第20話:作戦の失敗(2)
(――なっ!?)
アッシュは目の前の光景に驚愕した。
何故ならば、自分以外にも少女を狙う第三者の出現――それも襲った相手の姿能力が、今の自分と全く同じであったからだ。
フードの人物はニヤリと口元を歪めると、手のひらに新たな炎の塊を生み出して、少女に向けて投げ飛ばした。
彼女は間一髪でそれを避け、逃げるように路地の通りを走り出す。
その後を追うフードの人物。両手に次々と炎の塊を作り上げ、執拗に彼女を狙い続ける。
(――な、何だアイツは……っ!? 何でオレと同じ恰好を、同じ能力を持っている?! アイツは一体、誰なんだ?!)
もはや少女のことよりも、フードの人物の存在に気が動転していたアッシュ。
やがて彼は、少女とその人物が自分が隠れている物陰の横を通り過ぎ、そのまま走り去っていく姿を見てようやく我に返った。
(とにかく、今はアイツらを追わないと!)
混乱状態から抜けきれないものの、アッシュは急いで二人の後を追い掛ける。
攻防戦を繰り広げている相手に追いつくことは容易であるが、アッシュはあえて距離を取りつつ情報をまとめる。
フードの人物が自分にとって敵か味方かは定かでないが、彼女を狙っているのは確かである。
このままその人物を追っていれば、いずれは少女を仕留めるチャンスがやって来る。
そんなことを考えながら、アッシュは手のひらに力を込める。
幸いにも、薬の効果はまだ切れていなかったようで、効果が切れる前に早く少女を仕留めようと再度覚悟を決めた。
路地の通りを左に曲がる少女。その後に続き、フードの人物も左に曲がる。
この通りを曲がれば、運河沿いの道にたどり着く。そうすれば、東側は河に設けられている柵で退路が断たれるだろう。
上手く先回りすれば少女を挟み撃ちにすることが出来る、そう思ったアッシュは別の経路から攻めて、飛び出すように彼女達がいる運河沿いの道に出た。
「……はぁっ、はぁっ……。アイツら、一体どこに――」
「呼んだかよ」
突如、アッシュの背後から少女のものと思われる声が聞こえてきた。
「――っ!?」
振り返ると、そこには先を走っていたはずの少女と、その隣にフードをかぶったマント姿の人物がいた。
「……オマエっ、フードのヤツに追い掛けられていたはずじゃあ――」
「ああ? こいつか? おい、ジン」
少女が誰かの名前を呼ぶ。すると隣に立っていたフードの人物が、マントごと取り払って正体を明かした。
その顔を見て、アッシュは愕然とした。それは、先程彼女と喧嘩別れしたはずの青年であった。
「おーおー。案外、簡単におびき寄せることが出来たなぁ」
嘲笑うようにニヤニヤしながら、愉快げに青年は言う。
「オマエら、最初からオレをおびき寄せるために――」
「あ? あんなの演技に決まってるだろ」
「やっぱりそうだったか。こいつを一人にさせておけば、自分から寄って来ると思ったぜ」
二人の言葉にアッシュは絶句する。少女を追い詰めたつもりが、まさか罠にはまったのは自分の方であったということに。
そんなことも気づかずに、うかつにも姿を現してしまった自分自身にアッシュは腹立たしさを覚えた。
「しっかし、物は試しってよく言うよなぁ。あの薬の効果が、まさか俺に炎を使わせてくれるなんて思ってもみなかったぜ」
そう言って、青年はポケットの中から見覚えのある物を取り出す。
彼の手には空の注射器が握られていた。
「……オマエら、オレをどうするつもりだ? やるなら相手してやるぞ」
出来るだけ言葉に殺意を込めて、手のひらに炎を生み出すアッシュ。
少女の方はともかく、少なくとも青年は今は能力者と同等の存在。しかも能力は同じ炎。力量さえ考えなければ、勝負は互角のはず。
二人の出方をうかがっている間も、アッシュは手から汗がにじみ出ているのを感じていた。
「……だってさ。どうするよ、アレン」
「あー……」
青年の問い掛けに、少女は上を向きながらぼんやり考える。
「……別に。あんなやつ、どうだっていいさ。何であたしが、そんな面倒なことしなくちゃならねえんだよ」
気怠そうに髪を掻き上げ、吐き捨てるように彼女は答えた。
「……は?」
少女の言葉に、思わずアッシュは呆けた声を出す。
(どういうことだ……?)
「……一体何を言っているんだ? オレを追い詰めるために、おびき寄せたんじゃなかったのかよ?」
出来るだけ低い声で、アッシュは少女に威嚇する。もしかしたら、まだ何かを企んでいるのかもしれなかったからだ。
「あ? さっきも言っただろ。正直言っておまえみてえなガキなんて、どうだっていいんだよ。ただ単に、あたしを襲った馬鹿がどんなやつなのかを知りたかっただけさ。分かったか? 分かったならとっとと帰れよ、ガキ」
ついには同じ年頃である少女にガキ呼ばわりされてしまったアッシュ。
今や世間を騒がせている『焼死体事件』の犯人である自分をまんまと罠にはめただけでなく、一連のやり取りを面倒事と称し、終いには帰れと言う。
こんなにもプライドを傷つけられて、これ以上の屈辱が他にあるのだろうか。
「オ、オマエ……っ! オレを舐めているのか?! ふざけるなっ!!」
怒りを抑えきれずにアッシュは怒鳴ったが、対する少女はそんな彼を全く相手にしていない。
「おいおい、坊や。こっちは戦う気はないと言っているんだぜ? もう少し準備を整えてから出直したらどうだ? ま、それでもやり合おうって言うのなら、遠慮はしねえけどな」
そう言いながら、背中にくくりつけられている巨大な戦斧を引き抜く青年。太陽に照らされて、刀身が鈍く光る。
ニヤニヤした表情とは裏腹に、青年の目は笑っていない。
そんな異様な気配を纏った人物と改めて対峙してみて、アッシュは思わず後退りしながらこう考えていた。
――明らかに、実力は彼の方が上回っている。それに対して、自分は能力のみ。実力もそうであるが、二対一の状況で勝てるかどうかも危うい。ここはいったん退いて、基地に戻るしかない、と。
「……ちっ」
立ち去る間際、忌々しげに舌打ちしてからアッシュは踵を返し、二人の前から退散した。
その後ろ姿を眺めながら、この場に残された少女と青年――アレンとジンは、ある程度アッシュとの距離が離れ、彼が振り返らなくなった頃合いを見計うと、互いに視線を外すことなく静かに口を開いた。
「上手いこと逃げてくれたなぁ。……アレン、あいつが手に持っていた物が見えたか?」
「ああ。あの武装連中が持ってたやつと同じだ」
ジンの手の中で、空の注射器が怪しく光る。
「これで奴らと関係していることが分かったな。さて、あいつを追うんだろ? 行くぞ、アレン」
「ああ」
そう頷いてから、アレンとジンは路地から動き出した。
追尾する二人の存在に、この時のアッシュは気づくことはなかった。
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