四周目の世界
ルーは夢を見た。
それは幼い日の記憶。
風竜人の集落は多くの仲間や家族がいて日々、武の研鑽に励んでいた。
彼らは人界の大きな戦力で、ルーの父は神殺しの団の十剣人で跳躍侯と呼ばれていた。
生粋の戦士の一族――それがルーの血筋だった。
ルーも物心ついたときから鍛えられ、戦いこそがすべてで、戦いしか知らなかった。
モンスターの殺し方、悪魔の殺し方、必要とあれば人の殺し方も習った。
父に連れられて人間の街に行くこともあった。
そのときに同年代の人間の子どもは楽しそうに遊んでいた。
(人間……下等生物……ザコ……。ルーは違う。誇りある風竜人。同等の存在は風竜人だけ……)
生物としての格が違う。
ルーが少しの力を込めれば、人間の子どもはすぐ壊れてしまう。
父からもそう教わった。
母は子どもの強い成長を喜んだ。
兄たちもルーと同じ道を生きている。
正しい。
何もかも正しいとしか思えなかった。
風竜人たちが、すべて正しいのだ。
(風竜人たちは最強で無敵……何者にも負けない存在……)
人界戦力の要である風竜人。
しかし、その後――悪魔たちの襲撃に遭うことになる。
風竜人の集落を襲う複数の悪魔たち。
その中には七大悪魔王も混じっていた。
全体的に風竜人の戦士たちは押され気味だったが、ルーの父である跳躍侯が七大悪魔王と一騎打ちで戦い続けていた。
(ルーの父親が――最強の戦士である跳躍侯が負けるはず無い……)
その通りで、跳躍侯は善戦を続けていた。
勝つのも時間の問題と思われた。
だが、天に届きそうなほどの巨大な〝何か〟が現れて、すべてを蹂躙していった。
ルーが伝令として集落を離れた瞬間の出来事だった。
生き残りはルー一人となった。
それからルーは父親から跳躍侯を継いで、神殺しの団の十剣人となった。
一族の魂を背負う風竜人として。
まだ十歳ながらも高い身体能力や、短距離転移スキル、それと後に得たワールドスキル【創世神の左翼】で現在の地位を築いていった。
戦いしか知らない可哀想な娘――そうゾンネンブルクに言われたこともあった。
ルーはその言葉の意味がわからない。
本当に戦いしか知らないのだから。
そんな中で出会ったのが、少し年上の少年であるミース・ミースリーだった。
以前、父に連れられて街で見た子どもと変わらない。
平和な世界で、両親に愛され、幸せに育ったような笑顔をしていた。
そんな、ルーから見たら〝ザコ〟としか思えないようなミースが、ハインリヒから直接スカウトされたのだという。
うまく説明できないが何か気に入らなかった。
短距離転移で脅かすために、背後に跳んでナイフを寸止めしてやろうとした――のだが、ハインリヒに止められてしまった。
本来ならそれだけのことだったのだが、意外にもミースが振り返るまでの反応が早かった。
迫る死への対処が的確だった。
そのあとも恐怖せず、こちらを観察するような視線を送られていた。
(なんだ、こいつ……自分の死が怖くない? 死に片足突っ込んで生きてきたとでもいうのか……?)
怪訝に思っていると、ミースの自己紹介が始まった。
『俺はルゲン村、モース・ミースリーの息子。ミース・ミースリーです! 誰よりも強くなるために神殺しの団に入りました!』
『ザコが誰よりも強くとは大きくでたなぁ、オイ? どうせ下らねぇ理由だと思うけどさぁ、何で誰よりも強くなりたいんだよ?』
誰よりも強くなるということは、最強の種族である風竜人よりも――という意味だ。
ルーは怒りを覚えた。
思い上がりも甚だしいところだ。
それに対して、ミースは思いのほか真剣に答える。
『もう目の前で仲間を死なせないためです』
その眼は嘘を言っていない。
なぜなら、ルーは自分を鏡で見たような気分になったからだ。
目の前で身近な者の死を見て、何もできなかった自分の表情。
『……あ~前言撤回、下らねぇ理由とか言って悪かったな。だが、テメェがまだザコなのは変わらねぇ。それは覚えておけよ、ザコミース』
『はい!』
少しだけミースに対して興味を持った。
だが、きっと気概だけですぐに行き詰まってしまうだろう。
上には上がいると知り、自分では手の届かない領域があると、意志の風が弱まるときがくるだろう。
ルーがそうだったのだから。
そう思っていた。そう思っていたのに――
『ルーさんに再挑戦を申し込みたいです』
成長の町ツヴォーデンで再会したミースは、格上の存在であるルーに再戦を申し込んできた。
自らの耳を信じられなかった。
少しダンジョンに潜っただけの人間が、どうやって風竜人に勝つというのだろう。
(勝てるわけ無い。馬鹿か……)
そのときの感情は、ガッカリした――そしてミースという人間に興味を持ってしまった自分に怒りを覚えたというのが正しいだろう。
彼は正しく努力して、少しずつでも強くなって、身の程を知りながら一般団員としてやっていく。
そういう正常な判断ができる人間だと思っていたのだ。
それを少し戦えるようになったからと思い上がって、十剣人である跳躍侯に勝負を挑むというのだ。
身の程を教えるつもりで戦ってやることにした。
それなのに――
『……なんで、ルーがここに〝跳んで〟くるってわかったのさ?』
読み負けた。
実戦なら次の手でルーが勝つかもしれないが、ルー最大の特技である短距離転移で読み負けたのだ。
戦う気が起きなくなった。
『ルーさんが本当に何も考えていない人だったら、背後で読み負けしていましたから。それに、竜人さんに本気を出されたら刃すら通らないと思います』
完敗だと思った。
ミースは身の程を知って、敢えて再戦をしてきたのだ。
思い上がっていたのは自分だ。
ルーは自分が情けなくなると同時に、ミースへの興味がますます強くなった。
いつの間にか頬が緩んでしまっていた。
ミースも笑みをこぼす。
『面白かったです』
『ルーもだ』
少しだけ、始まりの英雄と呼ばれた彼に恋をしてしまった気がした。
――そして、その彼はルーを庇って、片角王に掴まれ、頭を食い千切られた。
「あ、あぁぁ……あああああああああああッッ!!!!!」
ルーは自分の叫びで悪夢から目覚めた。