第12話:武装集団(2)
「な、……っ!」
ものの数分も経たないうちに倒れていく仲間達を見て、戦闘員達は愕然とした表情で言葉を失った。
武装して襲撃したにも関わらず、今は数人にも満たない。相手は一人、しかも自分達の年齢を遥かに下回るただの少女に。
今もなお彼女の攻撃は止むことを知らずに、着実に敵の数を減らしていく。
「おい! まだ『あれ』を使っては駄目なのか?! もういいだろ!」
「待て、それでは作戦が変わってしまう! 客だ! その辺にいる客を人質にして――」
「よそ見してるんじゃねえよ」
取り乱した様子で何やら意見を言い合う戦闘員達。
だが、彼らがこうして話している間もアレンは次の標的を見定めて、敵が行動に移すよりも先に距離を詰め、打ちのめした。
「くそっ、何なんだよ、てめえは!?」
「ああ? あたしか? あたしは旅人だ、馬鹿野郎」
そう言うや否や、アレンは残り一人となった戦闘員に向かって疾走する。
対する相手も、身に纏っていた貫頭衣を脱ぎ捨て、腰から大振りのナイフを抜き出すと、アレン目掛けて突進した。
互いの間合いに入り込む両者。先に攻撃を仕掛けたのは戦闘員だった。
素早い動きで突き出される右腕。その攻撃をアレンは横に流して、懐に拳を叩き込もうとした。だが、敵は――。
戦闘員は彼女の攻撃が入るよりも先に腰を捻り、そのまま頸部目掛けて後ろ回し蹴りを放った。
すれすれのところで攻撃をかわすアレンに追い打ちをかけるように、彼は腕、喉、胴体を狙って更にナイフを突き続ける。
素早く繰り広げられる攻撃を避けながら、アレンは気づいた。
今まで倒してきた相手とはまるで動きが違う。
それは軽装になったからだとか、そういう意味ではない。まるで目の前の人物は根本的な部分で他者と違っているかのように、その身体能力は明らかに常人の域を超えていた。
人間でありながらそれをなし得る存在。それは――。
「へぇ、おもしれえじゃねえか」
笑みを浮かべ、後退するアレン。そしてゆっくりと瞼を閉じ、口中で何かを呟く。
そんな彼女を見て、戦闘員は肩を震わせた。恐らく余裕を見せられたことで馬鹿にされているのだと思ったのだろう。
「こ、の、ガキ……っ! 舐めるなぁっ!!」
怒り狂って駆け出し、アレンの顔面に向かって再びナイフを突き出す戦闘員。
やがて閉ざされた瞳が開かれた時、アレンは体を反転させてそれを避けた。
「……なっ」
まっすぐ突き伸ばされた右腕。その下を掻い潜り、彼女は隙の出来た腹部の前で呼吸を整えて、拳の力を抜く。
「らぁっ!」
掛け声と同時に瞬時に力を加え、戦闘員の腹部にアレンの強打が決まった。
テーブルや椅子を巻き込み、その場に倒れる戦闘員。店内を見渡し、彼らが起き上がらないことを確認し終えると、アレンはある一点を鋭く睨みつけてから近くに転がっていた椅子を踏みつけて叫ぶ。
「おい、ルチエラ!」
いきなり名前を呼び捨てで呼ばれ、ルチエラはビクリと体を震わせた。
「客一人も守れてねえ癖に、なぁにが貴族だ、笑わせるぜ! てめえらは手綱持って馬車馬の尻引っ叩いて自分で動いてるつもりの勘違い集団だろうが! 悔しかったらてめえら貴族の価値観や言論の暴力を全てかなぐり捨てて、堂々と一対一で掛かってきやがれ!」
静まり返った店内に、アレンの声が響く。
そして元々きつく見える目を一層きつくさせ、
「それと、あたしら平民と――あたしら旅人を舐めるんじゃねえぞ、名ばかりの腰抜け野郎がっ!」
あまりの気迫に、へたりと尻餅をつくルチエラ。
彼女だけではない。今、この店にいる誰もがアレンの言葉に何も言うことが出来ずに、沈黙していた。
「……ぐっ、くそ……っ!」
ガラガラと音を立てて、戦闘員を吹き飛ばした先のテーブルと椅子の山から声が聞こえてきた。
そこには先程倒したはずの敵がゆっくりと体を起こし、今まさに立ち上がろうとしていた。その手にはどこから取り出したのか、緑色の液体が入った注射器が握られている。
「お、随分と粘るじゃねえか。まだやり合うか?」
「ふ、ふざけんじゃねえ……っ! 手加減してやりゃあ調子に乗りやがって! ……作戦は変更だ。劣等種諸共、今すぐ殺してやる!!」
殺意をたたえた瞳。「劣等種」とは何を指しているのか。
そんな相手の真意を確かめることなく、アレンは余裕さえうかがえる態度で再び嘲笑する。
「おやおや、せっかく勝負がついたのですから、お二人共ゆっくりしていってはどうでしょうか?」
そんな中、間に割って入ってきたのは、ティーカップを片手に紅茶を飲んでいる紅茶男であった。
(はあっ?! 何、こいつはのこのこやって来てるんだ!?)
ようやく訪れた転機に、戦闘員は素早く紅茶男の背に回ると、ナイフを頸動脈に押し当てて彼の自由を奪った。
紅茶男は状況が理解出来ていないのか、きょとんとした顔で自分の首に回された相手の腕を見つめている。
「馬鹿か、てめえ!?」
「おい、ガキ! この白衣を殺されたくなかったら、大人しくしていろ!」
紅茶男を押さえつけている腕に更に力を加え、戦闘員は怒鳴る。
「おや、これはひょっとして私、人質になってしまったのでしょうか? これはこれは、困りましたねぇ」
少しも困った様子もなく、紅茶男は手にしたティーカップを口元に運ぶ。
「おい、白衣! 何呑気に紅茶を飲んでやがる! 殺されたくなかったら、お前も大人しくしていろ!」
怒声を浴びせる戦闘員。
その視線が紅茶男に向けられた瞬間、アレンは叫んだ。
「避けろよ、紅茶男!」
「おや?」
アレンの声に、紅茶男と戦闘員は顔を向ける。
彼らが前を見た時には、既に彼女は蹴りを放っていた。
(一応、声掛けはしておいてやったぜ。これで当たったらてめえの責任だぞ、紅茶男!)
しかし、彼はアレンの攻撃を受ける間際に首を前方に倒して回避し、前のめりになった戦闘員の側頭部にアレンの蹴りが炸裂した。
「ぐぉ……っ」
脳震盪を起こしかけ、その場でふらつく戦闘員。
「ったく、何てめえは前に出て来てるんだよ。怪我したくなかったら、さっさと引っ込んでろ!」
「それでは、貴女が危険な目に遭ってしまうのでは?」
「てめえが危険な目に遭ってるんだろうがっ!」
そんな二人のやり取りをよそに、態勢を立て直した戦闘員は手にした注射器を自身の腕に刺すと、滑り込むようにアレンに向かって突進した。
「この『力』を持たねえ劣等種共め、全員まとめて死にやがれっ!」
ぐにゃりと両手の空間を歪ませ、戦闘員は懐に入り込む。しかし――。
「遅えって言ってるだろ!!」
半ば怒り気味に叫び、アレンは体を旋回させて渾身の力で後ろ蹴りを相手に叩き込んだ。
「ぐ、ああああああっ!」
叫び声を上げ、宙を飛来する戦闘員。料理が散乱したテーブルの上を滑りながら、店の入り口付近まで吹き飛ばされる。
ちょうどその時、
「な、何だこのあり様は!? 私の店が――」
療養から復帰した店長が、破壊された店を見て駆けつけたのだろう。
悲痛な叫びを上げ、店内に立ち入る店長。しかし、その言葉は最後まで言い終わることなく、戦闘員の巻き添えを食らってそのまま店の外に追い出されてしまった。
「……あ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇




