他者からみた彼の視線の先
「あーあ、せっかく久しぶりにランチを一緒に出来ると思ったのに」
その日の昼休憩の時、残念そうな顔をしながら同僚で推し友のオレリーが食堂から戻って来た。
「アレ?どうしたの?今日のランチは弟さんと食べるんじゃなかったの?」
わたしは王宮近くにあるベーカリーショップのローストビーフサンドを頬張りながら訊いた。
「急に哨戒に出る事になったんだってー」
「あらぁ、残念ね。久しぶりに弟さんの顔を見れるって喜んでいたのに。でも騎士達の休憩時間って不規則だもんね、わたし達と合わせるのは至難の業かも」
わたしがそう言うとオレリーはため息を吐いた。
「そうね。昼は訓練に当番制の哨戒、夜は夜間訓練に当番制の夜番、騎士って結構こき使われてるわよね~。その分給金はめちゃ良いみたいだけど」
オレリーの弟さんもシューターと同じく王宮騎士なのだ。
と言っても弟さんはまだ準騎士だけど。
「弟さんも今は正騎士になる為に頑張ってるんだろうね、積極的に哨戒に出ると上の評価が良いみたいだし」
「それ、婚約者に聞いたの?」
「うん。シューも準騎士の時は自分から進んで哨戒や夜番を引き受けていたから」
「へー、よっぽど早く正騎士になって一人前になりたかったのね」
「一日も早くアレクシア様と肩を並べたかったのかもしれないわね」
わたしが自嘲気味に言うと、オレリーは押し黙った。
わたしは話題を変えた。
「弟さんは正騎士の誓いは誰に立てるのかしら?恋人はいるんだっけ?」
「その時までに出来なかったら、家族に誓いを立てるって言ってたわ……ねぇルリユル、半年前にエラが言ってた騎士の誓いの事なんだけどさ」
オレリーは徐に医務室のわたしのデスクの横に座った。
「なに?」
「ホラ、あの子が司祭見習いの兄貴から聞いたっていうやつ。アレ、あんまり真に受けない方がいいと思う」
「え?どうして?」
「あの子、エラ。どうにも胡散臭いのよね。やたらとルリユルに婚約解消を勧めてくるし、それに見習いとはいえ神に仕える司祭が戒めを破ってペラペラと誓いの内容を漏らすものかしら……?」
「でもそのお兄さまの人柄にもよるんじゃない?
もしかしたら、口が羽のように軽い人なのかも」
「でもエラのお兄さん、悪い評判は聞かないのよね。知り合いに教会で掃除婦をしている人がいるんだけど、その人の話では穏やかで真面目で戒律を重んじる人物らしいのよ」
「そうなの?」
話を聞きながらもローストビーフサンドを食べ終え、布巾で手を拭きながらわたしはオレリーに尋ねた。
「じゃあ、もしかしてオレリーはエラがウソを言ったと思っているの?」
「今は段々とそう思い始めてる。だってあの子、あんたの婚約者の親戚なんでしょう?幼い頃はよく遊んだって言ってたし。憶測だけど、ルリユルとブラック卿の仲を裂きたいんじゃないのかって考えちゃうのよねー……」
わたしは食後のお茶を、オレリーの分も淹れながらふと思った。
「ん?それじゃあシューは別の誓いを立ててた可能性があるって事?」
わたしが訊くと、オレリーは頷いた。
「そうじゃないかなと疑ってる」
「でも確かめようがないわ」
「簡単よ、エラをふん縛って白状させればいいのよ」
「あ、荒事ね」
「人生が懸かってんのよ?そのくらいしなきゃ」
「そ、そうだけど……」
でもやっぱりそれが事実で、更に追い討ちをかけられるのが怖い。
だって、実際にシューターはいつもアレクシア様を目で追ってるし、房飾りの色が何よりもその証だと思うから。
わたしの瞳の色は、ヘイゼルだ。
オレリーにお茶を差し出し、自分も口にする。
いつもならお茶の馥郁とした香りにほっと癒されるのだが、今はそういう心境ではなかった。
考え込みながらお茶を飲むわたしに、オレリーは告げた。
「半年前にあんたと一緒にエラからの話を聞いてから、何の気なしにあんたとブラック卿を観察してたの」
「観察っ?」
「確かにシューター=ブラックはいつも義姉を見つめている。でもね、それと同じくらいにあんたの事も、彼は見ていたわよ?」
「ウソ」
「こんな事ウソ吐いてどーすんのよ。誰かに向けられた視線の先ばかり気して、自分に向けられた視線には気が付かないものなのねー。というか、あんたこの頃目を逸らしてばかりで周りをよく見ていなかったんでしょ」
「…………」
それは図星だ。
つい辿ってしまうシューターの視線の先にアレクシア様を見つけるのが辛くて、この頃は何も見ないようにしていた。
オレリーは更に話を続けた。
「ブラック卿は義姉をよく見ているけど、それもここ半年くらいの事だと思う」
「どういう事?」
「ウチの弟って、ブラック卿と同じ班じゃない?その弟が気付くくらいには義姉を目で追ってるのは認めるわ。でもそれは確かにここ半年間の話らしいのよ。つまりは、半年前がターニングポイントだって事。何かが半年前に起きたのよ」
「……半年前に愛してる事に気付いたのかもよ?」
わたしがボソリと言うと、オレリーは肩を竦めた。
「拗らせてるわねー、まぁ確かにその可能性もあるけどね」
「やっぱり……」
オレリーはわたしの肩をぽんと叩いた。
「とにかく、あんた達は一度よぉぉく話し合った方がいいと思うわ。誓いの内容がウソだったのかどうかも、それでわかると思うし」
「シューが何を誓ったのか教えてくれると思う?」
「多分。疾しい事がないなら」
「うっ……やっぱり怖いっ……」
わたしはデスクに突っ伏す。
「何言ってんの!女は度胸でしょ!」
「……無理……」
「“無理”は推しが尊すぎてヤバい時だけでしょ!
よし、じゃあ今夜は推し事に行こう!勇敢なバックス様を推し頂いて、パワーを貰いなさい!」
(※推し頂く…推しの肉を食べさせて頂く事。うしオトコ公認のファン用語)
「350グラムに挑戦しようかな……」
「よっしゃ!それでこそルリユルだわ!」
思いがけないオレリーの発言に戸惑いながらも、じゅうじゅうと鉄板の上で焼かれる肉を想像すると気分が落ち着いてくる。
精神統一にはやはり肉、肉に限る。
そしてその日の業務を終えて、オレリーと行きつけのステーキハウスへと行った。
オレリーはイコリス牛のサーロイン、
わたしは今日はヒレ肉の350グラムのステーキに舌鼓を打った。
しかしさすがに350は多かったようだ。
ヒレ肉だから胸やけ等はないが、
お腹がはちきれそうで苦しい。
「うっ……どうしよう食べ過ぎた……
お、推しの供給過多……」
まるで妊婦さんのようにお腹を突き出しながら歩くわたしに、オレリーが呆れて言った。
「いくらルリユルでも350は多過ぎたか……でも完食したのが天晴れね」
「推しをお残しするなんてとんでもない話だわ、たとえ後でのたうち回ったとしても全部食すわ!」
「ウシりみが激しすぎ~!」
(※ウシりみが激しい…禿同と同義語。うしオトコ公認のファン用語)
なんていつもの会話をしながらわたしは寮へ、オレリーは実家へ向かいながら歩いて行く。
分かれ道に差し掛かり、オレリーがわたしに言った。
「ルリユルはさぁ、もう少し自分に自信を持ったらいいと思うよ?」
「自信?」
「そう。あのシューター=ブラックの婚約者である自信。それじゃあまた明日ね~♪」
わたしに課題を言い残し、オレリーは去って行った。
後に残されたわたしは途方に暮れる。
「そんなの無理だわ」
だって、
だってシューターはここ数年で別人の様になった。
体格も顔つきも。
正騎士になって更に精錬した金属のような輝きを放つようになった。
眩しくて眩しくて、婚約者だからといって彼の隣にわたしなんかが居て良いものかと不安になる。
自信なんか、とてもじゃないけど持てる筈もない。
考え事をしながら歩いていた所為か、前方から歩いて来た男と肩がぶつかった。
「きゃっ」
結構な強さでぶつかって、わたしは思わず弾き飛ばされて尻餅をつく。
「痛えなっ!どこ見て歩いてんだよっ!」
ぶつかった男が口角泡を飛ばしながらわたしに怒鳴った。
なんだかその言い方が癇に障ってわたしは言い返した。
「ごめんさい。でも前方が不注意だったのは貴方も同じでは?」
「なんだと?……へぇ、よく見たら可愛いじゃん。まぁいいよ、一杯付き合ってくれたら水に流してやる」
「別に水に流してなんか要りませんから」
「この女、気が強ぇな。いいからこっち来いっ」
男が無理やりわたしの腕を掴んで何処かへ引っ張って行こうとした。
が、次の瞬間には男は腕を捻り上げらてそのまま突き飛ばされる。
残念ながらそれをやったのはわたしではない。
それをやってわたしを救ってくれたのは……
「アレクシア様……」
アレクシア様がわたしと男の間に立ち、鋭い目つきで男を睨み付けていた。
作者のひとり言
以前、近況報告のところでお知らせした作者のTwitterで、このところ過去作の超短い番外編を書いてます☆
今朝呟いたのは、
フォローして下さっている読者様、お二方からのリクエストで、
『もう離婚してください!」のなろう版ラストのアフターストーリーです。
もし時間潰しをしたい時がありましたら、是非覗いてみてやってくださいませ。