第29話:対キース~石使いの能力者と極彩色の瞳(2)
急に自分の攻撃が当たらなくなったキースは、焦りながらもアレンの左目の変化に気づいていた。
彼女が石柱を避けるほんの僅かな時間。攻撃を仕掛ける度に、彼女の左目の色が蒼から先程の極彩色に繰り返し切り替わっていたのである。
まるで、自分の攻撃を全て先読みするかのようなアレンの動きに、キースはいったん石柱を生み出すのを止めて、すぐさま後退した。
「これはあかんなぁ、何で攻撃が当たらへんねん? ……どないすん、ケイレブの旦那! 思っとったよりこの嬢ちゃん、なかなか手強いで!」
「……ちっ」
切羽詰まった叫び声に、ケイレブは舌打ちしてから考え始める。
今、バルコニーの下で戦っている少女の能力は何なのか。どちらの実力が上回っているのか。
予定では、自分に仇をなした存在がやられる姿を拝もうとしていたケイレブであったが、長引く戦闘に、「本当にキースが勝つのか?」と疑心を抱くようになっていた。
「あのキースが手こずるとはな……。こりゃあ、時間の問題か? おい、キース!」
考えた末、ケイレブは新たな指示を出すべく、大声で叫んだ。
「お前はこのままお嬢ちゃんの相手をして時間を稼げ! 俺達は先にここを出る、行くぞ、アッシュ!」
「えっ、あ……」
ケイレブがいきなり出した指示に、アッシュは戸惑いの表情を浮かべながら、視線を落とす。
その瞳には、今もなおアレンに苦戦しているキースの姿が映っていた。
「何ぼさっとしている、アッシュ! お前も一緒に来るんだ!!」
「は、はい!」
怒鳴り散らすケイレブに、アッシュは即座に返事をし、後を追い掛ける。
バルコニーを去る間際、アッシュは一度だけ背後を振り向くと、それ以上のことは何もせずに急いで扉の外に出ていった。
やがて、今いる場所からアッシュ達の姿が見えなくなると、アレンは振るっていた剣をいったん下ろして、気怠そうな顔で呟いた。
「あー……。『当たり』、逃がしちまったか……。ま、いいか。ぶっ倒した後にこいつから色々と聞き出せばいいことだし」
そう言って、再び切っ先をキースに向けるアレン。
そんな彼女の行為に、キースは構えていた槍を片手に持ち替えると、石突を下にして何故か戦闘態勢を解いた。
(……?)
突然彼が取った行動に、アレンは不審に思いつつも、挑発的な笑みを崩さずにキースを見つめる。
「おいおい、どうした急に。降参でもするのか?」
「いやー、ほんまに強いなぁ、嬢ちゃんは。あ、いやいや、少しばかり疑問があってな。嬢ちゃん、警官隊でも何でもないんやろ? 何でわしら相手に侵入してまで戦っとるんや? このまま続けとっても、わしにも嬢ちゃんにも、なーんもありはせぇへんよ? まぁ、テロリストのわしが言うべき台詞やないかもしれへんが」
あくまでも戦闘を避けようとするキースの言葉に、アレンは鼻で笑って馬鹿にする。
「はっ、おまえらに理由なんかなくても、こっちにはあるんだよ。……おまえ、白い帽子をかぶった、スーツ姿の男を知らねえか?」
この倉庫を訪れる前に、道案内をさせていた戦闘員にもしていた質問をキースに投げ掛けるアレン。
戦闘員が言っていたことが正しければ、ケイレブのことを知っているはずのこの人物なら、何かしらの情報を持っているかもしれないと考えたからだ。
アレンはそのままキースの瞳から視線を外すことなく、次に彼が示すであろう反応を待った。
「……何やって?」
アレンの問い掛けを聞いた途端、キースの表情が変わった。
それまで見せていた温和な顔は一転し、深く眉をひそめて静かに彼女に聞き返した。
「やっぱり知ってるんだな。やつとおまえはどういう関係だ? 今、どこにいる?」
「……何や、嬢ちゃん。嬢ちゃんもあの男追っとるのか? やめとけ、お節介かもしれへんが、あんまりあの男と関わらん方がええぞ」
落ち着き払った態度であしらい、アレンに忠告するキース。しかし、その眼差しは真剣そのものであった。
「そんなことは訊いてねえんだよ。いいから質問に答えろ。おまえらはやつに会って、一体何を企んでる?」
与えられた忠告を聞き流し、アレンは完全に顔から笑みを消して、再度キースに訊ねた。――視線の奥に、執着にも似た、異常なまでの殺意と憎悪を宿しながら。
「……はぁ、しゃあないなぁ」
アレンの言動から何かを感じ取ったのだろう。キースは観念したように大きなため息を一つつくと、槍を床の中に沈めながらゆっくりと口を開いた。
「あの男の名はメディエーター。まぁ、仲介人としての通り名みたいなもんやな。本当の名前は知らん。わしがテロリストになった時には既にケイレブの旦那は奴と関わっとったからな。いつ頃出会うたかは分からんが、二人が無名区域で取引しとる姿はよう見掛けたなぁ」
「取引? 何のだ?」
「これや、これ。この薬や」
と言って、キースは懐から緑色の液体が入っている例の注射器を取り出して、アレンに見せる。
「何か、無能力者には能力を、能力者にはその力を強化させる作用があるとか言っとったなぁ。ケイレブの旦那が言うには、ある日、無名区域にいたところをメディエーターが突然訪ねて来てな、『定期的に薬と資金を渡すから、代わりにテロを起こしてほしい』と話を持ち掛けてきたらしいんやわ。奴が何を望んでこれをよこしたかは分からんが、ま、利害の一致やな。ほんでわしらのようなならず者を集めて、能力者のためのテロを起こしとるんや。……まぁ、無能力者共には奴らのふりして、『薬を使って街で暴れれば、能力者は世界中から非難されるだろう』と騙しとるんやけどな」
くるくると注射器を手の中で弄びながら、饒舌に語るキース。
そんな相手にアレンは半ば調子が狂いつつも、最後まで彼の話を聞いていた。
「オーケー、おまえらの目的は大体分かった。……それにしてもおまえ、随分とお喋りが好きなんだな。こっちが訊ねもしねえ情報を自分からペラペラ語り出しやがって。あのケイレブとかいう馬鹿野郎がこのことを知ったら、色々とやべえんじゃねえのか? ま、あたしには関係ねえことだから、どうでもいいけどよ」
「はははっ、大丈夫、大丈夫! いざとなったら、このわし秘伝の舞を見してごまかしたるさ! 嬢ちゃん、優しいなぁ。心配してくれてありがとう」
再び懐から、今度は新しい扇子を取り出すと、キースはそれを広げて、アレンに笑い掛けて扇ぎ始める。
「うっせ、誰が優しいんだよ。戯言ほざいてねえで、さっさとあたしを大馬鹿野郎のところに案内しやがれ」
「あー、それなんやけどなぁ。わし、少しばかりやることがあってな、嬢ちゃんには悪いがここで退散させてもらうわ」
扇子を閉じ、キースが床に手を当てて能力を発動する。それを見たアレンはとっさに掴み掛ろうとしたが一歩手前で間に合わず、彼は石柱に乗ってバルコニーまで一気に移動していった。
「おい、待て! 逃げるんじゃねえ!」
「せや、嬢ちゃん! 言い忘れとったが、もう一つだけわしらの情報を教えたるな。わしが旦那と呼んどるあの男、名前はケイレブ・テイラー。奴はあらゆるものを腐らせる、腐食能力の能力者や。今はイレイザートの西の街にある時計塔に逃げとるはずやけど、奴と戦う際はくれぐれも気ぃつけるんやな!」
そう言って、キースは手を振りながらもう片方の手で壁の表面に触れる。
次の瞬間――。
「……!?」
アレンは目の前で起きている光景に我が目を疑い、驚愕した。
キースが触れていた壁面に波紋が現れたと思った直後、まるで固まる前のコンクリートに身を委ねているかのように、ずぷずぷと音を立てて彼の体が壁の中に沈んでいったのである。
「ほな、さいなら」
体の半分以上が壁の中にある状態で、再度アレンに手を振ってから、完全に姿を消すキース。
やがて一人残されたアレンは、元の固体に戻った壁を見つめたまま、ただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
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