第28話:対キース~石使いの能力者と極彩色の瞳(1)
道案内を終えた戦闘員を気絶させ、扉を蹴りつけて強引にこじ開けたアレンは、その奥のバルコニーに立っていた三人の人物を見やってから倉庫の中に入っていった。
「……あ、さっきのやつに、どいつがケイレブなのか訊くのを忘れてたわ。よお、ガキ。また会ったな」
慣れ親しんだ知り合いにでも話し掛けるような軽いノリで、アッシュにひらひらと手を振るアレン。
彼にとって今一番会いたくない人物である自覚など毛頭なく、気怠そうな表情で剣の切っ先をケイレブとキース、両者に向けて交互に振る。
「……で、どっちがドンパチ騒ぎ好きの大馬鹿野郎だ?」
「……くっ、くっくっくっ……、がははははっ!!」
挑発的とも思えるアレンの言動に、片手で顔を押さえながら声を漏らすケイレブ。やがて堪えきれなかったのか、腹を抱えて高らかに笑い出した。
「基地の中で侵入者が暴れていると聞いてはいたが、こいつぁ傑作だ。てっきり警官隊が押し掛けてくるのだと思ったら、やって来たのがこんな可愛らしいお嬢ちゃんだったとは思ってもみなかったぜ!」
小馬鹿にするような彼の発言に、アレンは「あ?」とキレ気味に反応すると、鋭く睨みつけて剣を振り下ろす。
「誰が『可愛らしいお嬢ちゃん』だ、おっさん。その首、飛ばすぞ、おい」
「あー、悪い悪い。だがなぁ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんも、分をわきまえた方がいいんじゃねえのか? 俺達は能力を持ったテロリストなんだぜ? その勇気は買ってやりてえが、俺達の計画を邪魔する奴には容赦しねえつもりなんだ。言ってる意味が、分かるか?」
小馬鹿にした態度は微塵も変えずに、ケイレブは優しくアレンに問い掛ける。
遠回しに何を言いたいのか、それを分かりきっていたアレンは鼻で笑ってから口を開いた。
「『死にたくなかったら、土下座して命乞いをして大人しく帰れ』ってか? せっかく『当たり』に出会ったんだ。帰るわけねえだろ、阿呆か、おっさん」
「ふっ、そうか。おい、キース!」
アレンの返答に肩をすくめ、ケイレブは唐突にキースの名前を呼んだ。
「名誉挽回のチャンスをくれてやる。あの威勢のいいお嬢ちゃんの相手をしてやれ。ただし、手加減はなしでな」
「えっ!? わしでっか?! ケイレブの旦那、それはちょっと……」
「何だ? お前にとってはちょうどいい機会だろ。お前があの時、本当にわざと逃げ出したんじゃなければ、戦えるはずだ。その証拠を見せてみろよ。なぁに、街で幾人殺して来るよりは気が楽だろ? 何せ、相手はたったの一人、それも女子供を殺せばいいんだからよぉ」
暫く考え込んでから、「……ほ~い」と元気のない返事をするキース。
対するアレンは苛立ちを覚えながらも、彼らがいるバルコニー下まで移動すると、首を回して臨戦態勢を取る。
「……さっきから『お嬢ちゃん』だの『女子供』だの、あたしに喧嘩売ってるのか? それと、何だ? 仲間割れでもしてたのか? 本当にどうしようもねえ連中だな。……で、誰が相手するのか知らねえが、やるのか? やらねえのか?」
「わしが相手や」
先程とは打って変わって、はっきりとした口調でキースが名乗り上げる。
そして手すりから身を乗り出すと、ふわりと、まるで天から舞い降りるかの如く、軽やかに着地した。
「……というわけや。嬢ちゃんにはほんまに悪いが、ここで死んでもらうことになったから覚悟しぃ」
大柄な体格にも関わらず、無駄のない身のこなしで降り立ったキースを見て、沈黙するアレン。
そんな相手を見据えたまま、キースは懐から細長い何かを取り出した。
(……?)
キースが取り出した物にアレンは目を凝らして観察する。
よく見るとそれは一本の何の変哲もない扇子だった。
彼は音を立ててそれを広げ、流れるような動作で顔の前に運んでから宙に放り投げた。
「ほな、行くで?」
キースが言い放った瞬間、足元に落ちる直前の扇子から突然巨大な棘のような物が生え出てきた。
否、それは直接扇子から出たのではなく、その奥――正確には扇子によって遮られていた床から円錐状の石の棘が現れ、表面を貫いてアレンの頭部目掛けて襲い掛かっていったのである。
「……くっ!」
剣を傾け、すんでのところでアレンはキースの攻撃を防ぐ。鋼の刀身と、石の棘がぶつかり合う音が周囲に響き渡る。
(扇子は囮だったか、くそっ!)
「まだまだやで、嬢ちゃん!」
焦りの色を見せたアレンに、キースは更なる攻撃を仕掛ける。
彼が身を屈めて床に両手をついた直後、今度は石で出来た柱が数本、うねりながら彼女の胴体を狙ってなだれ込んできた。
アレンは床を踏みしめて跳躍し、石柱の上へと着地する――つもりだった。
彼女が柱を避けつつ空中で前方を向いた時、目の前には石製の槍を持ったキースが、既に振りかぶった状態で石柱の上でアレンを待ち構えていた。
とっさに剣を使ってアレンは振り下ろされる攻撃を防ごうとしたものの、宙に浮いた状態に加え、相手は遠心力の掛かった石の塊。当然、受け止めきれるはずもなく、そのまま数メートル離れた固い壁に向かって思いきり体を叩きつけられてしまった。
「ぐ、ぅ……っ」
苦痛に声を漏らすアレン。
握っていた剣が手元から離れ、彼女は床へとずり落ちていった。
まるで糸が切れた操り人形のように、頭を垂らしたまま一向に動く気配のないアレンの元へ、槍を担いだキースが歩み寄り、立ち止まった。
「……嬢ちゃん、起きとるか?」
「……」
呼び掛けるが、アレンは何の反応も示さない。
落胆するようにキースがため息をついてからほどなく、バルコニーの方から拍手が聞こえてきた――ケイレブだ。
「勝負あったな。よくやった、キース。……それにしても、思いのほか呆気なかったな。どうやらお嬢ちゃんは口先だけだったらしい。さあ、キース。早くお嬢ちゃんを楽にしてやれ」
「……ケイレブの旦那、ほんまにこの嬢ちゃんを殺さなあかんのか?」
「当たり前だろ。せっかく俺が忠告しておいたのに、それを跳ね除けたのはそのお嬢ちゃんだぜ? それに、また俺達の計画の邪魔をされちゃあ困るからなぁ」
くつくつと、冷酷に笑うケイレブ。
無慈悲極まりない彼の言葉にキースは暫く黙り込んでいたが、殺すことは避けられないと悟ったのだろう。槍を強く握り締め、意を決して振るうべき相手に切っ先を向けようとしたその時だった。
「――っ……」
キースの耳に、極小さなものであったが、声が届いた。
愕然としつつもすぐさま声がした方へ振り向くキース。
そこには先程自分が倒したはずの少女が、微かに唇を動かして何かを呟いていた。
「……設定は、あたしに当たる全ての攻撃。時間差は五秒だ。……発動」
言い終えると共に、アレンは落ちていた剣を再び拾い上げ、滑り込むようにキースの足元を狙って剣を振るった。
「うわぁっ!?」
不意を突く攻撃に、キースはとっさに飛び跳ねてアレンの斬撃をぎりぎりで回避する。
そして着地と同時に床から一本の石柱を生み出すと、その上に乗って後方へ引き下がっていった。
態勢を整えようとするキースの背後で、勝利を確信していたケイレブは、怒りで拳を震わせながら忌々しげにアレンを睨みつける。
「お嬢ちゃん、てめえ……。よくもやられた振りをしやがったな……っ!」
「あんな程度で、あたしがやられるとでも思ったのか? ま、油断したのは確かだけどな。いやー、おまえらが話をしてくれてたおかげで少しは休めたぜ、ありがとよ」
うつ伏せの状態からゆっくりと立ち上がり、乱れた髪をかき上げた後、アレンはすっと両目を開いた。
蒼い虹彩だった彼女の双眸。しかし、今は左目のみが現実にはあり得ない極彩色へと変わっていた。
光り輝き、目まぐるしく変化する瞳の色。ほどなくして、元の虹彩へと戻ったアレンは「ふう」と一息つき、ケイレブ達を見やる。
「アイツ……!」
非現実的とも言える光景に、アッシュは『ある結論』へと至り、声を発した。
「……薄々そうじゃねえかと感づいていたが、てめえ、能力者だな!!」
「正解」
ケイレブの言葉にニッと笑って答えると、今度はアレンがキースに先制攻撃を仕掛ける。
常人の域を超えた速度で繰り広げられる彼女の斬撃を防ぎながら、キースは一度間合いを取り、床に手をついて再び数本の石柱を生み出した。
うねるように迫り来る石柱。アレンはそれを上空まで飛び越えずに、一定の力で踏みしめてそのうちの一本に飛び移った。
そして速度を落とすことなく柱の上を駆け出し、襲い掛かってくる順に次々と残りの石柱を避け続ける。




