スキル【石になる】の弱点
放課後、ゼニガーは誰もいない体育館で一人立っていた。
座学、実技ともに優秀な成績を収めていた彼にも悩みがあった。
「あかんな……このままじゃミースはんに一生追いつけん……」
いくら冒険者学校とはいえ、全体に合わせているために優秀な成績を取っても、それは実戦で即通用するものではない。
基本的な部分を補強できるのは有り難いのだが、戦いを想定するのは憎き〝悪魔〟なのだ。
普通のやり方では、また盾として役に立てずに倒れてしまうだろう。
「……あのときの悔しさは忘れへんで。ここはやっぱり、スキル【石になる】の弱点をどうにかせなあかんな」
無敵の防御スキルになったかのように思えた【石になる】だが、使っていく内に実際は違うということがわかってきた。
まず、現状最強の石である〝ダンジョンの石〟は、ダンジョン内でなければ使えない。
しかも、強力であるが故なのか一度使うと解除可能まで時間がかかる。
一方、外でも使える〝金剛石〟はある程度の堅さだが、解除可能までの時間はそれなりに早い。
そして、ただの石は即砕かれてしまうが、即解除できるようだ。
「これらの経験から、強力なものほど解除までの時間や、使える場所が限られるっちゅうことやな……」
そう考えると、予想される攻撃への切り札的には使えるのだが、とっさに使ったり、気軽に使ったりはしにくいのだ。
「何とかせなあかん……けど、ダンジョン石の上にも三年やな! 毎日ひたすら繰り返して感覚を掴むでぇ!」
ゼニガーはその石のような意志で、毎日遅くまでスキルを使い続けるのであった。
***
学食での朝、ミースはテーブルに並ぶ定食を食べながらあることに気が付いた。
「あれ、ゼニガー。何か目の下にクマがあるよ。それに最近、寮に帰ってくるのも遅かったし……」
「わはは! ちょっと遅くまで女の子をナンパしてたんや! もう少しで何とかなりそうやったんやけどなぁ!」
ミースとゼニガーは、学生寮で相部屋なので帰りの時間なども把握しているのだ。
首を傾げながら、反対側に座るプラムの異変にも気が付いた。
「プラムも目の下にクマが無い?」
「……ちょっと仲良くなりたい子がいてね」
「学校での人間関係に悩んでいるなら相談に乗るよ」
「こ、これだけは自分の手でなんとかするわ!」
プラムの並々ならぬ気迫に、ミースは気圧されながら頷くしか無かった。
朝食の後は教室で歴史の授業が始まった。
並べられた机と椅子、それに座る生徒たちが静かに集中している。
「……そもそも、この世界は球体を半分にしたような構造になっていて――」
クラスは12に別れていて、ここのクラス名は〝ゼウス〟という誰も知らない珍しい名前が付けられていた。
ゼウスクラスに所属するのはミース、ゼニガー、プラムで担任がルインだ。
隣のアレスクラスには貴族三人組のオーロフ、マルト、セレスティーヌ。
それとヘルメスクラスには大層優秀な生徒がいるとの噂だ。
「記録が残っていないくらい昔に作られた、またはドロップ品として複製されたアイテムのことをレリックと呼びます。有名なのが始まりの町でドロップする〝イプシロンの聖杯〟ですね。とても古い記録が鑑定により読めるので、他の未発見の聖杯と組み合わせることによって――」
授業を聞いていたミースは、ふと思い出していた。
始まりの町で手に入れた聖杯は、あんな出来事があってもきっちりとプラムの実家へと渡したのだ。
そして、プラムはそのまま家出をしてきてしまっている。
彼女の家族関係は大丈夫なのか、というのが心配である。
「では、ミース君。どうしてこの世界の形が奇妙とされているのか、理由を説明できますか?」
「はっ、はい!」
歴史の教師に指示棒をビッと向けられたミースは、思わず飛び上がりそうになった。
立ち上がり、深呼吸をする。
まだ人慣れしていないミースは周囲の視線に緊張してしまうのだ。
一通り教科書は読み込んでいるので、その内容を思い出しながら喋る。
「冒険者たちによる地形の解明と共に、発展した天文学の観点から見て、他の星々と形が異なるからです。ここも星とするならば球体が自然です。星見たちの文献からもその点が以前から指摘されており――」
「ん、よろしい。……それにしても星見のことは教科書には載っていないと思いますが」
「あ、すみません。俺の子どもの頃の先生がそっちに詳しくて、独自の解釈を加えてしまいました」
「そ、そうですか……。もしかしてその先生というのは……いえ、何でもありません。今後は他の生徒が混乱するので、なるべく教科書の範囲で頼みますよ」
「はい! 失礼しました!」
ミースは『たしかに』と思ってしまった。
まだ生徒の身であるミースがニワカ知識で喋ってしまうと、それ以上の深い話や解釈もできないひけらかしになってしまうので、TPOをわきまえなければならない。
現に生徒たちは意味が分からずポカンとしてしまって授業を止めてしまった。
申し訳ないという気持ちになったのだが、授業終わりにコッソリと歴史の教師が『いつか詳しく星見の話を聞かせてください』と言ってきたのには苦笑いをしてしまった。
大人というのは本音と建て前があるらしい。
座学の後は、校庭で実技の授業が始まった。
今回は他のクラスとも合同で、より実戦的な模擬戦が行われる。
後衛は模擬戦に向かないので、今回は木剣などで戦う前衛を見学することになっていた。
少し離れたところで体育座りしているプラムが、ミースを応援した。
「頑張れ~ミース~!」
「ありがとう、精一杯やってみるよ!」
それを見た男子生徒たちは、黒い嫉妬を渦巻かせていた。
(なんだよ、あいつ……魔術適性すらない平民の癖に。領主のお嬢様であるプラムミント様から声をかけられて……)
(くそっ、あんな可愛いプラムミント様から応援されて……羨ましい)
(ミース、絶対に殺す……)
その中には貴族三人組の内の一人であるオーロフもいた。
以前からの恨みもあり、今回は攻撃力1である木剣に見せかけた鉄心入りの凶器を密かに使うことにした。
「ゼウスクラスのルイン先生。オレ……ミースと戦いたいんだけどさぁ……」
「小僧と、か~」
ルインはチラッと偽装木剣を見てから、ニカッと笑顔を浮かべた。
「うん、いいぞ。やれやれ。子どもは元気が一番!」
「ありがとうございまぁす……!」
オーロフは内心ほくそ笑んでいた。
それもそのはず。
ミースは最近、王国剣術に慣れていないのか、実技の成績は芳しくないのだ。
冒険者の基本である王国剣術すら上手く扱えないというのは、戦闘で無能ということだ。
青銅ゴーレムのダンジョンのことも、きっと自分たち――オーロフがギリギリまで体力を削ったボスを横取りしたに違いない。
制服のダンジョンも教師であるルインがえこひいきして取ってあげたはず。
オーロフの脳内では負ける要素が0だった。
「小僧、王国剣術は基本の一つだ。もうそろそろ形を崩しても良いぞ」
(くけけ……ゼウスクラスのルイン先生が、何かミースの野郎にアドバイスしたが、その程度じゃ無意味だぜ……。オレに負けて無様な姿を全員の前で晒せ……)
一方――ミースはその意味がわかった。
「はい! ルイン先生!」
「それじゃあ、小僧とオーロフ君。正々堂々とかはどうでもいいから、なるべく大怪我をしないように戦うんだぞ。面倒くせーからな!」
なんちゅう教師や、と外野のゼニガーがツッコミを入れているが――二人の勝負が開始された。
これはオーロフの圧勝だな……そうに違いない……。
オーロフ株を買っておくか。