冒険者学校の入学式
制服も手に入り、無事に冒険者学校の入学式の日となった。
ミース、ゼニガー、プラムは広い敷地の中にある体育館で行われる入学式に耐えていた。
耐えている……というのは、今も教壇に立つ先生方から平坦な声でマジメな話が続けられているためだ。
「名だたる冒険者を輩出した、このケイローン冒険者学校は――――――であるからして――――――のように――――――」
(は、話が長い……)
大きな体育館の中、周囲の生徒たちはほとんどが貴族たちだった。
先にハインリヒが入学手続きなどを済ませてくれていたので知らなかったのだが、どうやら冒険者学校に入るにはそれなりの入学金や紹介が必要なようなのだ。
平民の冒険者は、学校に入らずそのままダンジョンに潜るらしい。
そんなわけで場慣れした周囲は、校長などの先生方の長い話をしっかりと聞いている。
ミースとしては、村で学校に通っていたものの先生とほぼ二人きりのような規模だったので、こんな空間では眠気が襲ってくる。
「ミースはん、気持ちはわかるが寝たらあかんでぇ……」
「そうよ、こういう退屈な場にも慣れておくといいわ」
ゼニガーとプラムが小声で話しかけてくれるのだが、もう夢うつつだ。
ちなみにこの体育館は〝制服のダンジョン〟ボスエリアとほぼ同じなので、それも原因で見慣れていて眠くなる。
そんな中、ミースと同年代らしき金髪の少女が教壇に上がってきた。
(新入生代表というやつかな……?)
「こほん、私はケイローン冒険者学校の理事長を勤めている、メラニ・ケイローンです」
(俺と同じくらいの年頃の子が理事長!?)
「自分と同じくらいの年頃の女が理事長? とお思いでしょうが、見た目がアレなだけで、年齢はもっと上なのでご心配なく」
どうやら理事長であるメラニは、自らに持たれる印象くらいは把握しているようだ。
見た目幼く実年齢が上とは、まるでルインのようだと思ってしまった。
「さて、我がケイローン冒険者学校に入った目的はそれぞれでしょうが、大体は二分されます。もっとも多いのは貴族や商人などが箔を付けるために。もう一つは、冒険者として成功したいがために」
ここまではっきりと貴族に対して物を言えるというのは、やはり外見よりも実年齢が高いという貫禄を感じさせる。
「キミたちがどちらかは問いません。しかし、卒業時には有意義な何かを見いだし、成長できていることを祈ります。以上、私は長い話が苦手なのでこれにて終了です」
***
入学式が終わり、三人は校舎の方へ移動中だった。
校舎はレンガ造りの三階建てだが、天井が高いために建物自体も大きく感じる。
すごい学校だなーとミースが感心していたら、さっきからウズウズしていたらしいゼニガーが話しかけてきた。
「いや~、理事長はん。若かったなぁ~!」
「外見だけらしいけどね」
「しかも可愛かったでぇ!」
「よ、よくあの距離でそこまでわかったね……」
「ワイの目は可愛い女子を見逃さへん!」
無駄に視力がいいなと思ってしまった。
ミースはふと横を向くと、一緒に歩いているプラムと目が合った。
ボソリと呟かれる。
「……これだから男子は」
「え、いや、俺は別に……!?」
「ふ~ん、女子からおモテになるミースもどうだか~……」
この前のセレスティーヌにキスされたことを言っているのだろう。
ミースとしてはすでに一通り弁明してもダメだったので、苦笑いしながら耐えるしか無い。
そんな中、一応知っている相手に大声で呼び止められた。
「おい! 平民……ミースとか言ったな!!」
「えーっと、オーロフ……だっけ」
転売をしていた貴族だ。
少し名前を思い出すのに時間がかかった。
「そうだ! オーロフ・ハンマーク様だ! で、横のコイツが――」
「マルト・マルテル!」
二人は元気よく自己紹介をしてくれた。
ちなみにオーロフが金髪前髪パッツンの痩せ形お坊ちゃまで、マルトがちょっとぽっちゃりのハンマー担いだパワータイプ女子だ。
「で、平民ミース! 次は魔術適性の検査がある! たまったま、青銅ゴーレムのダンジョンでオレたちが弱らせたボスを横取りして倒したからって、調子に乗るなよ! 魔術適性で差を見せつけてやるぜ!!」
「そうよそうよ! ……ところで前衛のワタシたちに魔術適性って必要なの?」
「し、しらねぇけど、頑張れば魔術を使える前衛になれるんじゃねーの……」
「ワタシ! 魔術とハンマーで頑張るぅ! アハハ!」
そんなことを一方的に言ってきて、貴族二人組は一方的に去って行ってしまった。
「な、なんだったのかしら……」
「さぁ……?」
***
いよいよ魔術適性の検査が開始された。
プラムはこの瞬間を待っていた。
これは大がかりな機材を使い、どれくらい精霊の加護を受けやすいかなどを調べることができるのだ。
SSRスキル【賢者】を手に入れ、後衛を目指すプラムにとっては将来を決める大事な瞬間だ。
不安と期待が入り交じる。
「次、ミース・ミースリー君、前へ」
「はい!」
プラムの前にミースの番らしい。
巨大で透明な五柱にそれぞれの属性の輝きが渦巻き、その中心の椅子に座って検査を受ける。
大体の学生は適性ありで、そのあとの細かな検査でどれくらい適性規模か計る感じだ。
そもそも、魔術の適性が完全に無い人間の方が珍しい。
それが戦闘で使えるくらいか、生活魔術として使えるかなどの程度の違いはあるが。
もっとも、魔術を開花させるには教える人間を付けるなどの手間がかかるので、魔術の習得までいく人間はそう多くない。
(ミースが魔術を使えるようになったら、きっと今よりも強くなるわ……!)
プラムはつい期待してしまう。
今でも抜群の成長性と、身体能力を持つミース。
それが魔剣士のように魔術まで同時に使えるようになれば、さらにダンジョンで猛威を振るうだろう。
一緒に魔術談義をできたりもするかもしれない。
そうしたら、また仲良く話せる。きっと。
そんな淡い思いもあった。
しかし――
「ミース・ミースリー君。基本五属性の魔術に適性なし!」
「えっ?」
適性なしという言葉を聞いて、ショックで声を出してしまったのはミースではなく、プラムだった。
それと同時にオーロフとマルトが笑い声をあげる。
「ギャハハハハ! オレより適性が低いとは思っていたが、まさか適性なしとはなぁ! さすが平民! これでカーストは最下位だなぁ!」
「アハハ! 平民よっわ! 才能なし!」
それに釣られて他の貴族たちもクスクスと陰で笑っていた。
ミースはそんな中でも、特に悔しがったりもせずに涼しい表情だ。
まるですべてを最初から知っていたかのように。
逆にプラムは歯ぎしりをしてしまうくらいに憤慨した。
「なんでミースが適性なしなのよ! 機材が故障してるんじゃないの!?」
「こ、これは領主の娘プラムミント・アインツェルネ様……。機材は、他の生徒に適切に反応していましたので……」
機材を担当していた教師は戦々恐々としている。
相手はただの貴族ではなく、領主であるアインツェルネ家のご令嬢なのだ。
本当だったら、気に食わない行動をしただけで首が飛んでもおかしくない。
他の生徒たちも不味いと思い、押し黙ってしまっている。
「で、でも!?」
「止めるんだ、小娘」
「ルイン先生……!」
遅れてやって来たルインが止めに入った。
そして、諭すように言った。
「小僧は大けがをした後遺症のせいで、魔術に関する〝中身〟がグチャグチャになっちまって、もうダメなんだ」
「後遺……症……?」
プラムはそれを聞いて固まった。
それもそのはずだ。
(だって……あの怪我は、元はと言えば私を助けるために……)
助けを求めるようにミースに目をやるも、申し訳なさそうな表情をされてしまった。
「小僧はな、気を遣わせまいと言えなかったんだぞ。先延ばしにするだけなのに馬鹿な奴だ、本当に」
「そんな……」
プラムは自責の念に押し潰されそうだった。
大切な人が、自分のために魔術適性がゼロになったというのを知ればこうなるのも当たり前だ。
でも、ミースだって考えて隠していたのだろう。
プラムの心が元気になって、耐えられるタイミングに知った方がいいと。
たしかにショックだが、心は折れていない。
「そ、それなら私が……私が魔術でミースをカバーする! すればいい!!」
「そうだ、その意気だ小娘」
プラムは自らの頬をパシッと叩き気合いを入れる。
強い強い想いによる、これからの目標ができたのだから。
「次、プラムミント・アインツェルネ君、前へ」
「はい!」
周囲の人間たちは固唾を呑んで見守った。
それもそのはず、領主の娘がSSRスキル【賢者】を取得しているというのは噂で広まっているからだ。
【賢者】を持つ者は精霊に愛され――時に華麗に、時に苛烈に魔術を操るという。
まさに後衛の頂点の一つなのだ。
そんな視線に見守られ、プラムは装置の中心にある椅子に座って考えた。
(どの属性に適性があるかによって、これからの戦いが大きく変わるわね……)
大きく深呼吸をして、どの適性があるかを待つ。
「プラムミント・アインツェルネ君。基本五属性の魔術に適性なし!」
「火適性なら火力支援も……――はぁぁぁあああああ!? この流れでェ!?」
プラムは領主令嬢らしからぬ奇声を発したのであった。
空気を読まない魔術適性の検査機材くん。