制服を合成しよう
「よし、毎度おなじみボス部屋やな!」
「いつ来ても、この大きな扉の前はワクワクするね」
「わ、私は初めてだからドキドキの方が大きいわ……」
三者三様の反応をしながら、大きなボス扉の前にやってきた一行。
そこでルインがポツリと呟いた。
「全滅しないようにするんだぞ」
「え? そんなに危険な相手なの?」
「知らん。戦ったことがないからな!」
不穏な空気が流れる。
生徒(仮)たちの視線がルインに集まった。
「い、いや、だってみんな制服ドロップが目的だから、こんな奥のボスまで来ないだろう!? 楽しくて、狩り続けちゃったら到着しちゃいました、みたいなシチュは想定しねーぞ!」
「たしかに……」
「それにボスのドロップ品だけは噂で聞いたことがある。【耐雷のリボン】っていってな、雷にある程度の耐性ができるんだが、ドロップ率が超低い。仮にドロップしても、そこまでの値打ちは無いから誰も挑戦しない」
アイテムの価値のことになったので、大商人を目指すゼニガーが話に割り込んできた。
「せやなぁ。浅い階層で需要あるドロップが完結しとるなら、いちいち深いところまで潜って、ついでにボスも倒そうなんて奴はおらんか」
「というわけで、ここで引き返すという選択肢もあるぞ?」
ルインはそう提示したが、もう答えはわかっていた。
「いや、楽しそうだからボスと戦いたい!」
「よく言った、ミースはん。ボスと戦えばスキルレベルが上がるかもや!」
だろうなという表情のルインは話を続ける。
「それじゃあ、もう一度だけ言うが全滅だけはしないようにな。生き返れると言っても、こんな過疎っ過疎なボスエリアで全滅したら蘇生が面倒すぎる」
フィールドと違ってダンジョンでは蘇生が可能だが、それにも蘇生する側の魔術師などが必要となる。
冒険者がよく来るような場所なら、小遣い稼ぎに〝死体が魔素になった物体〟を外まで運んでくれたりもするが、そうでなければなかなか発見されずに放置される。
死者の声を聞く魔術で探知できたりもするが、ここまで届くかもわからない。
しかもボスエリアは途中で逃げられないので、勝利か全滅かの二択だ。
「ルイン先生、ちなみにここは何層なの?」
「百層だぞ」
「……その付近までショートカットできるルイン先生って……」
ミースはその先を言わないでおいた。
正論は時に人を打ちのめしてしまう。
「ルインはん、よっぽど運がなくて暇人だったんやなぁ」
「ファイア・アロー」
「あづぅい!?」
「そんなにポンポンドロップさせるおまえらがおかしいんだよ! すっごくムカつくぅぅぅ!」
いつものノリで喋ってしまったゼニガーは焦げてしまった。
それにしても、全滅すると面倒なことになるというのは確かだ。
もしかしたら冒険者学校の入学式に間に合わなくなる可能性もある。
制服を手に入れるためにそうなっては本末転倒だ。
「全滅はしたくないな……。あ、そうだ。集まった制服を合成してから挑もうか」
「あつつ……せやな。用心に越したことはあらへん……。できればファイア・アローを撃ち込まれる前に着たかったでぇ……」
着慣れていないというデメリットもあるが、性能的には今の装備よりも性能が良い部分が多いのでメリットの方が大きいと考えた。
「それじゃあ、まずは【前衛の制服】から」
ミースはいつもの手順で【装備成長】を使って合成をしていく。
【前衛の制服・上+99 防御力10+99 力アップ極小 スタミナアップ極大 力アップ大 言語理解:不思議な布で出来た制服で、力が少し上がる。+99まで強化することによって、前衛向けで学生的なスキルが解放される】
【前衛の制服・下+99 防御力10+99 力アップ極小 スタミナアップ極大 力アップ大 言語理解:不思議な布で出来た制服で、力が少し上がる。+99まで強化することによって、前衛向けで学生的なスキルが解放される。男子はズボン、女子はスカートに変化する】
【前衛の制服・革手袋+99 防御力10+99 力アップ極小 スタミナアップ極大 力アップ大 言語理解:不思議な革で出来た制服で、力が少し上がる。+99まで強化することによって、前衛向けで学生的なスキルが解放される。握っている武器が滑らない】
【前衛の制服・革靴+99 防御力10+99 力アップ極小 スタミナアップ極大 力アップ大 言語理解:不思議な革で出来た制服で、力が少し上がる。+99まで強化することによって、前衛向けで学生的なスキルが解放される。山道や濡れた地面でも歩きやすい】
「装備っと……。前の布の服+99より少し守備が高くて、新たに力が上がるスキル二つで攻撃面も良好かな。今回もスタミナアップがあるのは嬉しい。あとは言語理解だけど、これは他国語の本を読むときに使えそう」
ダンジョン装備なので、ミースが着てみるとピッタリのサイズになった。
白のスクールシャツの上からブラウンのブレザーを着る形になっている。
下はスラッとしたチェック柄のズボンだ。
どちらもシワが無く、折り目がキチッと維持されているのはダンジョン装備の不思議な力が働いているからだろう。
「革靴も革手袋も問題なしかな……。これ、女子はスカートになる仕組みらしい」
「わはは! ミースはんならスカートも似合うかもしれんでぇ!」
「おいおい……」
二人は冗談とわかっていたが、プラムだけは『良いかも……』と眼が本気だったので急いで次の合成を開始した。
「え、ええと……これはゼニガー用の【盾の制服】だね」
「よ、待ってました!」
【盾の制服・上+99 防御力25+99 ヘイトアップ極小 防御アップ極大 ヘイトアップ 言語理解:不思議な布と金属で出来た制服で、少し敵の視線を集める。+99まで強化することによって、盾向けで学生的なスキルが解放される】
【盾の制服・下+99 防御力25+99 ヘイトアップ極小 防御アップ極大 ヘイトアップ 言語理解:不思議な布と金属で出来た制服で、少し敵の視線を集める。+99まで強化することによって、盾向けで学生的なスキルが解放される。男子はズボン、女子はスカートに変化する】
【盾の制服・手甲+99 防御力25+99 ヘイトアップ極小 防御アップ極大 ヘイトアップ 言語理解:不思議な革と金属で出来た制服で、少し敵の視線を集める。+99まで強化することによって、盾向けで学生的なスキルが解放される。打撃にも使える】
【盾の制服・鉄靴+99 防御力25+99 ヘイトアップ極小 防御アップ極大 ヘイトアップ 言語理解:不思議な革と金属で出来た制服で、少し敵の視線を集める。+99まで強化することによって、盾向けで学生的なスキルが解放される。鉄板が仕込まれているために馬車に踏まれても大丈夫】
【盾の制服・サークレット+99 防御力25+99 ヘイトアップ極小 防御アップ極大 ヘイトアップ 言語理解:不思議な金属で出来た制服で、少し敵の視線を集める。+99まで強化することによって、盾向けで学生的なスキルが解放される。ただの頭飾りに見えるが、剥き出しの部分にも魔力防御を行き渡らせる】
「――という感じの性能だね」
「ほぉ~。基礎防御が上がって、あとは青銅の鎧よりもヘイトアップ極小が追加された感じやなぁ。言語理解はわからんけど」
こちらもダンジョン装備なので、少し背が高くて肩幅が広いゼニガーにもピッタリとフィットした。
基本的にはミースの前衛の制服と同じだが、盾役らしく金属で各所に補強が入っている。
それと頭部に金属の輪っかであるサークレットが追加された感じだろうか。
「それにしても、どの装備にもついてる説明文っちゅーか、フレーバーテキストっちゅーか……。性能に関係ないところのコメントは誰が書いてるん?」
「あ~、それは俺も気になってた。自分の知らない知識が書き込まれてるし、微妙に主観が入った内容というか……」
二人が言っているのは、鑑定で出てくる最後の部分である。
基本的にどの装備にも付けられている。
数値やスキルなどは自動的に生成されてもおかしくないが、たまにあり得ないことが書いていて興味を惹くのだ。
そこで初めて聞いたプラムは客観的に意見を言う。
「ミースはガチャンダナ神からスキルを受け取ったんだから、ガチャンダナ神が一つ一つコメントを付けてるんじゃない?」
「あはは、まっさか~。神様が『馬車に踏まれても大丈夫』とか書かないよ~」
「……いや、神はそんなに人間から見てセンスよくないぞ。たぶん……うん、たぶん」
ボソッとルインが呟いた。
何か神様に思うところがあるのだろうか。
何か突っ込めるような雰囲気ではなかったので、ミースは合成を続けることにした。
「最後はプラムの【後衛の制服】かな」
「えっ、私のも!? 戦わないから手間を取らせちゃうのも……」
「たぶんボスエリアはそんなに広くないから、見学すると危険だからね。少しでも防御を上げておかないと」
「……み、ミースのお古の布の服+99でも良いわよ」
「お、俺の!?」
顔を真っ赤にしたプラムは、異性の着ていた服を要求してしまったと後悔した。
さすがに着てみたいけど、淑女としてはしたない――と。
「防御ならワイの青銅の鎧+99の方が高いでぇ! どや!」
「え、ああ、うん……やっぱり【後衛の制服】をミースに作ってもらうわ」
「切り替えはっや!?」
プラムはきっぱりと断って、合成するミースの姿を嬉しそうに眺めていた。
【後衛の制服・上+99 防御力7+99 魔力アップ極小 魔力回復量アップ極大 魔術防御アップ大 言語理解:不思議な布で出来た制服で、少し魔力が上がる。+99まで強化することによって、後衛向けで学生的なスキルが解放される】
【後衛の制服・下+99 防御力7+99 魔力アップ極小 魔力回復量アップ極大 魔術防御アップ大 言語理解:不思議な布で出来た制服で、少し魔力が上がる。+99まで強化することによって、後衛向けで学生的なスキルが解放される。男子はズボン、女子はスカートに変化する】
【後衛の制服・手袋+99 防御力7+99 魔力アップ極小 魔力回復量アップ極大 魔術防御アップ大 言語理解:不思議な布で出来た制服で、少し魔力が上がる。+99まで強化することによって、後衛向けで学生的なスキルが解放される。手触りがスベスベで集中力の妨げにならない】
【後衛の制服・靴+99 防御力7+99 魔力アップ極小 魔力回復量アップ極大 魔術防御アップ大 言語理解:不思議な布で出来た制服で、少し魔力が上がる。+99まで強化することによって、後衛向けで学生的なスキルが解放される。歩いても疲れにくいのでキュートな後衛にも最適】
「――という性能かな」
「なるほど! ……なる……ほど――ごめん。やっぱり私には、まだ性能の話はよくわからないわ……」
「そうだね。こればっかりは実際に魔術師として立ち回ってみないとわからないと思う」
二人の代わりに、魔術師であるルインが解説に入る。
「んー、後衛装備にしては+99で素の防御力が破格だぞ。大抵は柔らかいから。しかも魔術師は裸での防御も、鍛えてる脳筋と違って難ありだしな。あとは~……スキルだな。【魔力アップ極小】は雀の涙だけど、無いよりはマシのDスキルランク相当。【魔力回復量アップ極大】は魔術師なら喉から手が出るほどに欲しいRスキルランク相当だ」
「ポンポンとスキルが付く【装備成長】……ヤバいわね……」
「ああ、ミースはあまり自覚してないけどスッゴくヤバいぞ。……っと、解説に戻るとだな、【魔術防御アップ大】はAスキルランク相当で、ちょっと面白い方向性に思える」
「面白い方向性?」
プラムは首を傾げた。
なぜ盾役でも無いのに防御系のスキルがついているのかと。
「観察していた小娘なら覚えているだろうが……アタシは何回攻撃された?」
「えーっと、三十回くらい……あっ!?」
プラムはメモを見て気が付いた。
魔術師のルインが攻撃されたのはすべて魔術による攻撃だったのだ。
他の物理的な攻撃は、近付かれる前にすべて前衛がカットしている。
「そうだぜ、後衛が受けるほとんどの攻撃は遠距離からだ。物理遠距離攻撃を仕掛けてくるモンスターもいるが、もう片方の魔術だけでも軽減できるのなら儲けもんだぞ」
もちろん、近接攻撃を食らって死ぬ後衛もいるのだが、今回は優秀な前衛がいて平気だということだろう。
ルインは口には出さないのだが、そこは認めているようだ。
「なるほど……これは性能が良い装備というのはわかったわ……で――」
それを着てみたプラムはくるりと一回転して、制服のスカートをなびかせる。
なぜか無言の圧で言葉を待たれているような気がしたミースは、よくわからずに冷や汗をかきそうになった。
一分後、プラムが口を開いた。
「どう?」
「ど、どうって……後衛の制服……かな!」
「………………そ、そうね。後衛の制服よね」
ミースは後衛の制服だということが伝わったようでホッとした。
パシッとゼニガーに叩かれた。
「アホか!」
「えっ、何がさ!?」
「アホだぞ」
「ルイン先生まで!?」
プラムは好きな人の前で新しい服を着て、その感想を聞きたかったのだ。
できれば可愛いと言って欲しかったのだが、そういうことを察せないのもミースらしいなと思った。
「そういえば、本当にルイン先生の分は制服を作らなくていいの?」
「道中でも言っておいたが、アタシのことは気にしないで良いぞ。ハインリヒ様のために動いてるだけだからな。それに性能よりも、好きな人――ハインリヒ様からもらった服を着続けたいというのもある。小僧、わかるか?」
(ナイスキラーパスや! ルインはん! さすがにこれでミースも気が付くでぇ!)
内心ガッツポーズのゼニガー。
しかし、ミースは純粋に感嘆する表情を見せた。
「まさに忠臣だね!」
「いや、そうなんだけど……。はぁ、そろそろ制服のダンジョンボスに挑むぞ」
ミースだけワクワクの表情で、一行はボス部屋の扉を開けたのであった。
たぶんガチャンダナ神様、フレーバーテキスト的に後衛の方が好きに違いない。