我流〝守の照〟
激しい戦いの最中だが、ミースは成長の町ツヴォーデンに来てからのことを思い出してしまう。
なぜこの町に来たのか?
それは経験を経て【装備成長】のスキルレベルを上げて、レドナを生き返らせるためだ。
ここで様々なことを経験した。
ルインに先生となってもらい、プラムと初めて一緒にダンジョンに潜って自分たちの制服を手に入れたり、オーロフの転売を止めさせたり。
冒険者学校に入学してからも色々あった。
魔術が使えないと言われてプラムを心配させたり、クラスメイトたちと一緒に座学や実技をしたりして交友を深めていった。
そこからゼニガーとプラムも、自分たちの長所を伸ばすために密かに特訓をしていたのを知っている。
実はミースもルインに付き添ってもらいつつ、ワールドスキル【創世神の右手】を使えるようになるために努力をしていた。
ルインが言うには、強すぎるスキルを〝どうやって弱く使うか〟ということらしい。
強制的に攻撃に集中してしまう魔力を、別の方向に散らす。
そのため考えたのが防御に特化した王国剣術を取り入れることだ。
この王国剣術は、型の動きが防御に向いているだけではなく、魔力のバランスも防御型にシフトする。
見よう見まねで一通り型を覚えても的確に使うのは難しく、より実戦的な場所で習熟度を上げなければならないとわかり、王国剣術の使い手であるオーロフと何度も戦った。
模擬戦の時も、ダンジョン対抗戦の時もだ。
そのこともあって、ミースは本当にオーロフへ感謝していた。
この町に来た理由である、経験を経てスキルレベルを――いや、それもあるのだが、違う。
たった一つの答えだけではミースの中の意志が歯切れ悪く、噛み合わないような形になっている。
「貴様の命、我が糧となれ――ミースよ!」
分身して複数の魔槍を突き刺そうとするリュザックを目の当たりにして、走馬灯のようなモノを見ていたミース。
もう少しで答えが出そうだったのに――と残念がってしまう。
「下がって、ミース! ゼニガー!」
ミースはドップラー効果をかけて響く声を聞いた。
それは自らに風魔術をかけて、安全装置無しの大砲のように飛んできたプラムだった。
馬車に衝突されたかのようにゴロゴロと転がりながらミースの前にやってきた。
身体中に擦り傷や打撲のあとが見える。
ミースはそれが痛々しすぎるために一瞬声をかけようとするが、それだけの覚悟を伴った行動だと思い出して後方へ大きく跳んだ。
ゼニガーも同じように下がる。
「なっ、どういうことだというのだ!?」
敵のリュザックさえも、その後衛が突っ込んで来るという奇抜すぎる行動に手が止まっていた。
「こういうことよ、私と一緒に死ねることを光栄に思いなさい……!」
プラムは既にチャージしておいたエレメントワンドを掲げ、自らを中心としたターゲットに詠唱を開始する。
「ゼウ、その響き渡る轟きの渦を私に寄越しなさい――」
『心得た、精霊の女王よ』
「重爆サンダー・トルネード!」
サンダー・トルネード。
それは公には記録されていない範囲上級雷魔術だ。
希有である雷系で、しかも範囲・上級という使い手の限られる魔術。
それに加えて【装備成長】でしか成し得ないチャージスキルもかかっている。
その威力と範囲は、通常の初級魔術の数百倍にも及ぶ。
「ぐぬぉぉおおおお!? 何なのだこれは!?」
広範囲に渦巻く雷が発生して、周囲を眩しくスパークさせている。
通常では見ることのない超暴力的な景色だ。
小さな雷に打たれるだけでも地面の石が弾け飛ぶ。
大きな雷ならば樹木を真っ二つにする程だ。
さらに、それが雷特有の神速でランダムに襲いかかり、広範囲を覆っているのだ。
さながら天空神が支配する神の領域。
雷霆による怒りのようだ。
「がぁぁぁああ!? 魔槍ブレンドゥングでも防げず、回避もできぬだとォ!? もはやこれは魔法の領域……! それを自分中心に放つとは――本当に死ぬ気か!?」
「これだけ水の魔槍で湿気みたいな魔力が多けりゃ、さぞ雷の効果は高くなるでしょうね! 人間舐めんな、ざまぁみろよ!」
「こ、此奴……ダンジョンの外では生き返れぬというのに正気ではない……!?」
「正気だからさぁ……やってんのよーッ!!」
そのプラムとリュザックの鬼気迫るやり取りが聞こえた後、さらにサンダー・トルネードは激しさを増して、中の様子は見えなくなった。
「今、俺がすべきことは……」
「ミースはん……」
外にいるミースとゼニガーの二人がすべきはプラムの心配ではない。
託された思いを繋げることだ。
千切れそうなそれを手繰り寄せるには、同じような覚悟で応えるしかない。
「あとは任せたで、ミースはん」
背中を押してくれる傷だらけのゼニガーの声。
それと同時にサンダー・トルネードの効果が消滅して、槍を落として立ち尽くしているリュザックの姿が見えた。
「二人――いや、三人の思いを預かるよ」
銀の剣+99に埋め込まれているイプシロンの魔石にアクセスをする。
「勝利を創り出せ――【創世神の右手】」
頭の中でカチリとスイッチが入る。
それを攻撃力重視の〝我流の構え〟で力を引き出す。
心臓が早鐘のように鳴り、全身に恐ろしい程の血液を流し込んでいるのを感じる。
そのまま漲る力を両足に込めて、ミースは爆ぜる。
それは瞬間移動のような速度で移動、リュザックに向かって突撃したのだ。
この流れでは前回と同じようにミースは創世神の右手に魔力だけではなく、魂すら削られ、身体に致命的な負荷を受けることになるだろう。
「ミース!! それが毒のゼンメルヴァイツと相打ちになったワールドスキル、【創世神の右手】か!!」
「もう相打ちにはならないさ……。俺がこの町に来た理由は〝強くなるため〟なんだからな……」
リュザックの眼前に迫り、一瞬で構えを変更する。
「これがツヴォーデンで成長した俺の新たな我流の構え――〝守ノ照〟だ!」
「なにッ!?」
魔力の流れが変わった。
今まではたとえるのなら、何人にも制御されない荒れ狂う激流だった。
それが構えを変えた瞬間、波紋一つ無い湖のようになったのだ。
それでいて神々しさすら感じてしまう力。
魔力が魂と混じり合い、神気とも呼ばれる最強のエネルギーが発生した瞬間だった。
「大罪を斬り裂け――新式・九の聖光搦げ邪滅す刃!!」
「ぐぬぅううッッ!!!!」
聖なる輝きが奔り、目にも止まらぬ十字の連撃が煌めく。
魔槍ブレンドゥングの守りを失ったリュザックにそれを防ぐ術は無い。
全身を滅多斬りにされながらも、その誇りから叫び声を堪えようとしていた。
そして――最後の一撃が首を狙う。
「俺の勝ちだ、悪魔公爵リュザック」
「ふはは! 見事だ、さぁ殺せ!」
ミースは首を落とせるはずの一撃をスッと収め、笑顔を見せた。
「これで一勝一敗」
それは三つ首のダンジョンのことを言っていた。
圧倒的な優位だったにもかかわらず、自ら退いたリュザックに対してだ。
「戯れ言を……我は人間の敵である悪魔だぞ……」
「それと同時に、同じ冒険者学校の生徒でもあるからね」
「我との戦いで、貴様は愛するプラムミントを失ったのだぞ!? それこそ……あのときのレドナという者と同じように――」
「あのときとは違う。プラムは生きているよ」
その言葉の通りだというように、倒れていたプラムがゆっくりとだが上体を起こした。
所々焦げてはいるが、どうやら命に別状は無さそうだ。
「な、なぜ……あのような強力な雷を受けたのに……!?」
「プラム本人も忘れていたっぽいけど、制服のダンジョンで手に入れたアクセのおかげかな」
【耐雷のリボン:雷属性に対して耐性を得ることができるリボン】
それはミースから贈られた(ことになっている)プラムのリボンであった。
プラムは贈られたことばかりを喜んでいて、その効果はすっかりと忘れていたのだ。
もちろん、精霊たちが頑張って防御していたのもあるのだが、最後の一押しを防いでくれたのは耐雷のリボンだ。
「それに――リュザックはプラムが飛び込んできたとき、とっさに攻撃を止めてくれていた。もしかして、女の子を攻撃できないんじゃ?」
「あ、悪魔公爵がそのように甘いはずが……なかろう……!」
どうやらその通りのようだ。
恥じて顔を背けるリュザックに対して、ミースは手を貸して身体を起こしてやった。
「さてと……リュザックはこれからどうするの? まだ、悪魔だ人間だとか言って戦いを続けるのなら、幻滅しながら受けるけど……」
「そのようにつまらぬ事はせぬわ。宿敵となった貴様を舐めずに鍛え直したあと、いつか再戦を申し込むとしよう。そのときは互いに全力を出せる環境でな」
「あはは。俺が、というより、俺たち三人で戦ったんだけどね」
「悪魔は身体の出来が違う、それくらいのハンデは当然だということだ」
そういくつか言葉を交わしたあと、リュザックは帰還用の転移レリックを取り出して発動させた。
「此度は心から楽しめたぞ、ミース、ゼニガー、プラムミント。さらばだ!」
悪魔公爵はニヒルな笑みを浮かべながら、満足そうに魔界へ帰っていった。