プラムの回想
「行くわよ! 行くわよ! 行くわよ!」
「ちょ、プラム!? そんなに走ったらクレイドロンたちに見つかって――」
「あ、あかん……もう遅いみたいやで……」
ミースたち一行は、全力疾走するプラムを先頭に強制的に一層目を移動していた。
普通は一匹ずつエレメント・クレイドロンを倒して行くのだが、プラムが走っているためにモンスターが大量に列車の如く後方から付いてきている。
今ならまだゼニガーが盾をして、ミースが地道に効きにくい物理攻撃をしていけば倒せなくもない。
プラムを止めようと思ったのだが、その前に勝手にピタッと止まって振り向いた。
「さぁ、賢者によるショータイムの時間よ!」
プラムは不必要に着込んでいたマントをバッと脱ぎ捨てた。
「プラム、それは!?」
***
――時は一ヶ月ほど戻り、プラムが初めて異空間である【英雄の教室】の精霊ダンジョンに立ち入ったときのことである。
「ここが精霊のダンジョン……?」
一見、どこにでもある普通のダンジョンにしか見えないのだが、奥に進むと違和感を覚えた。
モンスターはいないのだが、代わりに物陰からコッソリと覗き見てくる小さな物体があった。
「かっ、可愛い!」
丸っこくて、ツルツルとした二頭身程度の下級精霊たちだ。
火の精霊は赤くてユラユラ揺れていて眉をキリッとさせている。
水の精霊は青くておっかなびっくりの表情。
風の精霊は緑でどこか遠い目をしている。
土の精霊はマイペースでどっしり構え無表情。
「よーしよしよし、かわいいでちゅね~」
まるで道ばたで猫を見つけたかのように、プラムはデレデレ顔で下級精霊に向かって行った。
しかし、彼女は精霊たちからどんな印象を持たれているか忘れていたのだ。
下級精霊たちはビクッとしたあとに、各属性の初級魔術を放つ。
それは可愛い外見から放たれてはいいものではなく――
「ぐぇあああッ!?」
きちんと殺傷能力を伴った魔術だった。
プラムは焼かれ、斬り刻まれ、岩石で骨折し、顔面に水が纏わり付き窒息死した。
一度に四種の攻撃を受けるというレアな体験は、痛みよりもショックの方が大きく放心状態で蘇生した。
どうやらこの空間は蘇生結界だけでなく、自動的に生き返るシステムらしい。
見回すと入り口に戻ってきている。
「……これ、もしかして精霊に認められるまでやるの……?」
プラムの過酷な修行の日々がスタートしたのであった。
――二日目。
いきなり下級精霊に近寄ったから攻撃されたのではないかと考えた。
まず関係性の構築は礼儀正しい挨拶からだ。
「初めまして。私の名前はプラムミント・アインツぇぇえええ待って待ってまだ途中ぎゃあああああああ!!」
挨拶をしても問答無用で初級魔術を放たれた。
そういえば、下級精霊は知能が低いと言われたことを死にながら思い出していた。
――三日目。
言葉が通じなくても、ジェスチャーならわかるのではと思いついた。
「えーっと、自分を指差して『私は~』で、向こうを指差して『あなたたちを~』で、抱き締めるポーズで『友好的に~』で……どう!? ダメか!!」
どうやら呪いのせいで最初から好感度が最悪のようだ。
ここでの三度目の死と蘇生を経験しながら次の手を考える事にした。
――四日目。
長く顔を合わせていれば親しみを覚えるかもしれない。
少しでも耐えるために、今日から魔力防御をやってみることにした。
授業で習ったように、体内の魔力を身体の表面に集める。
それを防具である制服に注ぎ込み、攻撃が来たところにピンポイントで硬化させる。
こうすることによって、冒険者はただの布でも防御力を上げることができるのだ。
「よし! ファイア・アローを弾けた!」
初めての魔力防御に成功して大喜びのプラムだったが――
「あっ、ウソウソウソ……囲まれるのはちょっと無理だわ」
まだ慣れていない魔力防御では、全方位の対処を仕切れずに死亡蘇生コースとなった。
――そして、一気に時は流れて三十日目。
数え切れない死を糧に、そこに修羅がいた。
「魔力防御……ふっ!」
丹田に力を込めるように息を吐く。
視覚、聴覚、嗅覚、肌で感じる魔力などを駆使して、下級精霊たちの居場所を特定。
その方向、初級魔術の発動タイミング、リキャストなどを同時に計算する。
着弾箇所にコンマ一秒以下の凝縮された魔力防御をして、無傷で弾いていく。
「効かない……効かないわ……」
とても少し前まではダンジョンにすら潜ったことのない小娘には思えない眼光を放ち、実力から来る余裕を見せていた。
元々、死への耐性があって一日中死に続けられたのと、スキル【賢者】によって魔力関係の基礎能力が上がっていたこともあり、冒険者としての才能を開花させていた。
そのプレッシャーは下級精霊たちにも通じたのか、彼らは一斉に逃げ出していった。
「ふふっ、口ほどにもないわね……って、違う! これ違うぅ! 仲良くなることが目的なのにどうして逃げられるのよぉぉおおお!?」
強くなりすぎたが故の葛藤、きっとそういうものに違いない。
と思い込もうとしたが、乙女心としては複雑すぎた。
「はぁ~……。もう色々と疲れた……ちょっと休憩」
ここで止めると言い出さないのがプラムなのだろう。
ちょっとした草原のようになっている場所を見つけて豪快に寝転んだ。
スカートがめくれあがって太股が露わになってしまっているが、こんなところで『お淑やかではない』と指摘してくる者もいないので気にしない。
「もう、どうやって精霊と仲良くなればいいのよ……。近寄ってくるのは殺意ありありの子たちばかりだし……」
そう嘆いていると、またもや近付いてくる精霊の気配を感じた。
これもどうせ攻撃してくるのだろうと諦めモードだ。
そろそろ下級精霊相手には寝っ転がりながらでも魔力防御でガードできるので、怠惰な気分が勝って放置することにした。
「……何か殺意以外を感じるような」
その精霊の気配は、近付いてきても一向に攻撃をしてこなかった。
寝転んでいる脚側に回り込んで、何やら立ち止まったり、近付いたりを繰り返している。
こんなことは今までなかった。
もしかして――とプラムは気が付いた。
奇跡的に友好的な精霊が現れて、恥ずかしがりながら喋りかけるのを躊躇しているのでは――と。
(い、いきなり起き上がって話しかけても驚かせちゃうわよね……シャイっぽいし……)
プラムは気が付いていないフリをしながら待った。
精霊は脚側で場所を少しずつ移動しながら、何やら戸惑っているようだ。
(ふふ、可愛い)
そろそろ声をかけてあげようかなと思ったそのとき、信じられないことに理解できる声が聞こえてきた。
『もうちょい……もうちょいなんじゃが……』
何がもうちょいなのだろうか?
『み、見え……もうちょいで見えそうじゃ~……!』
「……」
制服のスカートを、脚方向からというのはそういうことなのだろう。
プラムは無言で起き上がり、その精霊の頭部を鷲掴みした。
『うぎゃあああああ痛い痛い!! たんま!! ワシの頭がザクロのようになるぅぅぅぅ!?』
「あれ? 身体が勝手に。なんかごめんなさい、本能が女の敵だと察知してしまったわ」
プラムは手を緩めることをせず、その喋る精霊を観察した。
黄色い二頭身の身体で、立派な白ヒゲを蓄えている。
今までの基本属性の精霊とは異なるようだ。
「そういえば、あなた人間の言葉を喋れるの?」
『ぬ、娘よ。ワシの言葉がわかるのか!? まさかこの世界の人間に通じるとは……』
そこでプラムは気が付いた。
どうやら、この謎の精霊の言葉は普通の人間にはわからないらしい。
それが理解できているということは――
「そっか、ミースが作ってくれた制服のスキル【言語理解】のおかげなのね」
プラムが装備している制服を+99まで成長させた際に付与された【言語理解】。
これは様々な言語を習得できるというものだった。
今までは図書館にある他種族語の本などで大いに役立っていたのだが、どうやらそれは精霊の言葉にすら適用されるようだ。
「でも、今までの下級精霊たちの言葉はわからなかったような……」
『ワシを他の奴らと一緒にするでない。あやつらは犬や猫程度の知能しかなく、人間と同じような言語のコミュニケーションは取らぬ』
「なるほど……。で、あなたはいったい何者なの?」
『ワシか……? ワシにもよくわからん。微かに覚えているのは、竜と戦いで敗北したのと――』
「竜……」
竜は最強種族の代名詞である。
敗北したとはいえ、それと戦えるというのは同じくらい強大な存在なのだろう。
『あと、おなごが好きだったということくらいだぞい!』
「……それは私にもわかったわ」
『ぎゃああああ頭部を握り潰そうとするでないギブギブギブ!! パンツを覗こうとしたのは謝る! 何でもするから許してくれぇ!!』
手の中でもがく精霊は、プラムの興味を惹く言葉を発した。
「……何でも?」
『うんうんうんうんうん!!』
「じゃあ、私の精霊になって♪」
『うんうんうん……うん?』
最大級の笑顔でアイアンクローを決めて隷属を要求するプラムは、そこで〝コツ〟を掴んだ。
以前、ミースが練習試合で勝負に勝ってオーロフと仲良くなっていたように、力尽くでやれば良いのだと魂が理解した。
「ちょっと他の精霊さんたちとも仲良くなりに行こうかしら♪」
***
そして現在のプラム――マントを脱ぎ捨て、その下からは6体の下級精霊が出現していた。
「えっ、プラムそれは!?」
「見ていてミース! これがあなたに釣り合うように頑張った修行の成果よ!」
追いかけてくるモンスターの大群に向かって、プラムは練習用の杖を振りかざす。 詠唱らしい詠唱をせず、ただ一言。
下級精霊に向かって加護を頼む言葉ではなく――〝圧〟をかけて命令を下す。
その姿はまるで敵を見下す、無慈悲で冷酷な女王だ。
「火の精霊、水の精霊、風の精霊、土の精霊、雷の精霊――やりなさい」
『イエス、ユア・マジェスティ!』
火、水、風、土、雷の初級魔術が一斉に連続発射される。
目に優しくないカラフルさだ。
しかし、その派手さとは裏腹に、正確無比に弱点相手のエレメント・クレイドロンへと命中していく。
轟音が響き渡り、数秒後にはモンスターの大群が魔素へと還っていた。
あまりの迫力にミースとゼニガーは呆然と立ち尽くして、プラムと下級精霊たちを眺めていた。
「ぷ、プラム……」
「とんでもない量の魔術や……」
プラムはクルッとターンでふり返り、自信に満ち溢れた笑顔を見せた。
「どうかしら? これがプラムミント・アインツェルネの力よ!」
ひぇっ。