跳躍侯ルーは趣味を探す
平和な日常。
それは神殺しの団所属、十剣人――跳躍侯ルーにとっては非日常だった。
「これが人間たち享受する〝普通〟ってやつなのかな~。ルー、よくわかんないや」
成長の町ツヴォーデンのワールドクエストのあと、神殺しの団本拠地に帰還したルーは暇を持て余していた。
「しなきゃいけないことが、な~に~も~な~い~」
しばらくはルーが駆り出されるようなこともなく、別で進行中のワールドクエストはたった一つで、しかもそれは団長と十剣人の計四人が参加しているので何も問題はないだろう。
万が一、達成できなかったときの失敗罰則も〝人界のどこか一部がダンジョン化〟という比較的軽いものだ。
そんなわけで暇を持て余したルーは、本拠地内を意味もなく散歩していた。
「こういうとき、何か趣味でもあればいいんだろうな~」
暇すぎて独り言を言いながら歩いていると、丁度釣り堀がある区画にやってきていた。
ルーは閃いた。
ここにいる趣味人に教えを請おうと。
あわよくば暇つぶしにもなる。
「こんちゃ~! 鉄腕伯いっるぅ~!?」
「……跳躍侯、静かにしろ。魚が驚く」
「ごめ~ん」
釣り堀がある区画は意外と広く、水場があるにもかかわらずそこまで湿気も感じなかった。
外にあるような整えられた釣り堀を、ゴツゴツとした岩肌で覆ったような部屋の雰囲気だ。
水の循環や、魚の補充など、どうやって管理しているのかは謎である。
一番の古参らしい十剣人の老人コンビに聞いても『赤龍の加護だ』ということで片付けられてしまうのだ。
同じドラゴンであるルーは気になる所だが、今は目の前の鉄腕伯――レッドエイトで遊ぶことにした。
「ね~、ね~。釣り教えて~」
「……」
「何で黙ってるのさ、どうせ本体が修理中で暇でしょ~! 早く教えておしえておせーてーおせーてー!」
「無理だと思うが……ほら、使え」
レッドエイトはどこからか釣り竿を取り出して、それをルーに渡してきた。
そして、手際よく折りたたみ式の椅子を組み立て、カタンと置いてくれた。
ルーはそれに座ってから、ニッコリとした表情でお礼を言う。
「サンキュ~!」
「……」
レッドエイトは何も言わず、自らも椅子に座り直し、釣り竿を軽く振って水面へ餌付きの針を投入した。
水面に綺麗な波紋が広がる。
「お~、ルーもやる~!」
釣り針に餌が付いていたので、ルーは見よう見まねで釣り竿を振るも上手く飛ばせない。
「む~……」
すぐ年相応の不機嫌さになり、初級風魔術を操って強引に釣り針を誘導して水面の中へ落とした。
してやった、というドヤ顔で隣を見る。
「……だから、魚が驚く」
レッドエイトは相変わらず無表情のままだが、どうやら強い意志を持って抗議はしたいらしい。
このままだと機械的に数百回は同じ言葉を言われそうだと思い、ルーは静かに釣りをすることにした。
「……が! 釣れず!」
「普段から思っていたが、跳躍侯は静かにできないのか。それにまだ十分しか経っていない」
「十分あれば地平線の彼方まで走っていけちゃうじゃん!」
「それは無理だろ」
「ピョンっていけちゃうも~ん! あ゛~、釣れないとつまらない~……!」
駄々をこね始めたルーに対して、大人であるレッドエイトはあやすように話しかけていく。
「大方、慣れない休日に対して、戦士であるお前は過ごし方を戸惑っているのだろう」
「む~ぅ、そ~ぅ~だ~よ~」
「忠告しておくが、忍耐が必要な釣りは絶望的に相性が悪い」
「え~……じゃあ何を趣味にすればいいのさ~……」
そう言われるとレッドエイトも困ってしまう。
彼も趣味は釣りくらいで、人間や竜種に対しての見識もそこまで深くないからだ。
何かないかと一緒に考えていると、バケツに入れられている釣果が目に入った。
「料理……はどうだ。たぶん、跳躍侯が得意とする素早さやナイフ使いが求められているだろう?」
「それだ! ルー、料理する! このお魚、もらっていっていい?」
「ああ、かまわん」
「ありがと~! 鉄腕伯大好き~!」
「そうか」
レッドエイトは眉一つ動かさず魚入りバケツを渡した。
ルーはそれを持って、厨房へ嬉しそうにピョンと跳躍していくのであった。
「ね~ね~。厨房のここらへん使ってもいい?」
「どうぞ、跳躍侯ルー様。食材、設備など何でもご自由にお使いください。私たちは後方支援ですが、十剣人様たちへの感謝はいつも心に秘めております」
「んぁ~、なんか良く分からないけどサンキュー!」
シェフが深い一礼をしたので、ルーは両手を大きく上げて伸びのような感謝をした。
ルーがやって来たのは本拠地内にある大きな厨房だ。
ここは神殺しの団の胃袋であり、大人数の食事を一手に引き受けている。
調理器具なども進歩していて、直火では無く、金属自体を直接温める謎のコンロなどもある。
その一角を借りることに成功したルーは、さっそく自分のナイフを使って魚を捌くことにした。
「別にルーは丸ごとでも食べられるからなぁ……どうすれば料理になるんだろう?」
風竜人であるルーはドラゴンとしての性質も持っているので、生魚をそのまま食べても問題はない。
ただ、それでは人間たちのいう料理とは違うというのは何となくわかっている。
「ご飯として出てくるのって……たしか切ってあったような気がする……。こうかな?」
バケツの中に入った赤色イワナをまな板の上に載せて、使い慣れたナイフでぶつ切りにしていく。
それをフライパンで黒焦げになるまで焼けば完成だ。
「できた! 人間のメシ!」
通常であれば包丁で内臓を処理して、水で洗ってから塩などで味付けして焼くのがベターだろう。
ルーが産み出してしまったモノは、苦い内臓が詰まったままで、味付けもなく、黒焦げになった物体だ。
普通なら味見をしてヤバさに気付くのだが、料理に慣れていないルーはもちろんしない。
「さっそく、誰かに食べてもらおーっと……。そういえば、この時間は十剣人のみんなが〝耳の大地〟に集まっていることが多いな! 差し入れにいこっと! いひひひひひ!」
耳の大地とは、黄昏の十剣人が集まる会議室のようなものである。
おかしな名前だが、実際に耳が地面から生えていたりはしない。
ルーはさっそく本拠地上部にある耳の大地へと向かった。
「――分析したところ、人間が不快とする内臓がそのまま残っていて、苦みやえぐみなどが検出された。それに加えて食欲を刺激する塩味がゼロだ。オマケに焼きすぎて色味が黒い。オレの釣った魚が炭化している」
十剣人が集まる中、最初に味見をしたレッドエイトが辛辣な言葉を吐いてきた。
ルーとしては難しくて何を言っているのか理解できなかったが、どうやら悪い評価というのはわかった。
「ま、まぁ味には好みがあるって聞くからしょうがないかぁ~! 次! 味見ヨロシク!」
「では、あちきが……!」
次に名乗り出たのは十剣人の一人、青歯王――四月朔日ぽんただ。
一見、タヌキの耳を生やした、ヒラヒラな和装の少女に見える。
しかし、彼女のFランクスキル【仮想身体】によるもので、本体の少女は誰も到達できない影の世界にいるらしい。
歌と踊りによって世界を平和にしたいと喧伝しているが、それを実行できているところは誰も見たことがない。
ちなみにヘンテコなのは格好や行動原理だけではなくて名前もだが、遠い東の国では普通だと自称している。
「もぐもぐ……うっ」
そのぽんたが、一切れ食べたところで手が止まった。
ルーはそれをジッと見詰めて感想を期待している。
ぽんたは目を泳がせたあと、やっとのことで口を開いた。
「この苦みは通好みだね……! 食材の味も活かしている、うん! それにしっかりと火を通していて中にモンスターのような寄生虫が潜んでいてもイチコロだ!」
「褒められてる! ルー褒められてるよね!」
「うんうん、跳躍侯ちゃんは料理が出来て偉いぞ~!」
「いひひひひひ! ルー偉い!」
「小っちゃくて、可愛くて、跳躍侯ちゃんも食べちゃいたいくらいだよ~!」
「キモイけど嬉しい!」
ぽんたは満面の笑みを浮かべ、ルーから見えないところに移動したあとで脂汗を流しながら水をがぶ飲みしていた。
次にルーの標的となったのは老練伯アルヌールと、賢王ナバラだ。
「ヒョヒョヒョ……。ちとワシは腹が一杯でのぅ……」
「妾は……ダイエット中なのじゃ……」
普段はルーに甘い老人コンビも、今度ばかりは身の危険を感じたのだろう。
十剣人の威厳も捨てて目を逸らしている。
「そっか~……それじゃあ残るは――」
「私か」
「残念ブルク!」
「ゾンネンブルクだ」
褐色メイド――好戦伯ゾンネンブルクは磨いていたメリケンサックを置いて、代わりにフォークを手に取った。
そして、期待の眼差しを一身に受けながら一口食べた。
「不味い」
「がーん……シンプルに酷い……」
「すまん、だが嘘は吐けない。不味い」
「追い打ちで酷い……」
ルーを含めて、集まっているはずの六人に評価してもらって、散々な結果になってしまった。
ションボリと肩を落としてしまう。
「あ~あ……みんなに食べてもらったけどダメか~……」
「跳躍侯、今日は珍しくもう一人おるぞい」
「えっ?」
賢王ナバラが指差した先、物陰に隠れている女性が見えた。
正確には隠れ切れていない肩が見えている。
「吃音王パイ・スターゲイジーだ! レアキャラだ!」
「ひっ!?」
それは占い師のローブを着た、銀色のショートカットの猫獣人だった。
ルーの声に驚き、ビクッとして跳びはねてしまっている。
「いつも部屋に引きこもってるのに珍しい~! ねぇねぇ、遊ぼ、お話しよ!」
「あ、あたしのことはお構いなくぅ……人になじめないクソ陰キャなので……」
「ちぇ~。今日は味見もしてもらえると思ったのに~。魚好きそうな名前だし」
「え、ええと……あたしの名前はスターゲイジーパイじゃなくて、パイ・スターゲイジーですからね……」
パイは物陰から半分だけ顔を出して、恐ろしく静かに抗議した。
「でも、吃音王が表に出てきたってことは、何か星見で見えたの~?」
吃音王パイ・スターゲイジーは星見という占いで、未来を視る事ができる。
的中率は100%ではないし、事前に予兆自体もわからないこともあるのだが、それでもワールドクエストの情報戦に関しては神殺しの団の優位を保つために重要な人材なのである。
いつもは極度の人見知りで部屋に閉じこもっているのだが、なぜか今日は外に出てきているのだ。
「と、特に星見では悪いものは視えていません……平和そのものです。あたしが出てきたのは、会いたい人がいるからで……」
「会いたい人? なになに、もしかして好きな人が出来たの~?」
ルーも女の子であり、多少は他人の色恋に興味がある。
ニンマリしながらパイに近付いて行く。
「ひっ、近いぃぃ……」
「おらおら、白状しろ~!」
「ち、違います……。あたしの先生……フェアト先生というのですが、その生徒さんがやってくるというので……。前回、ここに来たときに会いそびれてしまって、今回は勇気を出して部屋の外へ……出てきた所存です……」
「前回、ここに来た? ……もしかして」
ルーの脳裏に一人の少年が浮かんだ。
「ザコミースか!」
「ざ、ザコさんかどうかは知りませんが、ミース・ミースリーさんです……。もうすぐやって来ると、星見で的中率高めに見えたので……待っているんです……」
「そっかそっか! 冒険者学校を飛び級したから、もうすぐ到着するのか~! よし、待ってられないから迎えに行ってくる!!」
「えぇ……!? あ、いなくなった……さすが跳躍侯さん……」
いつの間にかルーはピョンと跳ねて、部屋からいなくなっていた。
ルーは転送で基地の外へ出て、ワクワクの表情でミースがやってこないかと待ちわびる。
「まっだかな~♪ まっだかな~♪ こっちからこれ以上進むと入れ違いになる可能性もあるしな~、どっしよっかな~♪」
待つのもまた楽しい。
そんな気分でいたのだが――ぞわりと悪寒が走った。
「……何だ?」
浮かれていた気持ちが一瞬で凍り付き、強制的に戦士の表情に戻された。
何かぬるい泥の波が、自分の身体を通り過ぎたような異質な感覚。
身体を動かして確かめるが問題はなかった。
「ルーの身体には……異常なしか……」
気のせいならいいのだが、竜の本能が危険を告げているような気がした。
念のために本拠地内部へ転送で移動したのだが――
「……なん……だこりゃ……」
徘徊するモンスター、魔力が流れる異質な壁、充満する悍ましい魔素。
本拠地内部がダンジョンと化していた。
というわけでメッチャクチャお待たせしました……!
かなり前に9万字書き上げていたのに、諸事情により投稿できずにいました。
若干自分でもうろ覚えなところが出てくるような時間が経ってしまったので、感想返信なども的確ではないかもしれませんがお許しください……!
そして、親ガチャ大逆転の書籍版が今月30日に発売されます。
活動報告の方で告知や、キャラクターデザイン(ミースやゼニガー、プラムやレドナがいるぜ)の一週間連続などを行う予定なので要チェックです。
あ、それと新連載を始めたのでそちらもよろしくお願いします!
作者タックのマイページからか、下の方のリンクから飛ぶことができます。