リライト
成長の町ツヴォーデンにある中央広場。
転移用の巨大なクリスタルが設置されていて普段は人で賑わっているのだが、今はスタンピードが解決したばかりで誰もいない。
そこにいるのはミースたち四人と、悪魔公爵だけだ。
「リュザック……その姿はやっぱり……」
「おやおや、妙に落ち着いていると思ったら、既に気付いていたのか、ミース。我は悪魔公爵、リュザック・DD・レートリヒカイト。七大悪魔王、水のレートリヒカイト――の子である」
七大悪魔王――それはウィルにも付けられていた称号のようなものだ。
リュザックはそれと同格の悪魔の子ということだろう。
「何となく気付いていたよ。以前戦ったとき、そういう気配を感じた」
「なるほど、勘が鋭いようだ。しかし、我がここで待っているのにも驚いていないようだったな。それはなぜだ?」
「あまりにも似ていたんだよ。始まりの町とシチュエーションが……」
ワールドクエストという枠組みの中で、ダンジョンでスタンピードが起きて、そのボスを倒すと聖杯が出現。
そして、外に出ると待ち構える悪魔。
「ふはは……! 我ながら滑稽な演出だったか!」
「わざとそういう風にしたのか?」
「まぁ、ワールドクエストによる偽装や、聖杯、役者。そのようなパズルのピースが揃っていたから組み合わせてみたまで。我自身がスタンピードを起こしたというわけではない」
「似せる目的はなんだ……?」
リュザックは口が裂けそうな程に大きく笑みを見せた。
「なぁに、ちと毒のゼンメルヴァイツと同じようにしてみたくてな……そして、最後だけは同じでは無く――完膚なきまでに貴様らを倒すというリライトをするのだ」
七大悪魔王、毒のゼンメルヴァイツ――すなわちウィル・コンスタギオンと何か因縁があるのだろう。
そのためにミースに同じ行動をさせて、それ以上の勝利を得ようというのだ。
その意図は伝わって来たのだが、ミースは落ち着いた表情で対話を続ける。
「リュザック、あなたがウィルと同じ悪魔とは思えない」
「どういう意味だ?」
なぜか気に障ったような表情を見せるリュザック。
「あまり冒険者学校では話せなかったけど、ウィルのように酷いことはしてないし、戦いのときもルールを守って、会話も通じた」
「ふむ、そういう意味で奴と違うというのか。面白い人間だ」
「……試合で戦うのじゃダメなのか?」
「ダメだな。我が望むのは毒のゼンメルヴァイツがしていたような殺し合い。それも完全な勝利だ」
わかり合える可能性もあると思ったのだが、どうしても譲らないリュザック。
ミースとしては、リュザック本人では無く、背後に何か大きな理由がありそうだと思えた。
「どうしてそこまで……俺とリュザックが争う理由なんて……」
「そうか、ミースはまだ知らぬのか。人間と悪魔、人界と魔界、聖と悪――どちらかが絶滅するまで殺し合うのが世界によって定められているのだ」
「な、なんだよそれは……」
「ふはは! 老人たちの戯れ言かもしれぬが、我は単純で好きだぞ! 強い者が偉いということだ」
リュザックは、話は終わりだと言わんばかりに一振りの武器を出現させた。
「魔槍ブレンドゥング……これは父の物を拝借してきてな。正真正銘、七大悪魔王の武器だ」
ミースも戦いは避けられないと察して、ゼニガーとプラムに目配せをする。
コクリと頷かれ、気持ちは一緒のようだ。
それを確認したあと、オーロフに向かって頼み事をした。
「オーロフ、ルイン先生を呼んできてほしい」
「なっ!? オレだけ仲間外れかよ!?」
「……頼む」
言葉少なく、それでいて真剣すぎる声。
オーロフは〝理由〟に気付いてしまった。
「オレの武勇伝を広めてもらうんだからな……簡単に死ぬんじゃねーぞ……」
オーロフはギリッと歯がみ、数秒後に舌打ちをしてからその場を走り去った。
「ほう、足手まといは逃がしたか」
「……違う。悪魔と戦う覚悟を決めているのは俺たちだけだから、巻き込みたくないだけだ」
「では――その覚悟とやらを見せてもらおうか!」
両者構えようとしたのだが、既にプラム一人だけ魔術を放っていた。
「先手必勝!」
「なに!?」
初級攻撃魔術による連射だった。
男三人はきちんと見合わせてから戦うものだと思っていたのだが、どうやらプラムにとっては関係ないらしい。
油断していたリュザックは直撃を食らう。
――はずだった。
「ちっ、以前と同じように無効化されるわね……」
リュザックの身体に魔術が吸い込まれたのだが、かすり傷一つ無い。
「それなら近接で!」
ミースが前方に飛び込むように斬りつける。
リュザックの胴体を切断したように見えたのだが、その姿は数歩横の位置に移動していた。
「ふん、思い切りが良いのは好きだが、それだけではな……!」
リュザックの手にある魔槍ブレンドゥングが振るわれる。
以前の威力を想定すると、青銅の槍+99すら砕くダメージがやってくるだろう。
攻撃の隙で無防備になっているミースが食らえばひとたまりも無い。
「そうはさせへんでぇ!!」
ゼニガーが盾として庇う。
リュザックはそれを見て嘲笑った。
「また装備を砕かれに来たか、ゼニガーよ」
「前のワイとは一味違うでぇ!」
ゼニガーは青銅の盾+99でガードしていた。
そのままなら砕かれてしまうだろう。
しかし、それと同時に【石になる】で自らを金剛石に変化させて防御力をアップさせた。
間一髪で防御に成功。
「この魔槍ブレンドゥングを弾くか! だが、動けぬのなら――」
リュザックは金剛石になっているゼニガーの横に移動して、再びミースを狙おうとする。
そのような動きになるのも当然。
【石になる】の弱点は誰からでも丸わかりだった。
防御力が上がるメリットのために、固まって動けなくなるという大きなデメリットがあるのだ。
ゼニガーもそれを知っていたために今まで連発できなかったのだ。
そう、今までは――
「【石になる】解除!」
「何だと!?」
ゼニガーは即生身に戻り、一歩動いて再びミースを庇う。
「【石になる】金剛石!!」
二撃目を防がれ、驚きを隠せないリュザックは大きく後ずさった。
ゼニガーはそれをドヤ顔で眺める。
「どうや。ワイは長い間密かに特訓して、ついに【石になる】の効果時間を調節できるようになったんや……!」
「三人の中で貴様が一番弱そうだと侮っていたが……なかなかにやるではないか」
「悪魔に褒められても嬉しないが……まぁ、おおきに!」
互いに距離を取り、いったん見つめ合う形になった。
一見すると対等な勝負になったように思えるのだが、実際のところは違うとミースたちは気付いていた。
「さて、ワイが防げるのはええんやけど……決め手にかけるか」
「うん……攻撃しても手応えが無い。当たりさえすれば俺が何とかできなくもないんだけど……」
現状、仕掛けはわからないがリュザックは無敵である。
様々な手段を試し続ければ何とかなるのかもしれないが、いくらゼニガーでも永遠に盾をし続けられるわけでもない。
リュザックは三つ首のダンジョンでもミース並みに疲れ知らずだったため、長引けばゼニガーとプラムが付いてこられなくなる。
早急に勝負を決めなければ、待ち構えるのは死だけだ。
「ミース、ゼニガー。ちょっと試したいことがあるの」
「……プラム?」
「私が合図をしたら、全力で離れて。私のことは構わずに」
「ちょっ、無茶や! ワイまで離れたら誰が守――」
「これ、あのときの再現なんでしょ。だったら、何も出来ずに震えて見ていただけの情けない領主令嬢が……今度はサイコーにカッコイイ精霊の女王として活躍してもいいじゃない?」
その言葉にミースとゼニガーは驚きながらも、悔しい気持ちは理解ができた。
それと、悪魔との戦いで死んでしまったレドナを見ているので、危険なのは百も承知だろう。
プラムの紫色の眼には、それだけの覚悟が込められていた。
この頑固者はテコでも動かないだろう。
男二人は諦めるしかないと悟った。
「それじゃあ、タイミングはプラムに任せるよ」
「しゃーない、ワイは盾になり続けるだけや」
「よろしい、男子諸君! それじゃあ、ゼウスクラスPT……リベンジ行くわよ!!」