最終話 互いの瞳に映るのは
「シュー、今日って夜番がある日だっけ?」
「いや、今日は早番だから一般的な定時で上がれる。医務室に迎えに行くよ」
「わかった。じゃあ一緒に帰りましょ、市場にも寄っていい?」
「ああ」
聖地巡礼の旅からシューと共に帰国して早7ヶ月……
わたしとシューは既に籍を入れて夫婦となっていた。
あれからシューはわたしの気が変わらないうちに……なんて言って、両家の親を丸め込んで、アレクシア様の挙式の後にさっさと式を挙げてしまったのだ。
結婚式では見習い司祭から卒業したばかりのサバラン司祭が立会人となって下さり、わたし達は神サマとサバラン司祭、そして家族や友人の前で永遠の愛を誓った。
あの事故チューから二度目のキスは、結婚式での誓いの口づけになるとは……
神サマもビックリだわ。
こうして晴れて夫婦となったわたしとシューター。
王宮近くにアパートを借りて、そこから二人で出仕している。
もうお分かりだろう、わたしは結婚後も医療魔術師として働けている。
シューは結婚後も妻に退職を求めない、先鋭的な旦那様の一人だったのだ。
ふふふ……結婚後も充実した推し事を続ける為のお小遣いはこれで大丈夫。
王宮騎士であり正騎士のシューはわりと高給取りなのだが、そちらはやっぱり生活費や子どもや将来の為に貯蓄に回したい。
だからやっぱり、わたしはわたしで医療魔術師として仕事を続けて稼ぎたいのだ。
[うしオトコ]はますます熱い展開になっている。
最新巻では新しいウシメンが登場して、そのキャラがまたなかなかに良いのだ……!
東方牛のアズマ=ビーフ。
黒髪黒目のオリエンタルでエキゾチックな魅力がたまらないと、ウシオトコファンの心を虜にしている。
わたしの中でもバックス様に次ぐ推しに昇格してしまった……。
実際に東方牛のとろけるような肉質の柔らかさに夢中になりそうだ。
サシの入り具合がこれまた……もう!
しかしこの東方牛さん、他のビーフちゃん達に比べてお値段が高い。
コスパのよいバックスちゃんばかりを食べていたわたしにとっては衝撃的なお値段でもある。
だから余計に、わたしも仕事を続けられて本当に良かった。
同期で推し友で親友のオレリーと一緒に働けるのも嬉しいし。
オレリーはわたし達夫婦の恩人だ。
彼女のフォローがなかったら、わたし達はすれ違ったままでダメになっていたかもしれない。
彼女には本当に感謝しているのだ。
我が家のベッドの配置は、オレリーの家の方向に足が向かない様にされている。
そうそうエラのヤツだけど、
あの子は今、大陸屈指の戒律と規律の厳しさで知られるアウデバート修道院でビシバシ教育をし直されているそうだ。
まずはあの鼻につく、いや耳障りな語尾から矯正されているという……。
あの語尾を不自然に伸ばす喋り方。
それをする度にムチで手をピシャリとされているそうだ。
エラよ、頑張って☆
きっと立派な淑女になれるわよ。
そんな周囲の環境の中で、わたし達は新婚ほやほやの生活を始めている。
家事と仕事の両立は大変だけど、シューが結構家事をしてくれるので助かってる。
騎士の仕事も大変なのに……わたしの肉の欲望の為にゴメン、感謝しております。
ルリユル=ホワイトから
ルリユル=ブラックへ。
「結婚してカラーチェンジね」とオレリーにイジられながらも毎日楽しく働いているというわけだ。
一年ほど前はこんな日が来るなんて想像もしていなかった。
他に想い人のいるシューとこのまま結婚してもいいのだろうかと思い悩んでいた。
別の人をその瞳に映す彼の側に居て、幸せになれるなんて思えなかったから。
でも本当は誰よりもわたしを見てくれていた。
剣術バカめ…と思っていた事は全て、騎士の妻になると豪語したわたしの為だった。
あの時、そんな深く考えずに言った言葉なのに、彼はそれを本気にしてその為に生きてきたのだ。
ちょっと……かなり申し訳ない気もするけど、結果オーライという事で許して貰おう。
「ルリルリ、今日もお疲れ~」
「オレリーもお疲れ。今度家にゴハン食べに来てよ」
「まぁド新婚新婚じゃなくなった頃にね~。今は馬に蹴られたくないもの。あ、でも推牛サマには蹴られたい……!更にはバックス様とギルバート様の推しカプに同時で蹴られたい……!」
「あはは!さすがオレリー、高貴なる貴腐人は言う事が違うわーー」
「ま、そういう事だから、しばらく夫婦でイチャイチャしてなさーい、じゃあね」
イチャイチャって……
わたしはシューとのアレコレを思い出して顔が赤くなりながらオレリーと別れた。
一緒に帰る約束をしていたので騎士団棟までシューを迎えに行く。
彼もそろそろ終わる頃だろう。
夕方の演習直後みたいで、騎士団棟横の演習場には沢山の騎士と彼ら目当ての若い女性達、大勢の姿があった。
女の子達はお目当ての騎士に演習後はタオルを渡したり、飲み物を渡したりと必死に自分アピールをしている。
その人だかりの中の一つ、
先日結婚した事は彼女達も知ってるだろうにそれでもオレリー曰くあわよくば…と狙っている女性達がシューの周りに4~5人いた。
みんな頬を赤らめながらシューの視界に入ろうと巧みにセンターポジションの奪い合いを繰り広げている。
でもね、お生憎さま。
彼の視線の先にいるのは、
彼の瞳にいつも映っているのは、
このわたしなんだな。
シュー達とは少し距離があったにも関わらず、
彼は直ぐにわたしを見つける。
その時にぱっと笑顔になる瞬間が、わたしは大好きなのだ。
もちろん、バックス様よりも、お肉よりも。
「ルリ!」
シューは女の子達を置き去りにしてわたしの元へと駆け寄ってくる。
彼女達が悔しそうにわたしを睨むけど、お門違いよ。
彼はわたしの旦那サマ、一昨日きやがれってんだ。
わたしはそんな嫉妬の視線を無視してシューに言う。
「シュー、迎えに来たわよ。もう上がれるんでしょ?」
「ああ。今日はすんごい腹減った……どこかで食べて帰らないか?」
「やった!じゃあいつものステーキハウス!」
「やっぱりな、いいよ」
「東方牛のシャトーブリアン、食べてもいい?」
「いいよ。じゃあ俺は上サガリステーキにしよっと」
「ああ!そっちも捨てがたいっ……!」
「シェアして食えばいいだろ」
「そうね。夫婦は苦楽を分け合い、そして肉も分け合い、だもんね」
「神聖な夫婦の誓いの言葉にそんなフレーズがあったかな?」
「ふふふ」
なんでもないこんな軽口を言い合える関係が、そして日々が何よりも愛おしい。
そして互いの瞳に、
いつも笑ってる自分が映っているのが最高に幸せだ。
心無い嘘に翻弄された日々もあったけど、
終わりよければ全てヨシ。
これからもわたしはシューと共に……、
シューと推しと肉と共に幸せに生きてゆけるだろう。
あぁ……幸せだなぁ。
わたしは彼の手を握りながら、
鉄板の上でジュウジュウと焼かれるお肉の姿に想いを馳せていた。
お終い
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ショートショートでお届けしました今作もこれにて完結です。
ド短編なのでモヤりは1話集中!と決めて書いたこのお話。
書き終わってみれば、肉に対する情熱の方が熱かったような気が……?
タグにもありますが、
やっぱ肉、肉しか勝たん…ですね☆
今作も沢山の感想をお寄せ下さり、ありがとうございました!
皆さまのほとばしる肉への愛情、しかと受け取りましたよ!!
そしていつも、お読み下さる皆さまにパワーを貰いながら書いております。
何かの作品で後書きに書いた事もありますが、
本当に常々書き手のエンジンは読み手だなと感じております。
書き続けていられるのも読者様のおかげでごさいます。
本当にありがとうございます。
さて、次回作ですが、今、2作考えていてどちらを先に投稿するか悩んでおります……。
モヤり案件モノのおっとりヒロインと、
☆の住人の体当たりヒロイン……どちらを先書こうか迷ってます。
どなたか決めて頂けませんでしょうか?
(*≧∀≦*)タハッ
2~3日中には考えを纏めて投稿出来ると思います。
その時はどうぞよろしくお願いいたします。
最後にもう一度、皆さまにお礼を。
最後までお読みいただき本当にありがとうございました!
キムラましゅろう