三つ首のダンジョン、突入
吐く息が白くなるくらい肌寒い朝。
ミースたちは三つ首のダンジョン前に集合していた。
「ここが三つ首のダンジョンか~」
「なんだか、おとぎ話に出てくるドラゴンの頭みたいね」
プラムがそうたとえるのも無理はない。
成長の町ツヴォーデンから少し離れた場所にあるこの入り口は、まるで竜の顎のようになっていて、口内が洞窟の奥へ広がっているのだ。
今にも岩の牙が閉じて、襲いかかってくるような不気味さがある。
「おとぎ話やなくても、ドラゴンのゾンビなら見たことあるでぇ」
「えっ、ほんと!? あとで詳しく聞きたいわ!」
ミースは意外なところに食いついてくるプラムを一旦放置して、時間を気にしているルインと、見送りに来てくれているクラスメイトたちに話しかけてみた。
「ルイン先生はともかく、クラスのみんなはここまで来なくてもよかったのに」
他クラスの学生とは違い、比較的マジメなゼウスクラスは勉強や修行に忙しい人間が多い。
それでもみんな集まってくれたのだ。
少し申し訳なさがある。
「オレたち、まだミースたちとはそこまで長い付き合いじゃないけど、それでも仲間だと思っているんだぜ」
「そうそう、応援くらいはさせてよ」
「よっ、代表! わたしはキミたちが勝つって信じてるぞ!!」
肌寒い朝なのに、クラスメイトたちの応援を聞くとなぜか心が温まってくるようだ。
武者震いを抑えながらミースは礼を言う。
「みんな……ありがとう!」
そんな中、ヘルメスクラスのリュザックがやってきた。
以前の見下していただけの表情とは違い、少しだけ感心しているようだ。
「ふむ、人望はあるようだな。ミース」
「リュザック……今日は勝たせてもらう」
「最初から負ける気で挑んでくるような輩とは戦う気も起きんからな。最奥でゴールせず待っているぞ」
どうやらリュザックは、待つ立場であると確信しているらしい。
つまり、ハンデをやるということだ。
それを告げるとすぐに去って行ってしまった。
「くっ、リュザックはん……自信満々やな……」
「うん。でも、本当に手強い相手だと思う」
「油断していると足元を掬われるってところを見せてやるわよ!」
挑発されて、逆に闘志を燃やす三人。
そこでふとミースは気になることがあった。
「そういえば、いつもちょっかいをかけてくるはずのオーロフたちが、今日はこないような……」
「珍しく集中でもしてるんとちゃうか?」
「そうだといいけど――」
というところで、ルインが開始の合図を告げるために右手を上げた。
ちなみにルインは手に時計などを持っていないが、冒険者ならダンジョンでの時間感覚が必須になるために、常人には信じられないが体感で細かくわかるようになっているのだ。
「よーし! 小僧、木偶の坊、小娘! スタートの時間だ! アタシたちのクラスが一番だって見せてやれ!」
「はい!」
「任せとき!」
「今日は私の衝撃的デビューよ!」
三人は竜の顎のような洞窟に入っていった。
***
――一方その頃、オーロフPT。
「くけけ、ここまでリードしちまえばアイツらに勝ち目はねぇだろうぜぇ……」
「頭がいい、オーロフ!」
なぜかオーロフ、マルト、セレスティーヌの三人は、開始時刻に一層の終盤地点にいた。
前を行く元気な二人を見て、疲れ果てているセレスティーヌは溜め息を吐きながら考えていた。
(ルール違反を頭がいいって、オーロフもマルトも常識がおかしいですわ……。まさかアレスクラスの担任を買収して監視を誤魔化すなんて……)
どうやらオーロフとマルトが親の地位と財力を利用して、アレスクラスの担任に言うことを聞かせたらしい。
本来の出発時間より随分と前にダンジョンに入り、他二つのクラスよりも先行する作戦だ。
監視用の使い魔も付いてきているのだが、これは各担任によるものなのでスルーされている。
(悪いとは知りつつも、二人に逆らえないわたくしも同類ですわね……)
セレスティーヌの家はいわゆる没落貴族なので、オーロフとマルトの言うことを聞くしかないのだ。
今も無理をさせられている。
具体的にその内容はと言うと――
「おい、セレスティーヌ。敵がいるぞ、やれ」
「ワタシ歩き疲れたから見てる~! 勝手に倒しちゃって~!」
「は、はい……」
目の前に現れたのはエレメント・クレイドロンと呼ばれる泥人形だ。
このモンスターは物理攻撃に強く、弱点の属性攻撃が通りやすい。
この階層で出てくるのはファイア・クレイドロン、ウォーター・クレイドロン、アース・クレイドロン、エアー・クレイドロンの四種だ。
今、目の前にいるのはエアー・クレイドロンなので、セレスティーヌが使える火魔術で比較的楽に倒せる。
「火の精霊よ、その熱き力の矢を我に授け給え――ファイア・アロー!」
数秒をかけた丁寧な詠唱で、一本の炎の矢が杖から発射された。
弱点属性を受けたエアー・クレイドロンは泥人形から、ただの泥になり、魔素へと還っていった。
魔力を消費したセレスティーヌはゼェハァと肩で息をしているが、そんなことを気にせずオーロフは悪態を吐く。
「チッ、全然アイテムがドロップしねぇじゃねーか。落ちる杖も換金したいし、どんどん倒していこうぜ」
「さんせーい!」
「ま、待って……休憩させて……」
「必要ねぇだろ、行くぞ」
セレスティーヌは、ここまでずっと一人で戦闘をさせられていた。
たしかに一層目は魔術で倒すと楽なのだが、オーロフとマルトは盾もこなさないし、攻撃による援護もしない。
それでいてセレスティーヌが使えない弱点属性のクレイドロンが現れると、威力半減のファイア・アローを連発しなければならないのだ。
魔力というのは限りがあるし、時間経過による回復も追いつかない。
オマケに武器である杖も練習用で貧弱だ。
それを説明しても、興味がないのか休憩を聞き入れてもらえないのだ。
(こんなとき、あの人なら――平民でも立派にやってるミースさんなら……どうしたのでしょうね……)
意識朦朧でフラフラになりながらも、セレスティーヌは付いて行くしかない。