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Psychedelic~サイケデリック  作者: 幻想箱庭
第1章 始まりの幕は意図せず上がる
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第1話:少年(1)

 今、自分の目の前に一人の人間がいると仮定しよう。


 その人物の目が見えるとして、そのことを非難する人間はこの世界にどれだけいるのだろうか。


 答えは否。それは視線を向けられている自分も含めて、出来ていること自体が当たり前過ぎて誰も問い詰めはしないだろう。

 仮に盲目であったとしてもだ。その人物に対して憐憫の情を向けることはあっても、大罪人と同様の扱いはしないはずだ。


 恐らく他の五感を取り挙げても結果は変わらない。


 腕がついていることに関しては論外だ。


 では、直感は? 五感を超えたもの、第六感ならどうだ?

 しかしこれも残念ながら否だ。ずば抜けた感知力の持ち主ならば周囲も反応を示すかもしれないが、中にはその能力を生まれながらにして授かった才能の一部と考える者、あるいは持っていること自体に気づかず日々を過ごす者もいるから、これは五分五分だ。



 そんなことを考えながら、一人の少年が石畳の敷かれた街の通りを歩いている。


 彼の名はアッシュ・ストリッカー。最近、隣国ヤスガルンから、この大国エスレーダに突如暮らすことになった少年である。


 年は十五。ややつり上がった目つきに、黄色掛かった緑色の瞳。頭に日よけの布を幾重にも巻き、薄い布の服を纏った、一見どこにでもいる平凡な顔つき、平凡な姿の少年だった。


 ただし、「ヤスガルンから」といっても、別に彼はヤスガルンの国民ではなく、それよりも更に離れた山奥にある小さな村からやって来た、いわゆる旅人と呼ばれる存在であった。


 彼が生まれ育った村は資源に乏しく、これといった名所もなければ名物と呼べる代物すらない。強いて収益になるものを挙げるとするならば、時たま訪れる行商人達が(ふもと)にある街へ向かう際に民家を宿屋として借りる程度だろう。


 自由を望む彼にとってそんな田舎村で人生を縛られ続けているよりは、大昔の戦争でその大半が失われたとされる古の遺産『魔法』を現代に蘇らせ、その力を機械に組み込んだ新技術――『再生技術』により発展を遂げた工業国ヤスガルンで別の人生を歩んでみようと考えていたのだが……。

 わけあってそこで少しいざこざが起きてしまい、途方に暮れていたところを一人の男に助けられ、彼は今、ある仕事に就いている。


 今日は恩人であるその男と会うために、こうして早朝から予め指定された待ち合わせ場所に向かっている最中なのであった。


 時刻はまだ午前。春の太陽の日差しを浴び、眠気が覚めない頭に軽いめまいを覚えながらも、アッシュは人通りの多い大通りを歩いていく。


 この国エスレーダの主要都市の一つであるイレイザートは、首都ユディトやそれを取り巻く上層都市と比べて再生技術や工業による都市開発があまり進んではいないものの、多国間との行き来が多い街ということもあり、商業や宿泊業など他の主要都市にはない独自の発展方法で国の経済力と繁栄を担っていた。


 そのため、イレイザートの街には多くの大通りが存在し、そこから枝葉を伸ばすように小さな通りがいくつも存在している。

 そして通りに沿って宿場や露店などが開かれており、食物を始め、日用品から装飾品、更には薬草や武器といった品物まで屋内外で売買されていた。


 そんな活気に溢れた街路で、周囲の声に耳を貸すことなく、アッシュはただ黙然と、ある考えにふけりつつ歩いているだけであった。


(なら、『あれ』は――、『あれ』はどうして「否」に当てはまらないんだ――)

「おい、どこ見て歩いてんだ! ちゃんと前を向いて歩きやがれ!」


 突如、胸部に走った衝撃と気性が荒そうな男の罵声で、アッシュの意識は思考の世界から現実へと呼び戻された。気づいた時には男の腕に突き飛ばされ、その勢いのまま石畳の上に尻餅をついていた。


「うわっ! あ、その……、すみませんでした」


 すかさず地面から体を起こし、アッシュは頭を低く下げて男に謝罪した。男はその様子を見て「ふんっ」と鼻を鳴らすと、そのままどこかへ向かって立ち去ってしまった。


 下げた頭をゆっくりと上げ、アッシュは遠ざかっていく男の背中を見送る。ぶつかった相手が逆上して殴り掛かってこなかったのは不幸中の幸いだっただろう。そんな一難が去ったのを確認し、思わず彼はため息をつく。

 しかし、それは緊張感や安堵感から生じたものではなく、何故か憎悪を含んだ感情からくるものであった。続けて彼は胸中でこんな罵声を浴びせる。


(――どうせアイツも『あれ』ではないんだろ?)


 恐らく今の自分はとてつもなく鋭い目つきをしているのだろうな、と思いながら改めて周りを見渡すアッシュ。すると多くの通行人達が迷惑そうな顔で追い越していくのが分かった。


 自分が何のために朝からこんな場所を歩いているのかという理由を思い出し、そろそろ目的地へ向かおうと再び足を動かそうとしたその時だった。


 彼の背後を通り抜けていった二人の女買い物客の会話が、追い抜き際にたまたま聞こえてきたのであった。ひそひそと小声で話していることから、恐らく世間一般で「噂話」と呼ばれる類のものだろう。

 いつもならこんな噂話などに耳を傾けるアッシュではなかったが、ここで女達がしていた話の一部が不意に耳に入ってきた。


「……ねえ、隣国の『あれ』、まだ解決していないんでしょう?」

「『あれ』って?」

「ほら、ヤスガルンで起きた『焼死体事件』――」


(――っ!)


 思わず聞いてしまった彼女達の会話に、アッシュは反応せずにはいられなかった。彼は心の中で待ち合わせ相手の男に詫びをいれて、いったん目的地に向かうのを止めることにした。


(……『あの事件』について、話しているのか……?)


 こんな人通りの多い街中での盗み聞きは少々よろしくないと思いつつも、アッシュは女達に気づかれないように後をつけて、更に情報を得るため聞き耳を立てる。


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