ダンジョン化した本拠地
ルーは何が何だかわからなかった。
考えるより先に、開きっぱなしになっていた防衛の要である〝鉄壁の門〟をくぐり抜けて、急いで十剣人が集結しているはずの耳の大地を目指す。
――しかし、ルーは油断していた。
「……えっ?」
徘徊していたモンスター一匹が、ルーにあり得ない素早さで襲いかかってきたのだ。
外見は2.5メートル程度の人型で、黒く硬い外殻に覆われていた。
頭には角が生えており、口からは鋭利な牙が見えた。
昆虫のように無表情だが、強い殺意を感じる。
その黒いモンスターがルーの腹に裏拳を叩き込んできたのだ。
「がぁッ!?」
ルーは吹き飛ばされて、壁に激突してしまう。
「……痛……い……でも……進まなきゃ……」
吹っ飛んだ側が奥側だったので、そのまま黒いモンスターから逃げるように進む。
そして、しばらくしてから気が付く。
「くっ、結構……黒いモンスターが徘徊してるじゃん……」
少し通路を進んだだけで、次の敵が待ち構えていた。
今は一刻も早く合流したいので、敵の背後に短距離転移してやり過ごすことに決めた。
「ザコモンスターに構ってる暇はないんだからねっ!」
迫ってくる黒いモンスターを挑発するような口調で叫び、すぐにその背後へ短距離転移――そのまま奥を目指そうとしたのだが――
「あ、ぎゃッ!?」
黒いモンスターは、まるで後ろに目が付いているかのように瞬時に反転。
ギザギザの牙が生えている口をガパリと開いて、ルーの左腕を食い千切ったのだ。
「ルーの……ルーの左腕が……」
ルーはフラつきながらも、その場を必死に逃げた。
何とか引き離したのだが、隻腕となったことによって体重のバランスがおかしい。
出血も止まらない。
破いた服で縛って何とか止血の応急処置をするも、このままでは長く持たないと本能が告げている。
「でも……十剣人のみんなと合流さえすれば……」
出血による意識混濁と、食い千切られた腕の激痛で頭がおかしくなりそうだったが、仲間たちの顔を思い浮かべて必死に耐える。
「ぽんたは名前と外見はふざけてるけど、実は倒されても倒されても無敵でとっても強いんだ……」
四月朔日ぽんたが遂行してきたワールドクエストは、非常に過酷なものが多い。
僻地での単独スタンピード制圧という信じられない内容も、無敵の身体を活かしてやり遂げたりもした。
戦う時間さえ気にしなければ十剣人の中で一番手強いだろう。
「残念ブルクはタイマンなら誰にも負けないし……」
好戦伯ゾンネンブルクは強敵が一人の時に真価を発揮する。
そのスキルの詳細は知られていないが、タイマンなら七代悪魔王とも渡り合えるという。
「老練伯は……とにかく卑怯……絶対に敵に回したくない……いひひひ……」
老練伯アルヌールは暗器使いで、その戦略は卑怯の一言だ。
暗殺、人質、買収、勝つためなら何でもする。ゆえに絶対勝つ。
「賢王は……最強の魔法使い……」
賢王ナバラは、この世界に使い手が数人しかいないという〝魔法〟を使える人間だ。
神々の加護を受けており、そこから繰り出される神秘の魔法は、超広範囲を軽々となぎ払うという。
「鋼鉄伯は本体が修理中で……吃音王は戦闘能力が皆無だけど……他の十剣人と一緒なら守ってもらえるはず……」
その黄昏の十剣人が集まる場所に辿り着くためには、黒いモンスターを回避ではなく、倒して行かなければならない。
虚ろな目をしながらも、胸に希望を秘めているルーは隻腕でナイフを握る。
黒いモンスターを倒した。
必死に倒して進んだ。
元々、ルーは十剣人の中でも真っ正面からの戦闘能力は高くない。
異常に強い黒いモンスターを倒すためには、毎回決死で全力を出さなければならない。
短距離転移が通じないなら尚更だ。
それでも風竜人としての戦闘センスがルーをギリギリで生き残らせた。
全身傷だらけになり、血にまみれ、出血多量で青白い顔になっているが、もう数歩進めば十剣人たちがいる部屋だ。
やっと安心できる場所に辿り着ける。
「戦闘の音が聞こえる……誰か戦ってるんだ……やった……あそこに行けば……」
部屋からは金属音がしていた。
ゾンネンブルクのメリケンサックだろうか、それともアルヌールの暗器――
「あ、ああ……そんな……」
部屋の中を見てしまった。
そこには、一方的にやられているレッドエイトが最後の一撃を食らい、上半身と下半身に引き千切られている姿だった。
黒いモンスターが、倒れたレッドエイトの頭部を踏み付ける。
「跳躍侯か。すまない……オレ以外の十剣人は強力なデバフのようなものを受けていて守り切れなかった……。お前だけでも逃げ――」
グシャリとレッドエイトの頭部が足で踏みつぶされ、スクラップとなった。
ルーは背後の気配にふり返り、もうレッドエイトの最期の言葉すら実行できないと知る。
逃げ道を完全に塞がれている。
無表情の黒いモンスターは、手刀でルーの腹部を貫いた。
「ごふッ……」
喉から血液がせり上がってきた。
内臓をやられたのだろう。
ルーは崩れ落ち、血溜まりの中で絶望の表情を見せていた。
「そんな……本拠地にいた十剣人が……そんなことって……」
周囲には十剣人――だった死体が無惨に転がっている。
青歯王、四月朔日ぽんたも死んだ。
好戦伯、ゾンネンブルクも死んだ。
老練伯、アルヌールも死んだ。
賢王、ナバラも死んだ。
吃音王、パイも死んだ。
みんな死んだ。
「ルー以外の十剣人が全員死んだなんて……」
十剣人以外の通常団員たちも首を引き抜かれ、臓物を引きずり出され、四肢を千切られていた。
ルーと話したばかりのシェフも黒いモンスターに食べられている。
今や本拠地の中で生きている人間はいないだろう。
徘徊しているのは黒いモンスターだけだ。
それらが瀕死のルーに群がってきている。
「もう一度やり直せたら……お馬鹿なルーより頭の良い誰かがいれば……そのときは――」
この世界の神殺しの団は消滅した。