クズの騎士とお姫様
――時は少し戻り、最終第三層目を先行していたプラムとオーロフのPT。
モンスターが自分たちを無視して外へ向かっていくのを見て、ミースから話を聞いていたプラムは気が付いた。
「まずいわ……これってスタンピードってやつよ……」
「す、スタンピード!? マジかよ!? ど、どうする!? 逃げた方が……」
「……逃げても無駄よ」
プラムは始まりの町での光景を思い出していた。
モンスターによって蹂躙される町、逃げ惑う人々、その中で収束の希望を持てずに命がけで防衛する冒険者たち。
もし、プラムたちが上手く試練のダンジョンから脱出することができても、たぶんそこに残っているのは防衛しきれずに滅んだ世界だけだろう。
「じゃ、じゃあ……どうすれば!?」
「スタンピードの解決方法はボスを倒すこと――つまり、進むべきよ」
それを聞いたオーロフは血の気が引いた。
ただでさえ、PTバランスが悪くて死ぬ思いで三層目までやってきたのだ。
この先に待ち受けるボス、しかもスタンピードで凶暴になっているのに、それをたった二人で倒そうというのだ。
「無茶だぜ!? 死んじまう! しかも、スタンピードのダンジョンなんかで蘇生が来るのは何ヶ月……下手したら何年後になるか……」
「意気地無し。失われた命は戻らないのよ……!」
プラムは死にゆくレドナの笑顔を思い出していた。
自分が一番苦しいはずなのに、まだ生きている人のことを考えての笑顔だったのだろう。
それがプラムの経験したリアルな〝死〟だ。
あんなものを、戦う覚悟すらない無辜の民たちに経験させてはならない。
それにスタンピードとなったら、戦えるミースも外で防衛を任されてしまうだろう。
一刻も早く収束させたい。
「私たちがボスを倒すしかないわ」
「……本気でやろうってんだな?」
「ええ、そうよ。もしかして貴族のお坊ちゃんはチビっちゃった?」
「はっ、お貴族っぷりでいえば、領主令嬢プラムミント・アインツェルネ様の方だろう!」
皮肉を言うオーロフは、先ほどまでとは違って何か吹っ切れたようだ。
それは彼の中にある、密かな恋心のおかげかもしれない。
(すっげぇ怖い。けど、見栄くらい張らねーとやってられねーぜ……ったく……)
そんな事とはつゆ知らず、先頭を走るプラムは向かってくるモンスターをうまく回避しながら、すでに近くにあったボス部屋へと到着した。
「それじゃあ、世界を救いに行くわよ」
「大仰な言い方だけど、嫌いじゃねぇぜ……!」
大きな扉を開けた。
そして、思い出した。
ボスもスタンピード中は異常行動を取るということに。
幸いな事に開けた瞬間襲われるということはなかった。
「……なっ、何なのよこれ……」
凄惨な光景が広がっていた。
まず、鼻についたのは湿り気のある臭気だ。
それが血の臭いだと気が付く。
足元がビチャビチャに赤く濡れている。
散乱しているのはバラバラになったモンスターたちのパーツだ。
「お、奥にいるアレが――試練のダンジョンのボス〝ゲームチェンジャー〟か?」
吐き気を抑えながらオーロフが奥を指差す。
そこにいたのは、3メートルサイズの門のフレームに、頭と手足を取り付けたような不格好なボスだ。
子どもが思い付きで作った空き箱のオモチャのようにも見える。
それは屈むような形で、何かを細長い手でいじくっていた。
「な、何をやってんだ……アレ……」
「……あまり見ない方がいいかも」
プラムだけは気が付いていた。
何かを握っている手から赤い水滴と、鮮やかなピンク色の細長いモノがぶら下がっていたからだ。
「お、おいおい……アイツ、同族を食ってるのかよ……」
ゲームチェンジャーがしていたのは捕食である。
このダンジョンの仲間とも言えるモンスターを捕まえ、殺し、引き千切り、喰らっているのだ。
「まぁいいわ、倒すわよ!」
「ちょ、本当に待てよ!?」
どうしてそうなっているかという理由はわからないが、オーロフはゾッとした。
倒されたら霧散するはずのモンスターが、なぜか死体のままで残っているのだ。
プラムは多くの死を経験しすぎたために恐怖が吹き飛んでいて疑問にすら思わなかったのだが、逆に臆病風に吹かれたオーロフは気になるのだ。
もし――オレたちがコイツに殺されたらどうなってしまうのか? ということに。
『オ……オォォォ……』
うめき声のようなモノを上げながら振り返ったゲームチェンジャーの腹には、モンスターの死骸が磔にされていた。
オーロフは想像してしまう。
殺されて磔にされる自分の死体を。
「ひぃぃぃい!?」
「こ、怖いなら私が前に行くわよ! 魔力防御を使えば一人だって……!」
立ちすくんでしまうオーロフを横切って、前衛の位置に立つプラム。
初級攻撃魔術を連射するも、あまりダメージを与えられていないようだ。
「ちっ、かといって杖を酷使する強い魔術は使えない……! でも、どうにかしなきゃ……私が町を……ミースを守らなきゃ!!」
加えて、ゲームチェンジャーの攻撃を魔力防御で必死に防いでいるために、魔力をうまく攻撃に回せないようだ。
なぶられ、ふらつき、口の中が切れて血が垂れてきている。
それでもプラムは、鮮血に染まる唇をグイッと拭いながら前衛に立つ。
オーロフは震えがまだ止まらない。
(こんな情けなく震えて何もできないのは……子どもの頃に騎士の基本を教え込まれ、ボコボコにされたとき以来か……。いや、もっと情けないときは色々とあったな……ハハハ……)
オーロフの家は由緒正しい家柄で、代々が騎士になるのが当然だった。
しかし、騎士というのはいきなりなれるものではない。
国によっても違うが、一般的には小姓→従騎士→騎士というのを十年近くかけてやらなければならない。
それなりに自分が優秀だと思っていたオーロフだったが、小姓のときに厳しい訓練でくじけ、周囲にはもっと優秀な人間が当たり前にいるとわからされたのだ。
それを心の底で理解したくないオーロフは、同じように武の勲功を立てられる冒険者の道を選択した。
オレの本当の才能はこちらなのだろう――と。
SRスキル【パリィ】というかなり良いガチャを引き、周囲も家柄でチヤホヤしてくれた。
そんなとき――プラムと出会った。
出会ったというのは語弊があるかもしれない……一方的に見かけて、その容姿に見惚れてしまったのだ。
領主令嬢という家柄もピッタリで、チャンスがあれば手に入れようと思っていたのだが、すでに婚約していると知って諦めた。
(それをあのクソミースがプラムミントを救い……あまつさえ好かれているじゃねぇか……)
ミースのことを気に食わない平民だと思っていたが、さらに気に食わなくなった。
冒険者学校で一緒になってからも何かとちょっかいを出していたが、ミースはケロリとしていた。
それだけではなく、何度もイカサマや罵倒などの汚い手段を行ったオーロフに感謝までしていたのだ。
イライラが止まらなかった。
(たしかにオレは優秀じゃねぇし、ヤケになって汚ェこともするし、お綺麗な心も持ち合わせていねぇよ……。何でもやり遂げちまう英雄とか呼ばれるクソミースには敵わないかもしれねぇよ……だけどよぉ――)
オーロフは自分の顔を拳で殴りつけ、足の震えを止めた。
「テメェの初めて好きになったオンナくらい、守れねぇでどうする! 騎士オーロフ!!」
オーロフは走り出し、殴られていたプラムの前に出た。
それを見て傷だらけのプラムはクスッと笑う。
「オーロフ、騎士だったの?」
「うっせぇ! 冒険者は職業を自由に名乗っていいんだよ! だから、今だけはお前の騎士だ!!」
「ふーん、なかなか格好良いじゃん」
攻撃に集中できるようになったプラムは、ゲームチェンジャーに向かって魔術を連射する。
相変わらず効いたり効かなかったりするようで、何か規則性があるようだ。
「でも、私が好きなのはミースだけよ?」
「知ってんよ! そういう一度決めたら突っ走るところとか、騎士の盾みたいに頑固なところとかにも惚れたんだ! ったくよぉ、失恋くらい気持ちよく乗り越えさせろや!!」
「私が突っ走って頑固……それって悪口じゃない……?」
「うっせえわ! それだったら早くミースの野郎に想いを伝えちまえ!」
「そ、そっちこそ……うっさい! 色々と負い目とか引け目とか無くなったら告白するわよ!」
「オレよりは勝ち目がありそうな片思いじゃねーか!」
だいぶ吹っ切れたらしいオーロフは、敵の攻撃を恐怖せず見極め、見事に【パリィ】を決めて無傷で盾をこなしていた。
「まぁ、一方的ってわかっているのなら、今日だけは守らせてあげるわ」
「クッソ生意気なお姫様だぜ! ハハッ、騎士冥利に尽きる!」
「精霊たちからは女王って言われてるけどね……!」
初級攻撃魔術を、複数の属性で撃ち続けて気が付いた。
どうやら、胴体である〝門〟に磔にされているモンスターの弱点が反映されているようだ。
現在はウォーター・クレイドロンが磔にされている。
つまり――
「おい、姫様! 水属性の相手には土が効きやすい! 授業でやっただろう!」
「丁度、気が付いて撃とうとしていたところよ! 意外と勉強してんじゃない!」
「テメェらに負けてから本気を出し始めたんだよ!」
周囲で浮遊している精霊の内、土の精霊にだけ魔力を集中してアース・アローを連射する。
『ウォォォオオオオ……!!』
ゲームチェンジャーは低い唸り声を上げて、〝門〟を輝かせた。
すると、ウォーター・クレイドロンから、アース・クレイドロンへと磔をチェンジさせた。
「ゲームチェンジャーって名前の通りね! でも、複数属性の魔術を使える私にかかれば……!」
プラムは風の精霊に魔力を注ぎ込み、エアー・アローを連射した。
これも見事弱点となり、ゲームチェンジャーは一方的に押されることになる。
「どんなエレメント・クレイドロンが来ても楽勝よ!」
「へへ……【パリィ】を連続で成功させるのは疲れる。早いとこ勝負を決めちまってくれ……!」
勝利のムードが漂い始めたとき、それは逆転する。
ゲームチェンジャーが再び輝きだし、磔をチェンジさせたのだが――
「えっ、ウソ……でしょ……」
磔となったのはカースドスケルトンだ。
弱点は打撃。
「や、やべぇ……オレは剣しか……斬撃武器しか使えねぇぞ……」
魔術師であるプラムも、実戦で使えるレベルなのは魔術だけだ。
腰に装備しているひのきの棒+99を使おうにも、打撃武器に対する適性がない。
『グゥフフゥゥゥ……』
ゲームチェンジャーが心なしか嘲笑った気がした。
勝機を失い、絶望の表情を見せる二人に近付いてくる。
足元のモンスターの死骸を必要以上に踏み潰しながら。
それが未来のお前たちだと言わんばかりだ。
オーロフは想像する。
自らが一回限りの騎士にすらなれず、守りたいプラムが殺され、ゲームチェンジャーに磔にされているところを。
それはきっと蝶の標本のように美しく、悲しい構図だろう。
「……へ、へへ……そんなことさせるかよ……死んでも守るぜ……」
「オーロフ、ダメ……無理だわ……」
「うっせぇ! ミースの野郎を嫉妬させるくらいの死に様を飾ってやるぜ!!」
決死の覚悟で挑もうとしたオーロフだったが――
「やっと追いついた!」
聞き覚えのありすぎる声。
疾風のように飛び込んできたミースはゲームチェンジャーを打撃で吹き飛ばし、汗を拭いながら笑顔を向けてきていた。