第2話:少年(2)
「ああ、あの路地裏から男性の焼死体が見つかったっていうやつでしょ?」
「それだけじゃないわよ。最近だとこっちの方でも数件、人気のない通りで起きているらしいわよ」
「聞いた話だと、発見された男性は黒焦げ状態だって言うじゃない。〈思念探知〉で調べてもらっても、身元が特定出来ずにいるんだとか……」
「赤い髪の人物が現場から逃走する姿が目撃されたっていうだけで、犯人も分かっていないようだし……。全く、警官隊もちゃんと仕事をしているのかしら」
深刻な表情でそう話す女達。しかし、時折見えるその横顔からは不安の色こそうかがえるが、怯えの様子はない。恐らく彼女達はこう思っているのだろう。
「自分達は『焼死体事件』とは関係がない、自分達はその被害者にはならない」と。あるいは、「国や警官隊が何とかしてくれる。だからこんな事件は成り行きで解決される」の方かもしれないが。
アッシュは、これが人間の悪いところだと心底呆れ果てながら女達を見る。
人という生き物の多くは、捕食者に襲われている小動物がいたとしても、柵の外側でただ平然とそれを眺めている。
柵の外側にいる人間には、喰われている小動物の気持ちなど分かるはずがない。何故なら、自分はそうならないと信じ込んでいるからだ。襲われない前提で物事を考えているのだから、理解させようにも無理がある。
悲鳴を上げ、ただ喰われていくだけの獣。ほとんどの人間は、自分がそんな柵の外側にいる傍観者であることを認識していないらしい。ましてや獣達が最も憎んでいる相手が、襲い掛かっている捕食者ではなく、傍観者である自分達だとは誰も思いもしないだろう。
再び思考の世界に意識を委ね、アッシュはまた深いため息をつく。
そんなことを思っている背後の人物に気づく様子もなく、長々と似たような会話を繰り返す女達。ふと、そのうちの片方が急に話すのを止めて、躊躇いの表情を見せた。
その顔は『何か』を言おうか言うまいか考え込んでいるようでもあり、彼女が黙っている間、通りを歩く他の買い物客達の賑やかな声が二人の間に生じた奇妙な静けさを埋めていった。
ほどなくし、女は意を決した面持ちで相方に向けてゆっくりと口を開いた。
「……ねえ、被害者の身元が判明出来ないほど焼かれていたって、ひょっとして犯人って能――」
「やっっべえぇぇぇぇーーーーっ!! 間に合わねえ! 何してたんだよ、ジン!」
「ちょっ、待て! 俺のせいかよ、おい?!」
「うるせえ! おまえが朝起こさなかったからだろうが! ……そこのおっさん、邪魔だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
突如、辺り一帯に響き渡る叫び声。それまで賑やかだった人通りが一瞬のうちに静まり返り、アッシュの前を歩いていた女達も会話を止めてその場に立ち止まった。
一方のアッシュも、注意が女達から叫び声へとそれてしまい、反射的に声がした方角を振り向く。
すると自分の目の前を二人の人物――少女と青年が、何やら言い争いながら街路を爆走し、横切っていくのが見えた。
二人の姿はすぐに人混みの中へと消えていってしまったため、詳しいことは分からないが、少女に「おっさん」と呼ばれた人物の安否が無事ではないという予感だけは彼の中にあった。
続けて、少女達が消えていった遠くの人混みから、大量に積まれた何かが崩れる音と、その空中を林檎が飛んでいるという奇妙な光景を目撃したが、彼はそれを「寝不足が見せた幻覚」ということで、出来る限りそちらの方へ視線を送りたくなかった。
暫くして、突風にも似た騒ぎも収束し、やや遅れて再び通りにざわめきが戻ってきた。
人々は取りあえず手近にいた他の買い物客をつかまえて、先程の奇怪な出来事について話し始める。
アッシュの前にいた女達も互いに顔を見合わせると、騒ぎが起こる前に話していた内容のことなどすっかり忘れた様子で、周囲と同様の話をしていた。
「……何だったんだ、今のは……?」
そらしていた視線を元に戻し、一人呟くアッシュ。
そしてただ呆然と少女達が去った方角を眺めながら、人々に混じってその場に立ち尽くしていた。
――その日、アッシュが待ち合わせ場所に遅れたということは言うまでもない。
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