第10話:赤い髪
寂れた建物ばかりが目立つ、活気も華やかさもない薄暗い通り道。イレイザート西郊外にある人気のない場所にアッシュはいた。
ここは無名区域、またの名を『エリア』。
エスレーダの各地に点在する、放浪者やならず者達が蔓延る無法地帯の総称。
国から正式な名前すら与えられていないその街の通りを、まるで故郷の土を踏むかのように、アッシュは悠然と歩いていた。
「よお、随分と遅かったな」
突如、通りのどこからか彼を呼ぶ男の声が聞こえてきた。
その声に応えるように、アッシュはピタリと立ち止まり、頭を下げた。
「すみません、ケイレブさん。向かう途中でちょっとした出来事に遭遇してしまいました」
謝罪の言葉を述べるアッシュ。
すると脇道から、待ちくたびれた様子の一人の人物が姿を現した。
年は三十代前半。短く切り揃えられた金髪に、右腕に二対の蛇が絡み合っている入れ墨を施した、屈強そうな男であった。
「まあ、過ぎちまったことはどうしようもねえ。しっかし、遅刻するなんてお前にしちゃあ珍しいな、アッシュ」
ケイレブと呼ばれた男は、親しげな笑顔を向けながらアッシュに近寄る。
馴れ馴れしく肩を掴まれたアッシュは抵抗する素振りなど微塵も見せずに、ただじっとその行為を受け入れた。
この男こそ、彼の待ち合わせ相手であり、同時に新たな人生を与えてくれた恩人でもある。
「それで、ここ最近のイレイザートの様子はどうだったか?」
「いつも通りですね。でも、今日は少しだけ人通りが多かったと思います。それと『焼死体事件』の犯人についての話題が上がっていました」
「いつも通り、か。お前らしい言い方だな。今のところは全て順調ってことか。ま、とにかく人が多いのはいいことだ!」
がはははっと声を出して快活に笑うケイレブ。
つられてアッシュも微笑する。
「お役に立ててよかったです。この後は何をすればいいですか?」
「おいおい、そんなに急ぐなよ。やる気があるのはいいことだが、焦り過ぎちまうのはあんまりよくねえなぁ」
今もなお、笑いながらケイレブはアッシュをたしなめる。
確かに、ケイレブの言っていることは正論だった。
いくら実力や自信があったとしても、焦り過ぎてしまえば冷静さを失うことに繋がるだろう。それはアッシュがこれから行う『仕事』にも言える、とても重要なことであった。
「……すみません」
「まあまあ、いいってことよ。それにしても、やっぱり若いモンは元気があって羨ましいねぇ。だが、気をつけねえと、お前さんみたいな坊主はすぐに狩られちまうぞ? 俺のようなごろつき共にとって、半人前は格好の獲物なんだからよぉ」
そう言って、ケイレブはちらりと路地裏に視線を移す。
そこには身ぐるみをはがされた後なのか、全身痣だらけの、生気を失った顔の人物達が壁際に座り込んでいた。
「お前は弱い」と遠回しに言われた気分。
恩人の言葉といえども気に食わなかったアッシュは、「ふっ」と口元に笑みを作ると、対抗してゆっくりと口を開いた。
「心配しなくても、自分の身くらい自分で守れますよ。見くびらないでください。ただ、オレを助けてくれた人物が、物騒なテロリストの首謀者だなんて思いもしませんでしたけどね」
――「テロリストの首謀者」。
目の前にいる人物のことをそう呼んで、アッシュは嘲笑気味に言い返した。
精一杯の皮肉が込められたその言い草に、ケイレブは別段腹を立てる様子もなく、むしろくつくつと喉を鳴らしてアッシュを見つめている。
「物騒なテロリスト、か……。確かにそうかもしれねえが、そんなテロリストにかくまわれているお前も十分物騒な人間じゃあねえのか?」
と、愉快そうな表情を向けて、一呼吸置いてから、
「そうだろ? 『焼死体事件』の犯人様?」
「ええ、そうですね」
ケイレブの言い放った言葉にそう返事をすると、アッシュは自身の頭に巻いてあった日除けの布の端を掴んで一気に剥ぎ取った。
そこにあったものの正体――それは彼が隠し通してきた秘密。血のように赤い、暗い朱色の髪が露わになった。
「けどよ、誰かに姿を見られたんだろ? 幸い性別までは特定されなかったみてえだが。しっかし、人間ってのは愉快な生き物だよなぁ! 俺が流したデマが、あっという間に世間に広がってやがる。今頃はイレイザート中の誰もが『犯人は赤い髪の女』だと思い込んでいるに違いねえ」
「何から何まで、ケイレブさんには本当に感謝していますよ」
アッシュは深く頭を下げ、考える。
どうやら事件を起こしたあの日、最初に男を殺した時に誰かに逃げる姿を目撃されたらしい。
しかし、ケイレブの言う通り、彼が流してくれた偽りの情報のおかげで犯人の特徴までは変えられなかったにしても、性別を偽ることには成功した。
今頃街では警官隊による赤い髪の女を対象とした取り調べが行われていることだろう。
「さぁて、仲間共も街で騒ぎ出している頃合いだ! 俺達も下準備を始めるぞ、アッシュ」
「はい」
ケイレブは笑う。しかし、今見せたのはそれまでのものとは違う。
まるでこれから獲物をいたぶろうとする獣にも似た、残虐さを含んだ笑みだった。
そんなケイレブを見て、自分もテロリストの一員として、もう後戻りは出来ないとアッシュは覚悟する。
今まで犯してきた罪に加え、テロリストの一員となれば、捕まれば重罪。最悪、死罪は免れないかもしれない。
しかし、思い知らせてやるのだ。人間に、この世界に。
差別されてきた者達の怨嗟の声を。能力者として、『力』を持たない無能力者達への報復を『革命』としてこの世界に刻みつけてやるのだ。
「お、いい目をしているなぁ、アッシュ。そういう奴は、嫌いじゃねえぜ」
満足げに目を細めるケイレブ。
しかし、アッシュは表情を変えることも、ケイレブに顔を向けることもなく、ただじっと前だけを見つめていた。
(そうだ。思い知らせてやるのだ。オレ達の存在を、能力者の存在を――)
強い眼差し。固い決意。
その日、一人の少年は、世界を相手にする逆賊となった。
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第1章までお読みいただき、誠にありがとうございます!m(_ _)m
まだまだ勉強中の身ではございますが、読者の皆様一人ひとりの存在がとてもありがたく感じております。
次章から、(ようやく)戦闘シーンが始まります。
これからも頑張りますので、どうかよろしくお願い致します(*^^*)
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