そしてゴール前
アレスクラスPTとの戦いを終えたミースたちは、最下層である四層目の奥を目指して進んでいた。
敵は一層目で出てきたエレメント・クレイドロンと、二層目の物理特攻のモンスターが組み合わさって出てくるのだが、今のミースたちの敵ではない。
会話をしながら移動をする余裕も出てきている。
「こんなんが毎年行われてるっちゅうのはすごいなぁ。もしかして、ルインはんが在学中もやっとったんやろか?」
「そうらしいよ、ゼニガー。もっとも、飛び級ですぐ卒業しちゃって一回しか参加してないらしいけど」
「ほ~……。ってなんでミースはんが知っとんねん?」
「ルイン先生には【創世神の右手】の調整に付き合ってもらってたんだ。そのときに色々と話した感じ」
「お、ついに【創世神の右手】が使えるようになったん!?」
「いや、まだかな……。どうしても力を抑えないと身体への負担が大きくて……」
そんなミースとゼニガーの他愛のない会話だったが、プラムが怖い表情で視線を投げかけてきていた。
それはセレスティーヌを躊躇なく殺害したときと似た眼光だ。
「……ねぇ、ミース?」
「な、なにかな!?」
「ルイン先生とも仲が良いのかしら?」
そこに含まれている意味はよくわからないが、ミースは返答を誤ると殺されると察していた。
「な、仲は良いんじゃないかな」
「……へぇ?」
しまった、仲が良いと言ったらダメだったのかと即後悔。
反対に舵を切ることにした。
「で、でも、ルイン先生……いつもハインリヒさんの話をして、早く会いたい会いたい言っているから、俺は仲が良いと思われていないかもしれないな! うん!」
「あ、そっか。たしかにルイン先生はハインリヒさん一筋だもんねっ!」
パァッと明るくなるプラムの表情。
どうやら機嫌が戻ってくれたようだ。
高所での綱渡りをし終えたような感覚にホッとする。
ゼニガーだけはそれを犬も食わないような顔で眺めていた。
ミース、ゼニガー、プラムの三人はボス部屋前に到着した。
彼らは移動中思っていても、言わないことがあった。
言ってしまったら本当にそうなってしまうような気がしたからだ。
「待ちくたびれたぞ、ミース」
「……リュザック」
ダークブルーの瞳で見下すような視線を向けてきた男――リュザックただ一人がそこにいた。
オーロフとの戦いで足止めを食らっても後ろから来なかったということは、前にいる可能性が大きいと思っていたが、本当に圧倒的速度で踏破しているとは考えたくもなかったのだ。
「ウソやろ……コイツもイカサマとちゃうんか!? 本領発揮したワイらより早いなんて……」
「たぶんイカサマじゃないわね。それだったらルイン先生が先に言っていると思うから……」
たしかにルインの話では教師を巻き込んだイカサマをしていたというので名前が出たのはオーロフだけだった。
リュザックの後ろには使い魔が見えるので不正はしていないのだろう。
「貴様らが本領発揮しているだと? ふん、笑わせるな。その〝右手〟が本領を発揮すれば途方もない力が得られるだろう」
「……!?」
〝右手〟と言われて、ミースは驚きを隠せなかった。
この力のことをPT以外で知っているのは神殺しの団と――悪魔側だけだ。
「まぁいい。待ってやっていたのだ。闘らせろ」
「リュザック……ゴールせずにいたのは俺と戦うためか?」
「何度も言わせるな……それ以外の何がある。さぁ、我は一人だが、遠慮無く三人でかかってこい」
ミースは躊躇し、左右にいるゼニガーとプラムを見た。
「完全に舐められとるな……やったろうやないか」
「ええ、精霊の女王の力を見せてやるわ……」
どうやら二人はやる気のようだ。
ミースとしては何か嫌な予感がするのだが、ここはダンジョンで蘇生結界もある。
それにリュザックを倒さなければ、勝利条件であるボスに挑むこともできない。
「……やるしかないか」
「さぁ、かかってこい。ミースとその他よ」
その他と言われてカチンときたのか、プラムが即杖を構えた。
「火の精霊、水の精霊、風の精霊、土の精霊、雷の精霊――やりなさい」
『イエス、ユア・マジェスティ!』
五色の初級攻撃魔術が精霊たちから放たれ、それがリュザックに向かって行く。
「ほぉ、カラフルで目を楽しませてくれるな――だが」
リュザックは手を一振りすると、そこには一本の槍が出現していた。
「魔槍ブレンドゥング、この槍の前には何人たりとも無力なり」
「なっ!?」
リュザックを貫いたと思った魔術は、何もない空間を通っただけだった。
ターゲットであったはずのリュザックはその数歩横で悠然と佇んでいる。
「狙いを外した……!?」
「それなら外しようのない近接攻撃や! 行くで、ミースはん!」
「うん!」
ゼニガーが突進して、壁になるのと同時に相手の体勢を崩そうとした。
しかし、青銅の槍+99で足元をなぎ払うも手応えがない。
リュザックがいたはずの場所には何も存在せず、逆にゼニガーが体勢を崩してしまう。
「なっ!?」
瞬間、横に気配を感じたミースは直感を信じて銀の剣+99を振るう。
ギィンという防がれる手応えがあったので、急いで横を向くとリュザックがいた。
「なるほど、センスはあるようだ」
「逃がさない! 〝ホーリークルス〟!」
今まで対人では使う必要がなかったと感じていた攻撃スキルだったが、このリュザック相手に出し惜しみはしていられない。
人間相手に使えば身体を四等分してしまうか、ガードで防がれても吹き飛ばすことができるだろう。
「――といっても、センスだけだな。その程度では我を楽しませることはできない」
リュザックは平然と、魔槍ブレンドゥングで防ぎきった。
その場を一歩も動かずだ。
当然のように、今度はミース側に隙が生じてしまう。
「くっ!?」
迫る魔槍の穂先、急所である首を狙ってきている。
あわや、突き刺さると思ったそのとき――
「間に合え、間に合わせるんや!」
ゼニガーが跳んできて、青銅の槍+99の穂先でギリギリ防いだ。
しかし――
「なっ!?」
「そんな……青銅の槍+99が……」
砕け散った。
【装備成長】スキルで強化されたものは異常な頑強さを得ているはずなのに、リュザックの攻撃によって砕け散ったのだ。
「どいて! 二人とも!!」
叫ぶようなプラムの指示が響く。
ミースとゼニガーはショックを受けつつも、その場をとっさに動いた。
「本気を出すわよ……。ゼウ、その響き渡る轟きの弩を私に寄越しなさい――サンダー・バリスタ!」
「まじかいな!? バリスタって上級魔術の系統やん!?」
属性攻撃魔術は単体系と、範囲系があるのだが、単体系は三種の段階がある。
初級魔術がアロー、中級魔術がランス、上級魔術がバリスタだ。
普段、冒険者学校で教えるのが初級のアロー系統のみ。
これは使用しても、周辺に被害を及ぼさないギリギリの威力というのがある。
それが中級のランスともなると、耐魔術コーティングをした設備でも破壊してしまう恐れがあるのだ。
そして、上級のバリスタともなると、〝対城魔術〟とも呼ばれる貫通力で街に甚大な被害を与えかねない。
このバリスタを対人で使えば、相手は四散して人の形を保ってはいないだろう。
「雷魔術なら到達までの速度が段違いよ! これなら見てから避けられるはずが――」
「ほう、これには少しだけ驚いた。我が故郷でも雷魔術など見たことがなかったぞ」
「……え? 無傷……」
極太の雷光が放たれたはずだった。
だが、リュザックは余裕綽々といった感じで、まるで攻撃を食らっていないかのように立っていた。
胸の所に大穴が空いているように見えたが、揺らぎのようなものが起こって修復されたのだ。
プラムは砕けた練習用の杖を手に、呆然と立ち尽くす。
「伸びしろはありそうだ。――だが、まだ貴様らは本領発揮というものを成してはいない」
ミースたちは圧倒的な差を感じた。
このままでは勝てない。
「……勝つためには、俺がアレを使うしか」
まだ使いこなせない【創世神の右手】以外、リュザックには通じそうになさそうだ。
ミースが覚悟を決めようとしたそのとき――
「なぁ、リュザックはん。一つだけ質問ええか?」
ゼニガーが話術で勝負をしようとしていた。
「つまらぬ質問なら首を落とす」
「あんさんの残り二人のPTメンバーはどこや?」
「……遅かったので置いてきた」
リュザックの圧倒的な雰囲気によって忘れられていたが、これはクラス対抗戦なのだ。
当然、リュザックのヘルメスクラスも三名のはずだ。
しかし、ここに来てからリュザック一人しか見ていない。
「このクラス対抗ダンジョン攻略戦は、PTの強さを確かめるもんや。それを一人だけでくるっちゅーことは……あんさんはある意味負けてへんか?」
「……」
リュザックは眉間にシワを寄せて、ゼニガーを殺すような勢いで睨み付けていた。
(ひぃっ、これはやってもうたか!?)
内心生きた心地がしないゼニガーだが、頑張って表情だけは崩さずにキリッとしていた。
永遠にも感じる数秒が流れ――
「……ふ……ふははははははは!! たしかに! これは一本取られたぞ、槍使い!」
大声で笑い始め、機嫌が良さそうになったリュザック。
「その類い希なるユーモアに免じて、ここは我の負けとしてやろう」
リュザックは魔槍を下げて構えを解いた。
そのまま無防備に背を見せ、ダンジョンの入り口方向へと歩んでいく。
「だが、次に会うときは死ぬまで楽しませてもらおう。それが魔界から来た我の望み、退屈しのぎだ」
「……魔界」
その言葉を残して、リュザックは立ち去った。