しましょうか? 安置所の方にお取次ぎ致しましょうか?」
「……いいえ。……その必要は、ありません……。調査班、『可視化』をお願いします……」
警官隊からの提案を丁重に断り、ブランドはそれぞれの地点にいる調査員達に指示を下す。
次の瞬間、彼女達が調べ上げていた場所が金色の光に包まれ、それまで何もなかったはずの壁や地面に、足跡等の痕跡が目に見える形で浮かび上がった。
「……遺体からでなくても、周囲に残された『記憶』から、当時の状況をある程度は読み解くことが、出来ます……。現段階で得られた情報は、被害者は正面から襲われた後、仰向けに倒れたということ……。また、周囲の焦げつき方と、一箇所に集中している足跡の数から、犯人に体を掴まれた状態で一気に焼かれたことが分かります……」
事件の日に起きていた出来事を、一つひとつ簡潔に説明するブランド。そして、
「……後は、犯人の残留思念が、最も強く残っている場所を見つけ出し、そこから犯人の『記憶』と情報を明らかにします……。恐らくそれは、この位置――」
と、話しながら指を滑らせ、襲撃の際に作られたものと思われる、被害者と合い向かうように存在する一回り小さな足跡を指し示した。
「……犯人は間違いなく、炎の能力者……。読み取れる感情は……、強い憤怒、憎しみ……。被害者に何か、叫んでいる……?」
淡く輝く手のひらに意識を集中させ、流れてくる『記憶』を頼りにブランドは次々と真相を明らかにしていく。
やがて、全ての情報を入手し終えたのか、自動的に閉じられた本を拾い上げると、すっとその場から立ち上がった。
「……犯人の顔が、特定出来ました……。これより私はエスレーダに戻り、組織と検問所の方へ、入国手続き書に記載された犯人のデータを共有しに行きます……。調査班の皆は結果をまとめ次第、情報班に報告し、そのまま帰還してください……」
「はい! 承知しました!!」
下された指示に、背筋を伸ばして返答する調査員達。
彼らと警官隊に見送られながら事件現場を離れる道中、ブランドは事前に『記録』しておいた「あるもの」を読み返そうと、本の表紙を開いた。
白紙のページに浮かび上がった「入国ナンバーMJ一一四六七二五」というタイトル。
イレイザートの路地にて、彼女が自国の警官隊から手渡された「入国手続き書」と全く同じ内容がそこに記されていた。
より詳細なデータと、左上に載せられた犯人の顔写真を脳裏に焼き付けてから、ブランドは任務を遂行するべく、自国への帰路を急いだ。
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