第16話:ジンの違和感
「……なあ、いい加減、機嫌を直そうぜ」
街の通りを歩きながら、ジンは自分を無視してさっさと先を急いでいるアレンに追いつこうと、小走りになって必死に後を追う。
「……」
ジンの声がまるで聞こえていないかのように、アレンは黙ったまま、速度を落とすことなく通行人達の間を縫って進む。
「女子供扱いした俺が悪かったって。……って、聞いてますかぁ? もしもーし」
「……」
「……完全無視かよ。仕方ねえだろ。警官隊から逃げ切るには、それしか方法がなかったんだからよぉ」
「……」
「で、どこ行くつもりなんだ?」
「……」
「おーい、何か言ってくれよー」
「……うるせえな」
急に足を止め、やっと口を開いたアレンは不機嫌そうな顔でジンを見る。
「無視を決め込んでれば、余計しつこくなりやがって。別にどこだっていいだろ、おまえには関係ねえ」
それだけ答えると、彼女はジンから視線をそらして、再び速足で歩き始めた。
「だから、俺が悪かったって」
「……はぁ」
彼の謝罪がよほど応えたのか、アレンは深いため息をついてから、うんざりした顔で背後にいるジンに向き直る。
「本当にしつこいな。……分かったよ。ただし、二度とあたしを女とガキ扱いするんじゃねえ。今度やってみろ、石くくりつけてさっきの河に沈めてやるぞ。――それと、さっきみてえな行動もするな。おまえの『力』は普通じゃねえんだ。誰かに見られてでもしてみろ、逃走どころの騒ぎじゃねえ。おまえはそれらしくしてろ」
「はいはい、分かりましたよ」
アレンの言葉に投げやりに応じると、ジンはポケットの中から注射器を取り出して、太陽の光に当てて透かしながら中身を見る。
「……おい、それどうした?」
「あ? これか? さっきの店の騒動で、戦闘員の一人が持っていたやつだ。地面に転がっていたから、警官隊の目を盗んで貰ってきた」
「貸せ」
手を差し出すアレンに、ジンは持っていた注射器を手渡す。中を満たしている緑色の液体が注射器の中で怪しく光る。
「……ジン、これ自分の腕に刺して試してみろ」
「うぉい! 俺の身に何か起きたらどうするんだよ!?」
「大丈夫だ。おまえなら死にはしねえだろ」
「それ、理由になってねえだろ……」
肩を落として呟くジンを完全に受け流して、中身をじっと見つめるアレン。
何故、戦闘員達がこのような物を持っていたのかは定かではないが、自分に襲い掛かる前に確かにこれを使用していた。
考え込んでいるアレンを見て、ジンは先程から脳裏に引っ掛かっていた『あること』について話そうと口を開く。
「……なあ、アレン。本当にあいつらはただの好戦屋か?」
「……どういう意味だ?」
釈然としない表情で尋ねてきたジンに、アレンも眉をひそめる。
「わざわざ全員、同じ服装と武器を用意してきただろ? それが何で飲食店を襲撃したんだ? 金を要求するわけでもないし、単純に人を殺すことだけが目的だったら、もっと人通りの多い場所を選ぶはずなんだよ。しかもあの人数ときた。銃なんて高額な物、全員分を仕入れるにしても、普通の奴らが簡単に出せる額じゃねえ」
「つまり、何かもっと、別の大きなやつが裏で糸を引いてるって言いてえのか?」
「まだそうと確定したわけじゃねえけどな。だが、俺の勘だと、どう考えてもあの襲撃は余興みてえなもんだと思うんだがなぁ」
街路で立ち止まっている二人を、奇妙な静寂が包む。
「……ちょっと、その辺の奴らに訊いてくるわ。ひょっとしたら、同じような事件が他の場所でも起きていたかもしれねえからな」
「おい、ジン!」
「すぐに戻る。お前はそこから動くんじゃねえぞ」
そう言って、ジンはアレンをその場に置いて、より人が集まっている通りの奥へと消えていってしまった。
通行人達が行き交う中、一人取り残されたアレンは手近にあった建物の壁に寄り掛かると、彼が消えていった方角を見ながら舌打ちした。
「……ったく、勝手に動きやがって。大体、テロリストじゃあるまいし、そんな数箇所でドンパチ騒ぎやってる馬鹿なんていんのか?」
目一杯の皮肉を込めて呟くアレン。そして寄り掛かっていた壁から体を起こして、適当にその辺りをふらつこうとしたその時、視界の隅に白い影が飛び込んできた。
「……あ?」
アレンが何気なくその影が見えた方を振り向くと、横にそれた路地から白いフードをかぶったマント姿の人物が飛び出すように視線の先に現れていた。
フードの人物が右手をかざした瞬間、アレンの『眼』が映し出したのは、自身の体が炎に包まれるという『映像』だった。
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