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Psychedelic~サイケデリック  作者: 幻想箱庭
第1章 始まりの幕は意図せず上がる
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第9話:怪しい客の接待

「アレンさん、ちょっといいかしら?」


 厨房に戻ってすぐに、出来上がった次の料理を運ぼうと手を伸ばしたところ、同僚のウェイトレスがやって来て、声を掛けた。


(……何だよ、このクソ忙しい時に)


 正直、面倒臭いと思いながらも、アレンはいったん料理を取るのを止めて、呼び止めた相手の方に向き直る。


「はい。何でしょうか?」

「……あの、ちょっとね……」

「?」


 さっさと用件を話せよと軽い苛立ちを覚えたが、同時に、ただならぬ雰囲気で言葉を濁したウェイトレスの反応を見て、何があったのか気になったアレンは取りあえず話だけでも聞いてみるかとそのまま待つことにした。


「ただいまぁ~……」


 ちょうどその時、厨房の外から料理を届けに行っていたと思われる別のウェイトレスが、何やら疲れきった顔でこちらに向かって歩み寄ってくるのが見えた。


「あ、いいところに帰ってきた。その、……どうだった?」


 すると、アレンに話し掛けてきたウェイトレスが、先程自身がしようとしていた話を中断して、帰ってきたばかりの同僚に声を掛ける。

 しかし、どこか様子がおかしい。

 その表情は躊躇(とまど)いや困惑といった類の感情を宿し、会話の仕方もまるで彼女から何かを聞き出そうとしているかのように思えた。


「……うん。今度はアッサムを、茶葉とお湯、それと熱湯で温めたポットとカップを別々に、って注文された」

(はぁっ?!)

「またぁ?! ついさっき、ニルギリとダージリンを注文されたばっかりでしょ?」

「何だそりゃ」

「えっ?」

「あ、いえ。何でもありません」

(おっと、素に戻っちまったじゃねえかよ)


 思わず本来の口調が出てしまったアレンだが、幸いなことに誰にも気づかれずに済んだようで、適当にその場を言い繕って、話の続きを聞くことにした。


「……うん、それでね……」


 言いづらそうに自身の身に起きた出来事を説明するウェイトレス。

 二人の証言をまとめると、店内に怪しい恰好をした男性客が一人、先程から紅茶(の茶葉とお湯と、温めたポットとカップ)しか注文をしないという。


 何故飲食店に来て、いれたての紅茶ではなく茶葉とお湯を別々に頼むのか、大体怪しい恰好の奴なんかを店に入れるなよと思いながら、アレンはその接客をしていた同僚に「大変でしたね」とだけ伝えて、再び本来の仕事に取り掛かろうとした。


「ねえ、アレンさん。それでね、さっきの話の続きなんだけれども、アレンさんにそのお客様の対応をしに行ってきてほしいの」

「……は?」


 唐突に告げられた用件に、アレンは呆けた声を出して、その場に立ち止まってしまった。


「ええっと、……どういうことでしょうか?」


 頼まれた内容がいまいち理解出来なかったのか、頼んだ側であるウェイトレスにもう一度聞き返す。


「ほら、ついさっき、そのお客様から注文があったでしょ? そのお客様に紅茶を運んでほしいの」

「どうして私なんですか?」

「ほら、アレンさんなら何とかその場をやりのけそうじゃない! 旅をしてきた経験を活かしてさ!」

(うっわ、何だその理屈!)

「お願い! 一回だけ! 一回だけでいいから!」


 ついに接客をしていたウェイトレスにまで、手を合わせて頭を下げられてしまった。

 面倒事に巻き込まれるのは御免だが、仕事を放棄したらそれこそ本当にクビにされてしまう。

 そう思ったアレンは仕方なくその客の相手をしに行くことにした。


「……はぁ、分かりました。私がそのお客様の対応をしに行きます」

「本当!? ありがとう! アレンさん!」

「それで、そのお客様はどこに座っているのですか?」


 アレンの言葉に、二人のウェイトレスは表情を曇らせて、顔を見合わせた。


「うーん……。三番テーブルに座っているんだけれども、とにかく怪しい恰好をした人だから、多分すぐに分かると思うよ……」


 その言葉を最後に、アレンは仕事に戻り、お湯を沸かす作業に取り掛かった。


(はぁ~。何か、めんどくせえことになったなぁ)


 熱湯をポットに注ぎ、一人深いため息をつく。

 思えば、今日はやけに嫌なことが立て続けに起きている。

 バイトを遅刻し、ルチエラに叱責され、給料も貰えず、仕事終わりにジンに呆れられる。

 挙句の果てには、怪しい客の対応をしろと同僚にせがまれる始末。これを厄日と言わずに何と言うのだろうか。


 そんなことを考えながら、盆の上に温めたポットとティーカップ、そしてお湯を入れた別のポットと小皿に盛った茶葉を乗せて、再び店内へと入っていった。


(えー……と、三番テーブルだっけか? 三番、三番……あ?)


 ウェイトレスやテーブルの横を通り抜け、目的の場所に向かっていたアレンは、客席の間から見えた光景に足を止め、硬直した。


 確かにその席には若い男が座っていた。テーブルの上にはポットとティーカップ、そして別のポットから注いだ紅茶を口元に運び、優雅に飲んでいる。

 だが、そんなことなどどうでもいい。問題は――。


(何だこの客!)


 飲食店であるにも関わらず、男が身に纏っていたのは、医者や研究員が着ているような裾の長い真っ白な白衣だった。

 変というか浮いているというか、確かに怪しいと言えば怪しい恰好である。


 すると、注文の品を運びに来たアレンを察知したのか、男はニッコリと微笑むと、飲み干したティーカップをテーブルの上に置いて、手を上げて居場所を知らせる。


「……お待たせ致しました。こちら、……アッサムでございます」


 「アッサムでございます」と「アッサムの茶葉でございます」、どちらで言った方が正しいのか微妙だったアレンは、一瞬言葉に詰まってから最終的に前者を選ぶことにした。


「ああ、わざわざありがとうございます。少々待ってもらえますか」


 男は微笑みながらそう言うと、品物を置いてすぐに立ち去ろうとしていたアレンをその場に引き留めさせた。

 そして丁寧な動作で紅茶をいれ始めてから暫くし、ようやく出来上がったものを数口ほど飲む。


「そうですねぇ……」


 と、間を空けてから、


「……この香りと味は、オーファル産の物ですか? でしたら、この紅茶は一杯に対して茶葉を二グラム入れた方が美味しいですよ。それと先程のカルナ産とフェルツ産の物でしたら、一杯に対して両方とも二・五グラム。事前に温めたポットに入れて、沸騰したお湯を一気に注いでください。その後、すぐに蓋をして蒸らすこともお忘れなく。あとは濃さが均一になるように回し注ぎをして、『ベストドロップ』と呼ばれる最後の一滴までカップに注いでください。そうしてもらえれば、より一層美味しく紅茶をいただけますよ」

(説明なげえよ!)


 こめかみを痙攣させながら、アレンはニッコリと作り笑いを浮かべると、突っ込みを入れたくなる衝動を抑えて男の話をじっと聞いていた。


「あの~……、お客様は随分と紅茶にお詳しいのですね。何か、そういったご職業にお就きになられているのでしょうか?」

「いいえ、(わたくし)は医師ですよ?」

(帰りてぇ……)


 先程厨房で出会ったウェイトレスが疲れた顔で帰ってきた理由が今になって分かったと、アレンは後悔し始める。

 恐らく似たようなことをこの男(以降、紅茶男)に言われたのだろう。

 あの時対応していたウェイトレスでなくても、誰だって疲れてくる。やはり断るべきだったと胸中で呟いた。


「もしよろしければ、いつか紅茶をご馳走しますよ? お嬢さん」

「いえ、結構です」


 紅茶男の誘いを即答で断るアレン。

 とにかく、何かと理由をつけて一秒でも早くこの場から離れようと懸命に思考を働かせる。


(……?)


 と、ここでアレンの脳裏にある疑問がよぎった。

 何故、この紅茶男は()()()()()()()()()()()()()()()()


 今日働いてきて、ありとあらゆる客達が自分に嫌悪と怯え、あるいは一種の気持ち悪さといった感情を向けてきた。

 しかし、目の前にいる紅茶男の顔からはそれらが一切うかがえない。むしろ先程からずっと微笑んだままである。


「……どうかしましたか?」


 紅茶男が話し掛けてくる。どうやら顔を観察していたのが気づかれたようだ。

 それでもなお、彼は微笑みながらティーカップに新しい紅茶を注ぎ足していた。


「いえ、何も」


 変な誤解を生み出されるのは御免だ。

 そう判断したアレンはなるべく短く返答して、さっさと厨房に戻ろうとした。

 ――その時だ。


 突然、荒々しく店の扉が開けられ、外から長布で顔面を隠した武装集団が店内に押し入ってきた。

そのうちの一人が手にした銃を天井に乱射する。


「全員、動くなっ!!」


 彼らの行為に、あちこちで悲鳴が上がり、どよめきが起こる。

そんな周囲の反応などお構いなしに、戦闘員達は客達を次々と制圧していく。


 ほどなくして、完全に彼らの手中に落とされると、それまであったどよめきは重苦しい沈黙へと変わり、不穏な空気が店全体を包み込んでいった。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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[良い点] えぇっ!?いきなり武装集団が突入してきた!? ご、強盗っ!?(;゜Д゜)
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