スキル、英雄の教室
理事長メラニだけが持つ特殊なスキル――【英雄の教室】。
これはメラニが特殊な空間に繋がる〝門〟を開き、そこに移動するというモノだ。
「ここは……」
目の前に見たことの無い風景が広がる。
どこか霧がかった世界、緑なびく美しい野原、そびえ立つ白ポプラ、そして遠くには命溢れる山河があった。
澄み切った空気、暖かな日差し、柔らかな土の感触が幻覚では無いと告げている。
振り向くと、白の塗装が施された木造校舎があった。
「転移した先に古い学校……?」
呆然としているプラムに対して、メラニが懐かしそうな表情で返す。
「アレが私の……いえ、私たちの学校でした。私も十剣人のメンバーとなっている何人かと、あそこで先生の授業を受けていました。……今でも昨日のように思い出せます。まぁ、今では外のケイローン冒険者学校で、私が理事長をやっていますが」
「それでメラニ理事長は神殺しの団に協力しているのね……」
「はい、プラム君。ワールドクエストとか、別世界からやってくる悪魔との戦いとか……。そんな大それたことはわかりませんが、出来る限りの協力はします」
教育によって人を育て、世界を良くしていく。
プラムは、彼女のことを立派な人だと思った。
そこへルインが茶々を入れる。
「まぁ、本当は学生時代に先生に恋をして、立派な人間になったら告白の返事を聞かせて貰うという約束をしただけなんだけどな」
「ウッヴァアァァアアア!? ルイン! なんてことを言うんだぜ! ぶっ殺すぞ!」
「メラニりじちょ~、昔の素が出てるぞ~」
「くっ、覚えておきなさい……! この北欧女……!」
……どうやら立派なメラニ理事長にも若かりし頃というのがあったようだ――とプラムは納得しておいた。
「さてと、関係の無い思い出話はここまでに致しましょう。あとは中を管理している〝彼女〟に任せます。私は仕事が残っているので、これにて失礼しますね」
「ああ、サンキュー」
「メラニ理事長、ありがとうございました!」
「ふふ、ミース君によろしく言っておいてね。彼を見ていると私の恩師を思い出すわ」
メラニはそういうと、門の向こう側――つまり理事長室側へと帰っていってしまった。
閉じられた門。
中の世界には、プラムとルインだけが残された。
「あれ……? これどうやって戻るの?」
「それも〝彼女〟に頼めば門を開いてくれる」
「へ~、その人も随分と特別な力を持ってるのね」
「人……ではないけどな」
「え?」
プラムがどういうことか質問しようとしたところ、タイミングを見計らったかのように軽い口調の〝彼女〟がやってきた。
「どもども~、ニュムは中級精霊のニュムだよ~!」
「え、ええ!? 中級精霊!?」
その姿は白いシーツをかぶった六歳くらいの女の子にしか見えなかったが、フワフワと浮いているので本当に中級精霊なのだろう。
しかし、浮いていることに驚いたのではない。
「せ、精霊が見えている……」
「そうだ。授業でもやったが、精霊というのは感じることはできても、目に見えるような存在ではない。いくつかの例外を除いては」
「その例外が今なのね……」
「この空間は冥界との狭間にある特殊な世界で、精霊の力も高まっているし、人間も死に近付いて視えないモノが視えるって感じだぞ」
現在の魔術理論において、精霊の存在は〝加護を与える者〟としての確認がされているだけで、その姿を実際に観測した例は表向きには存在していない。
精霊が集まりそうなところで、その何かを感じられるだけだ。
その繋がりで大昔から実際に魔術を行使できるのだから、今更知る必要がないというのもある。
「本当に精霊……しかも中級。すごいわ……」
プラムが中級精霊ニュムに手を伸ばそうとすると、サッと避けられてしまった。
「あっ」
「うーん、な~んかアンタ嫌いだよ~!」
「ガガーン……」
思わずショックで口から変な言葉が出てしまったプラム。
目の前の可愛い中級精霊に、初対面で全否定されてしまったのだ。
「ど、どうして……」
「たぶん、血が呪われてるよ~。不可抗力だけど、普通に嫌いだからごめんね~」
「あ、うん……はは……お気遣い無く……」
精霊が目に見えるということ。
それは否定される部分が見えるということだ。
普通の人間に否定されてもそこまでショックではないのだろうが、幻想的で可愛い生き物に否定されるというのは口から魂が出そうなくらい辛い。
それを見かねたルインが、プラムの肩をポンと叩く。
「まぁ、プラムもウ○コの絵が描かれた服を着ている奴がいたら、初対面では好きになれないだろう? そんなもんだぞ」
「たとえが酷すぎるわよ!? って、それだけのハンデが最初からあるってわけね……。こんなのどうしたら精霊と仲良くなれるの……」
「方法はあるんだよ~」
「ほんと!?」
ニュムは距離を取りながらも、協力者として説明を始めてくれた。
「ここには精霊の住処――いわゆるダンジョンのようなものがあって、そこにいけば沢山の下級精霊に会えるんだよ~」
「沢山いれば、誰かは私のことを好きに――」
「うーん、初対面では絶望的だと思うよ~」
「えぇ……どうしたら……」
「根気強く仲良くなるしかないよ~」
プラムはハッと気が付いた。
人と仲良くなるのでさえ、真の絆を手に入れるためには関係を育てていく必要がある。
それが別種族の精霊ともなれば、いきなり初対面で仲良くなろうというのはおこがましかったのだ。
人と人が歩み寄るように、手を取り合って一歩一歩――
「ちなみに下級精霊たちは知性が低いから、プラムを見ると襲ってくると思うよ~」
「戦争状態からの関係!?」
ここで初めて、メラニが『何百回も死ぬことになる』と言っていた意味を理解したのであった。
ちなみにメラニ理事長の素の口調はまるっきりヤンキーです。
中身は割と常識人で恋する乙女です。