第13話:逃走(1)
アレンが武装集団を一掃してから暫しの時が経つ。
中は荒れ、ガラス片が飛び散った店の外では、警官隊が彼らを連行するべく集まっていた。
そんな惨事の跡をよそに、薄暗い路地からいつもの服に着替えたアレンが、重い足取りで姿を現した。
「……はぁ」
「おいおい、随分と派手に楽しんできたじゃねえか」
アレンがため息をついた直後、路地に近い店の壁に寄り掛かりながら待機していた一人の人物――ジンが声を掛けてきた。
「ちっとも楽しくねえよ……」
普段と打って変わって、彼女の声には元気がない。
「何だ? ついにクビにされたのか? アレン」
「……」
「図星なんだろ?」
「……」
「……だよなぁ。……はぁーっ」
何も言わずに通りを行くアレンに呆れ果て、深いため息をつくジン。
「うるせえな! ため息をつくな、ジン!」
「だってそうだろ。毎回遅刻をするわ、扉を蹴破るわ、店で暴れるわ。これでクビにされねえ方が、逆におかしいだろ」
苛立っているアレンに対し、ジンは真っ当な意見を述べる。
「おい、ジン。ずっと店の近くで待ってたんだろ? 何で見てるだけだったんだよ」
「これを持って店に乱入すればよかったのか? そんなことしたら、どういうことになるのか分かるだろ?」
そう答えるジンの背中にくくりつけられていた巨大な戦斧が、太陽の光を反射して鈍く光る。
「……はぁ」
反論することに疲れたのだろう。アレンはため息をつくと、懐から一枚の紙を取り出してジンの前に突き出す。
「……何だこりゃ」
「請求書」
「何の」
「店の扉と備品、テーブル椅子と店長の治療費諸々」
「マジか」
沈黙するアレン。
「……はぁ。お前、いつか何かやらかすと思っていたが、給料貰うどころか、こっちが大金支払うようになるとは思わなかったぜ」
「うるせえよ」
「特に、最後のが痛手だったよな。まさかお前、店長まで巻き込んじまうなんてな。てか、あのタイミングで店長飛び出すか? 普通」
「知らねえよ。つか、そんなことよりあの武装連中だ! あいつらさえ来てなければ、今! 金のねえ状態で! あたしは店をクビにされなかったんだ! ……くそっ、こんなことになるんだったら、もっと徹底的にぶっ潰しておけばよかった」
「小声で物騒な発言をしているんじゃねえよ。お前の場合、奴らが来ていなくても遅刻の常習犯の時点でアウトだろうが」
「あーあー、そうですね!」
ジンの言葉を掻き消すように、アレンは不服そうな顔をして大声で叫んだ。
「……はぁ、お前なぁ。少しはその好戦的な性格をどうにかしたらどうだ?」
「おまえに言われたくねえよ」
「ま、確かに違いねえけどな……ん?」
一瞬、何か引っ掛かったのか、ジンは沈黙の後、声を漏らした。
「どうした?」
そんな彼の反応に、アレンは眉をひそめ、尋ねる。
「ん? ああ、何でもねえ。……って、何だぁ、ありゃあ」
「ん?」
途中で会話を止め、遠方を見つめるジン。
続いてアレンも彼の視線の先を追って見ると、何やら一人の女が警官隊と思われる複数の人物に取り囲まれて、大声で話をしているのが分かった。
二人は遠巻きにそれを眺めながら、彼らが話している内容を知ろうと聞き耳を立ててみることにした。
「ちょっと! 何で私が連行されなくちゃならないのよ!」
「ですから、貴女は事件があった期間に入国手続きを取りましたよね? すみませんが、その期間に入国をした赤い髪の女性は、その日何をしていたのか検問所で話を聞かなくてはならなくてですね――」
「何よ、それだけの理由で連れて行くの!? おかしいじゃない!」
「続きは検問所で聞きますから――」
そう言って、喚く女を連行する隊員。更にその場に数人が残り、赤い髪の女を探すべく、こちらに向かって再び歩き出した。
「……何か、やべえことになっているな」
「そういやぁ、店でも客が、街で取り調べをやってるって言ってたな」
「どうするんだ、アレン。お前、見つかったら百パーセント連行されるぞ」
「しょうがねえな……。あいつら数人くらいなら、余裕でやれるぞ。あ、今一人と目が合っちまった」
「馬鹿野郎、それじゃあ余計にやばくなるだろうがっ」
小声でアレンを叱りつけるジン。
すると何かを思いついたのか、彼女を自分の背後に隠れさせて、小さくかがめさせる。
「ま、ここは俺に任せとけって」
そう言いながら、ジンは偶然地面に落ちていた物に目を向けると、ニヤリと笑った。
「……あれ? おかしいな。確かこの辺りで見掛けたような気がしたんだが……」
辺りを見渡す一人の隊員。恐らくアレンと目が合った人物なのだろう。
「そこの君! この辺りで赤い髪の女性を見掛けなかったかい?」
見つからなかったのか、彼はたまたま自分の近くにいたジンに声を掛けた。
「……いや、知らねえな。例の事件の調査か何かか? 警官隊も大変だな」
「あ、いいえ! ご協力、感謝致し――」
労をねぎらうジンに、隊員は一礼して感謝の意を述べようとする。
だが、途中で言葉を止めて、彼は固まった。
「……何ですか? その後ろにいる怪しいのは……」
ジンの後ろにある『もの』を見て、若干引き気味に不審そうな顔をする隊員。
そこには、先程地面に落ちていたマントのフードを頭部までスッポリとかぶり、顔を隠した状態でかがんでいる、怪しい姿のアレンがいた。
「こ、こいつは~~……、俺の妹なんだよ! ほら、今赤い髪の女なら誰でも犯人だと疑われているだろ?! 俺の妹、馬鹿なもんでよぉ~、自分が赤い髪だからって気にしちまったみてえで、外を出るにも『フードをかぶってなくちゃ家から出たくない!』の一点張りでよぉ! そんな恰好していりゃあ、余計に怪しまれるっていうのに――いででででっ!?」
突然、ジンが叫び声を上げる。誰かが彼の足を思いきり踏みつけたのだ。――他でもないアレンが。
「いきなり何するんだよ!?」
「ちょっと待て! 今の『家から出たくない』って台詞、あたしか!? いつ、あたしがそんなか弱い乙女みてえな台詞を言った!!」
「ちょ……っ!? 少しは場の空気を考えろよ! 今は警官隊がいなくなるまで、その短気な性格を抑えて、妹らしくしたらどうだ!」
「そもそも何だ、『妹』って!? いつ、あたしがおまえの妹になったんだよ! ひょっとしてアレか! アレなのか!? おまえがシスコンだったなんて初情報だぞ、こるぁっ!!」
「あーーっ!! だから、あの時は俺が悪かったって言っているだろ! いくら俺が今までお前と弟達をほったらかしにしておいて、一か月前に急に再会したからといって『お前の妹じゃない』なんて言うな! お兄ちゃんは悲しいぞっ!?」
自分のための作戦だということも忘れてキレ気味に叫ぶアレンと、話を一切合わせてくれない『妹』の言葉に投げやりで対応し続けるジン。
そんな『兄妹』の言い争う会話を傍らで聞きながら、隊員はとても気まずそうな表情を浮かべていた。
「な、何だかよく分からないけれど、君達はとても複雑な家庭問題に苦労しているんだね……。まあ、これも一応決まりだから、君の妹さんの顔を少し見せてくれるかな? 入国手続き書に妹さんの顔が載っていなければ、すぐに終わるから」
アレンとジンの迫真の演技(?)に気圧されたのか、彼は手に持っていた書類を広げて、ジンの承諾を待った。
アレン達も事件の期間中に入国した以上、その手続き書に彼女の顔が載っていることは二人の間でもはや確定済みであった。当然、ジンはその要望を拒否するに違いないだろうと、アレンは予測する。しかし――。
「ああ、いいぜ」
彼は隊員の要望をすんなりと受け入れた。
「おい、ジン!?」
「何言っているんだ、お前。俺らはこの国の住民だろ? そんな手続き書にお前の顔が載っているわけがねえ」
「……」
ジンの言葉に何故かアレンは静かになった。
「それと、警官隊さんよぉ。手続き書一枚一枚を俺の妹と照合しなくてもいいだろ? その中にある十六歳くらいの短い髪のやつだけと照合してくれねえか? 俺の妹、あんまり他人に顔を見られるのが苦手だし、その方がそっちの手間も省けるだろ?」
人懐こそうな笑みを浮かべて尋ねるジン。
その表情に隊員は少々戸惑ったが、暫く考えた末、提案を受け入れることにした。
「あ、ああ。構わないけれども……、ちょっと待っててくれるかな? えーっと、……まずはこれと、これと……これは幼すぎるかな? ……大体、この辺りまでかな? 妹さんの特徴と合う手続き書は――」
彼が前を見た時には、既にアレン達の姿はそこになかった。




