第23話:ケイレブの企み
「お、やっと来たか。キース、アッシュ」
「はい、ケイレブさん。……あれ?」
「ケイレブの旦那、わしらだけでっか? 他の皆さんは?」
ケイレブが待つ二階に赴いたアッシュとキースは、部屋に入るなり辺りを見渡して尋ねた。
そこには呼び出しを受けた自分達二人と、中央の腰掛けにケイレブが座っているだけで、誰の姿もなかった。
「連中は別室で待機させておいた。たまには三人で話すのもいいだろ?」
「ほ~、なるほどなぁ」
納得したように頷きながら、キースは適当な場所を見つけて腰を下ろした。
「それで、ケイレブさん。次の作戦とは?」
どこにも座らずにその場に立ったまま、アッシュは本題――先程外で仲間が言っていた用件についてケイレブに尋ねる。
「ああ。そろそろ俺達のテロ活動も本腰を入れようと思ってな。街で待機している奴らには『あれ』を使って好きに暴れてこいと命令しておいた。作戦実行までにまだ時間はあるが、暫くすりゃあ、無能力者共で溢れているイレイザートも騒ぎ出すだろう」
にやついた顔で、さも楽しげにケイレブは言う。『あれ』とは、例のあの薬のことだろう。
待ちに待った『革命』の時が訪れる。そのことを実感したアッシュはまっすぐ前を見据えたまま気を引き締める。
「……ついに、ですね」
「せやけど、あいつらには可哀想なことしたなぁ。あいつらも無能力者やろ? まさか自分らが能力者のためのテロ活動に関わっとるなんて、微塵も思うてはおらへんやろな」
大げさな態度を取りながら、哀れみの表情を浮かべるキース。
そんな彼を見て、ケイレブは快活な声で笑った。
「ああ。だけど、反能力者主義の無能力者ってのは、扱いやすい生き物だよなぁ。俺が奴らのふりをして『この薬で能力者になってテロを起こしてみないか。そうすれば世界中から能力者は非難されるだろう』って誘ったら、喜んで『仲間』になりやがった。俺達能力者に利用されてるなんて露知らずにな」
――反能力者主義。
この世界は創造神たる女神を崇拝する宗教『女神教』の教えに基づき、能力者は、無能力者が解釈した二つの思想によって支配されている。
一つは、能力者保守主義。本来人間に備わっていない力を人類発展のために活かし、保護しようとする思想。
そしてもう一つは、反能力者主義。能力者を「人類を脅かす悪しき存在」として世界から抹消しようとする過激な思想。
幸いにも、この世界の多くを占めているのは前者であるが、その保守主義というのも表向きでは「保護する」と謳っていても、実際はその圧倒的な数だけで優位に立っている無能力者の支配下に置かれているのが現実である。
遥か昔には、人類の隷属だった時代もあったのだが、奴隷から解放された今でも能力者はただの「便利な道具」に過ぎず、支配下にない者は差別されるのが当然と見なされている。
自分達が、能力を持たない人間からどういった扱いを受けているのかを改めて思い出し、アッシュは憎しみから強く唇を噛み締める。
「ケイレブの旦那、嘘言うのはよくないと思いまっせ。端からあいつらのこと『仲間』なんてちっとも思うてはおらへんやろ」
「お、バレちまったか。ま、お前の言う通りなんだけどな」
一本取られたかのような顔をしてケイレブは笑う。だが、その表情からは内に秘めた残虐さがにじみ出ていた。
「では、アイツらが街で暴れている間、オレ達は何をすればいいんですか?」
「お前達二人には『別の作戦』を用意しておいた。今は『その時』じゃねえが、俺が呼び出したら一緒について来い。それまでは他の奴らと一緒になって身支度を整えるのもよし、休むのもよし。好きにしていればいいさ」
「りょーかいやで」
ケイレブの言葉に、軽い調子で返事をするキース。
つまり、今のところは暇。何をするのも自由ということである。
「……話は以上だ。来る時のために、今のうちに士気でも高めておけよ?」
「ほ~い。ほな、わしらは皆さんのところに向かうとするか。行くぞ、アッシュ」
立ち上がったキースに背中を押されて、アッシュは仲間達が待機している別室に向かって歩き出した。
そんな二人を遠目に眺めながら、一人この場所に残されたケイレブは、アッシュ達が完全に部屋から退出したのを確認し終えると、静かにほくそ笑んで呟いた。
「……さあ、もうすぐだ。もうすぐで奴らに、誰が人類の真の支配者であるのかを教えてやる時がやって来る。ククク……ッ」
残酷な笑みを浮かべて、手に力を込めるケイレブ。
次の瞬間、彼の手から黒い波動が生み出され、そのまま宙に溶け込むように消えていった。
この時、ケイレブが思い描いていた『本当の作戦』に、アッシュは勿論、気づく者は誰もいなかった。
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