第17話:想起する男~エイプリル・スプリングにて
警官隊が武装集団を連行した後のこと。
繁華街のエイプリル・スプリングにその男はいた。
荒れ果てた店内。警官隊による事件の事情聴取を受け終えてもなお、紅茶男は未だに席に座っていた。
「……クスッ」
まだ事情聴取を受けている他の客達をよそに、彼はテーブルの上に置かれた空のティーカップを見つめて、小さく笑った。
あの襲撃事件の際、戦闘員達に恐れることもなく唯一彼らに立ち向かった少女――アレンのことを思い出しながら、つい先程飲み終えた紅茶の余韻を楽しむ。
「……彼女もまた、なかなかの腕前でしたね。少々危なっかしいところもありましたが」
誰に向けるわけでもなく、紅茶男は優雅に微笑み、そう呟いた。
突然、彼が耳につけているイヤリングが青く光り輝いた。
紅茶男はそのイヤリングに備えつけられている小さな部品に触れると、微笑みを崩さずに口を開いた。
「おや、これはレザヴェルくん。何か事件の手掛かりが見つかりましたか?」
にこやかな笑顔で、紅茶男は再生技術――通信機であるイヤリングに向けて声を掛ける。
『……こちら、レザヴェル・ユクシルド。只今、警官隊から事件に関与していると思われる人物の情報が送られてきました』
やがてイヤリングから青年のものと思われる、淡々とした声が流れてきた。
「そうですか。報告ご苦労様です。それで、警官隊は何と仰っていましたか?」
青年からの応答を待つ紅茶男。
『はい。先程、警官隊が大通りで調査していたところ、調査を受けていた青年と少女が途中で逃走したとうかがっております。現在、彼らの消息は掴めぬまま、人員を増やして捜索しているとのことです』
「そうですか……。レザヴェルくんは、只今どちらにいますか?」
『私は現在、繁華街の通りに向かうところでございます。レイさんはどちらにいらっしゃいますか?』
紅茶男――レイと呼ばれた青年は、イヤリング越しに通信相手に答える。
「ああ、私ですか? 私もちょうど繁華街に来ているところです。でしたら、そのまま繁華街の入り口で合流しましょう」
『かしこまりました。ところで話は変わりますが、レイさん』
「はい、何でしょうか? レザヴェルくん」
『私の勘違いでありましたら申し訳ございませんが――もしかしてまた任務の最中に、行きつけの紅茶専門店に行かれているなんてことはございませんよね?』
イヤリングから聞こえてくる淡々とした青年の言葉に、レイは一瞬だけ沈黙したが、テーブルの上に残ったままのティーカップと伝票を見て、
「……いいえ、行っていませんよ?」
そう言って、はぐらかすように視線をそらした。
『……そうですか。それでしたらよかったです。とんだ勘違いをしてしまい、申し訳ございませんでした。それでは、これにて私は失礼致します』
青年との通信が切れ、青く輝いていたイヤリングの光が次第に消滅していく。
やがてレイは静かに席から立ち上がると、代金の書かれた伝票に視線を落とした。
「……こちらのお店は、紅茶専門店ではなく飲食店ですよね?」
語尾に疑問符をつけて、少々不安げに呟くレイ。
「ああ、ウェイトレスさん。お会計はこちらのお店が支払うということで合っていましたか?」
手近にいたウェイトレスを引き留めて、彼は尋ねた。
「あ、はい! お客様を危険な目に遭わせてしまいましたのは当店でございますので、代金は全てこちらが受け持ちます」
「そうですか。……ああ、そうでした!」
唐突に、何かを思い出したように手を叩くレイ。
懐から細い紙切れを取り出すと、それをウェイトレスに手渡した。
「お店の修繕費のことなのですが、こちらの場所に請求してもらえますか? これ、私が所属している組織です」
「あ、はい……? 分かりました」
「――では、失礼します」
レイはウェイトレスに軽く会釈をすると、白衣を翻して店を後にした。
彼が立ち去った後、ウェイトレスは紙切れに視線を落として、書かれている請求先の名前を見た。
――イレイザート民間総合軍事組織 《クロス・イージス》――
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