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第十一話 傷痕

「78、56、82……スタイルはまあこの先も成長の余地ありと言う所ですか」


 イーリスが資料とソルヤの体を見比べながらニヤニヤ笑う。


「スリーサイズも消して!後体重も!」


「セクハラ親父かお前は」


「ちなみにワタクシの最新のスリーサイズは88、59、85です。以前にお前に裸を晒した時よりだいぶ成長していますので侮りませぬように」


「そもそもあれから何年経ったと思っているんだ」


 いらぬ報告をして来たイーリスに私は冷たく返した。


「え?裸?」


 ソルヤが食い付いてくる。


「傷を縫っただけだ」


「木綿糸と縫い針でね!消毒はテキーラでね!おかげで一生残る傷痕が出来ましたわ!」


「あの場で俺が手当てしなけりゃ死んでたんだから文句を言うな」


「しかも裸にひん剥いた後で暴れないようにロープで縛られたのですよ。あの時はさすがのワタクシもあのまま犯されて死ぬのかと怯えましたわ」


「そんなタマじゃあるまいよ、お前は」


 実際の所、私と初めて出会った時のイーリスは血まみれで息も絶え絶えの姿だったが、それでも目の前の私に対する恐怖も媚びも一切その表情には無かった。助けて、と言う事すらなかったのだ。


 ただ、自分の意思と力だけで生き延びようとする半ば狂気じみた意志の強さ。イーリスの表情から感じたそれに興味を抱き、私はあの時彼女を助ける事にしたのかもしれない。


「見て下さいますか、この傷跡。乙女の柔肌にこんな傷痕残してくれやがって!責任取りやがれですわ!」


 イーリスがパジャマをめくると自分の腹を私とソルヤに見せた。

 当時私がいささか乱暴に塗った傷痕がくっきり残っている。白い肌との対比で余計に異質な物としてその傷が際立った。


「うわあ……」


「今時消そうと思えば消せない傷痕でも無いだろうに」


「そう言う問題じゃありませんの!」


 実際の所、私が出会った時のイーリスはもっと大小様々な傷痕があった。それらのほとんどは金を掛けて綺麗に消したのに、私が縫った傷だけいつまでも残しているのは、自分を殺し掛けた相手に対する恨みを忘れないためだろうか。

 メキシコでは珍しい日本刀を使う殺し屋だったが、結局その先私が直接ぶつかる事は無かった。


「二人とも、何だか壮絶な人生を送って来たんだね、今まで」


「ワタクシは生まれのせいで過酷な運命に巻き込まれましたが、キザキの方はだいたい自業自得ですわ」


「否定は出来んな、それは」


 八年前、私は少し荒れているだけのどこにでもいるような高校生だった。多少の悪事はやったが、それでもあのままなら、今頃平凡な仕事に就き、平凡な家庭を持っていただろう。


 それが今のように人を殺す事を生業にし、それを続けているのは、ほとんど私自身の選択のせいだ。


 そのまま、また過去を思い出しそうになり、私は黙ってジンをもう一杯グラスに注ぐと呷った。これでは眠っても、また同じ夢を見そうだ。


「もう午前二時過ぎですね。明日は出掛けるのは昼からにしましょうか」


 イーリスがノートパソコンを閉じた。


「出掛ける?どこにだ?」


「はあ?何言ってるんですの。明日もソルヤを連れて三人で遊びに行くに決まっているでしょう」


「おい」


「階段でジェラートを食べ歩きさせたり、ベスパの二人乗りをしたり、真実の口に手を突っ込んで驚かせたりしないと……」


「少なくともこの国に真実の口は無い」


 ソルヤが笑い始めた。


「ここで辛気臭く敵が仕掛けてくるまでずっと引き籠っているよりはいいと思いますけどね、あちこち羽を伸ばした方が」


 イーリスの言う事の裏を一瞬考えた。また何か企んでいるのか。

 笑い終えたソルヤが期待に満ちた目をこちらに向けているのに気付き、私はそんな風に考えた自分を少し恥じた。


 父親を殺され、国を追われ、今は祖国の人間から追われている少女に対するイーリスなりの気遣い。ここは素直にそう解釈すべき、なのだろう。


「どこに行くかは明日までに二人で決めておいてくれ。俺にその辺を任されても困る」


 私がそう言うと、ソルヤとイーリスの二人は顔を見合わせハイタッチをした。

 若い女と言うのは、気が合う時は驚くほど早く打ち解ける。それは知っていた。


 その様子を見ながらジンの瓶をまた傾けようとする。その手を、ソルヤが抑えた。


「明日は車を運転してもらうんだから、あまり深酒はダメだよ」


「参ったな。分かったよ」


 本当は心配されている。そう気付き、私は素直に応じた。


「お前達も早く寝ろよ」


 そう言い残すと私は自分の部屋に戻る。


 ベッドに横になる。リビングから二人が明日どこに行くのか相談している声が聞こえて来たが、あまり気にならなかった。このまま目を瞑ればもう一度眠れそうだ。


 気分は、二人と話す内にだいぶ紛れていた。

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