第11話:武装集団(1)
一方、エイプリル・スプリング店内。
謎の武装集団が押し入ってから数分の時が経つが、今もなお、店は緊張状態にある。
「全員、動くな! 今、この店は俺達が占拠した! 妙なことをしてみろ! 怪しい動きを見せた奴から順番に殺す!」
戦闘員達に銃口を向けられ、店にいる者達は小さな悲鳴を上げて身を震わせる。
すると戦闘員がいる位置から比較的遠くに座っていた客の一人が、果敢にも席から立ち上がり、彼らに向かって恐る恐る言葉を発した。
「おい、待ってくれよ。俺達が一体何をしたって――」
「黙っていろ!」
客の言葉を遮って、戦闘員は再び天井目掛けて銃を発砲する。
瞬く間に天井に弾痕が穿ち、客や従業員達の頭上に木片や割れた照明のガラス片がパラパラと降り注ぐ。
「きゃああああっ!!」
「いいか! 今のは脅しだ。また余計なことをしてみろ! 今度こそぶっ殺す!」
戦闘員の怒声に、店内はすすり泣く声で包まれた。
そんな人質達を無視し、一人が銃を構えたまま会計台の方へと歩き出す。
「おい、お前!」
「ひっ!」
戦闘員に話し掛けられ、会計を担当していたウェイトレスが悲鳴を上げる。
「この店の責任者は誰だ? 死にたくなければそいつを呼べ!」
「あ……、その……」
「さっさと答えろ!!」
「ひぅっ! 責任者は……、店長は只今療養中……で、その……お店には……い、いらっしゃいません!」
「嘘をつくな!!」
荒々しく台を叩く戦闘員。彼の言動にウェイトレスは泣き出し、一際大きな声で答える。
「ほ、本当ですっ! 本当に店長はお店には来ていませんっ!」
「……ちっ、しょうがねえな」
ウェイトレスの必死の叫びに嘘がないと判断したのか、戦闘員は再び銃口を向けて問い詰める。
「おい、お前。代理の奴ならいるんだろ? そいつを呼べ」
戦闘員の要求に応じ、ウェイトレスは戸惑いながら辺りを見渡す。
ここでアレンはようやく戦闘員の陰に隠れていたウェイトレスの顔を見ることが出来た。
緩やかなウェーブの掛かったマロンブラウンの髪に、小動物を連想させる怯えた顔。
それが彼女――ソニアであることに初めて気づいた。
ソニアは捜し続ける。現在の臨時の責任者――ルチエラの姿を。
「ひっ……」
するとアレンの近くで、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
振り向くと――今、自分が立っているすぐ側にあるテーブルの陰に、厨房で働いているはずのルチエラの姿があった。
大方、騒がしくなった店内の様子を見るため出て来たのだろう。ルチエラは戦闘員達に見つからないように、ひたすらしゃがみ込んで身を隠し、震えていた。
その時、ある一点でソニアの視線が止まった。
何かを察したのだろう。ルチエラも思わず伏せていた顔を上げると、遠くの方で自分を見つめている彼女と目が合ってしまった。
「早くしろ!」
急かす戦闘員の声に怯えるソニア。
縋りつくような眼差しをルチエラに向けて、その名を口に出そうとする。
「嫌、やめて、呼ばないでフォルトロスさん。お願い、お願い……」
神に祈るように、小声で何度もルチエラは呟く。
そんなルチエラの姿に、ソニアは口を開いたまま戸惑いの表情を見せる。
今、ここでルチエラを呼べば自分は助かる。しかし、呼んでしまえば彼女がどうなってしまうのか分からない。
恐怖に怯えながらも、呼び掛けるか否かで葛藤していた。
やがてソニアは意を決したように一際大きく息を吸い込むと――何も言わずに口を閉ざした。
「……ちっ、埒があかねえな」
待ちきれず、舌打ちする戦闘員。
「本当は見せしめにそいつを殺すつもりだったが、予定変更だ。代わりにお前を殺す」
銃口をソニアに向け、引き金に指を掛ける。
彼女は叫ぶことも動くことも出来ぬまま、完全に固まっている。
「恨むなら、運がなかった自分と、出て来なかったそいつを恨むんだな」
いよいよ指先に力が掛かる。あと数秒もしないうちに銃弾が発射されるだろう。
「いや……」
ようやく声を振り絞ることが出来たソニア。しかし、体が動かない。
布の隙間からいやらしげな笑みを覗かせ、戦闘員は引き金を引く。次の瞬間、彼の行為は、バーカウンターの上を走って顔面に蹴りを入れたアレンによって未然に防がれた。
「きゃあああっ!!」
助走をつけた蹴りをもろに受けて、戦闘員は派手に吹っ飛び、店の窓を突き破った。
悲鳴を上げる客達。
「おい、貴様! 何をしている!? 殺されたいのか!」
手近にいた別の戦闘員が語気を荒らげてアレンに銃口を向ける。
しかし、彼が引き金を引こうとした時には既に彼女は懐へと潜り込み、放たれた拳がその胴体にめり込んだ。
銃を取り落とし、相手が前のめりになったところを間髪入れずに顎を蹴り上げる。
崩れるように仰向けに倒れる戦闘員。アレンはダメ押しでその腹を踏みつけてから、店内にいる残りの戦闘員達を見やる。
「な、何なんだ、てめえは!?」
「それはこっちの台詞だ、馬鹿が。いきなり上がり込んできて、好き勝手に暴れてるんじゃねえぞ!!」
最後は力強く言うとともに、アレンは椅子を蹴り上げて、敵の顔面に向けて蹴り飛ばした。
「撃て、殺せぇぇぇぇっ!!」
椅子が見事に直撃し、傍らにいた戦闘員が叫ぶ。
その声を合図に、他の仲間達がアレンに向かって一斉に撃ち始める。
「はっ」
笑声。
薄く歪んだ唇から短く息が吐き出される。
アレンは自分に襲い掛かってくる銃弾の嵐に、怯むことも恐れることもなく、テーブルの下を潜り抜け、次々と避けた。
「きゃ、きゃああっ!」
「ひっ、こっちに来るなぁっ!」
店内を駆け回る度に、近くにいた客達は喚き、彼女に叫ぶ。
そんな客達を一切無視し、アレンは銃弾を避けつつ次々とテーブルの端を掴み、床に傾き倒す。
まるで盾の役割を果たすように、銃弾は誰にも当たることなくテーブルに穿った。
「おいおい、遅えぞ! どこ見て撃ってやがるんだ? 当ててえなら、しっかり狙ってみろ!」
笑いながらアレンはテーブルの上を踏みしめ、跳躍する。
その後を追い掛け、壁や天井に銃弾が走るが――やがて狙っていたかのように、敵の弾が切れた。
一瞬、攻撃手段を失った戦闘員達は反射的に彼女を見る。
――笑っている。否、嗤っている。
恐怖と驚愕に引きつったその顔面に、アレンの放った蹴りが炸裂した。
相手が倒れ込むと同時に床に着地し、その勢いのまま戦闘員達の頭部に回し蹴りを入れる。




