動く制服
「さてと、生徒との愉快なスキンシップはここまでにして、そろそろ狩りを始めるぞ」
「……ワイが顔面に良いのもろただけな気が」
「小僧、予備のひのきの棒+99はあるか?」
小僧と呼ばれて一瞬誰かと思ったが、自分だと気付いたミース。
大収納から予備のひのきの棒+99を取り出して、ルインに渡した。
「ルイン、どうぞ」
「学校に入ったときのために先生と呼んで慣れておけ。正直、先生なんてむず痒いが……」
「た、たしかに……ルイン先生!」
微妙に嫌そうな表情のままルインは話を進めていく。
ひのきの棒+99を握り、ミースをジト眼で睨む。
「……アタシの鑑定だとわからないから、小僧の鑑定で確かめてくれ。どのスキルが発動しているか」
「えーっと……」
【ひのきの棒+99 攻撃力1+99 聖属性(未発動) 成長率アップ(未発動) ドロップ率アップ(未発動):ただの木の棒。+99まで強化すればオリハルコンのように硬くなり、武器スキルが解放される】
「聖属性、成長率アップ、ドロップ率アップのすべてが未発動……」
「そんな予感はしていた。ほら、プラムミントも試してみろ」
「えっ?」
ルインはポイッと、プラムにひのきの棒+99を投げ渡した。
ミースはそれも鑑定する。
【ひのきの棒+99 攻撃力1+99 聖属性 成長率アップ ドロップ率アップ:ただの木の棒。+99まで強化したことによりオリハルコンのように硬くなり、武器スキルが解放された】
「プラムは全部のスキルが発動している」
「じゃあ、プラムはそれを持ってな」
「わ、わかったわ!」
そこでふとミースは、無邪気な質問をしてしまった。
「プラムも一緒に敵を殴る?」
「……ううん、足手まといだから後ろで見ておく」
なぜかプラムは悲しげな顔をしていた。
ミースとしては、死んでも平気な普通のダンジョンだし、ひのきの棒+99なら適当に殴っても何とかなりそうだと思っていたからの発言。
だが、ルインにたしなめられることとなる。
「はぁ~……そういうところをハインリヒ様は心配してんだぞ。まぁ、冒険者学校に行けばわかるとは思うが……」
「え?」
「普通は生き返れるとわかっていても、初めてのダンジョンで覚悟決めて戦える奴は少ねぇ」
「そ、それじゃあ、プラムは後ろから魔術で援護を……」
「それも今回できねぇ。いくらプラムミントが【賢者】っていうSSRのレアスキルを手に入れているからって、加護を与えてくれる精霊への理解を深めていなければ、魔術は使えない」
「あ……」
ミースはそこで初めて、どれだけ無神経なことを言ってしまったかというのを理解した。
知らずとはいえ、プラムが気にしている部分にズケズケと踏み込んでしまったのだ。
「ご、ごめんプラム……」
「ううん、悪いのは私だから……。で、でも! 前衛の二人と、魔術を使うルイン先生がどんな感じでコンビネーションを行うのか観察して、それを後々に活かすわ!」
「プラム……」
今はまだ、自分だけ何も出来なくて歯がゆいはずなのに、それでも前向きに努力をしようとしている。
ミースは彼女のことがもっと好きになってしまった。
がんばるぞ、という気持ちが湧いてくる。
「ええやん、ええやん。早くも良いPTの兆しが出てきたでぇ! ほんなら、良い感じにまとまってきたから初戦へ行こうや! ルインはん、制服をドロップする敵はどこや!?」
二人に感化されてゼニガーもやる気だ。
敵はどこだと聞かれたルインはというと――何やら微妙な表情で、教室のような小部屋の中を指差した。
「……アレだ」
「……アレかいな」
覗き込んだゼニガーは気合い充分の表情から一転、同じく微妙な表情となった。
疑問に思ったミースも小部屋の中を覗き込む。
なぜ微妙な表情になってしまったのか理解した。
「……アレかぁ」
そこにはブラウンカラーの制服がフワフワと浮かんでいた。
洗濯物が風で飛ばされただけかとも思ったが、きちんとズボンや靴、剣もセットになって歩く仕草をしているので、そういうモンスターなのだろう。
何ともシュールだ。
最後に覗き込んできたプラムは他のダンジョンを知らないのか、純粋な疑問を投げかけてきた。
「ねぇ、ミース? ダンジョンってこんな感じのモンスターが多いの?」
「制服と戦うのは初めてかな……」
プラムに初めて見せるモンスターがこれというのも、何ともいえないものがあった。
ミースはそんな考えを振り払いつつも、さっそく戦闘を開始することにした。
「ルイン先生、釣りをお願いできますか?」
「はいよっと。アタシはアタシで普通の魔術師っぽく動くから、小僧と木偶の坊は普段通りに戦ってみるといいぞ」
「はい!」
ルインは腰に帯びていた短杖を手に取り、振りかざして、動く制服に向かって初級火魔術を放つ。
「ファイア・アロー! っと、アタシのは詠唱破棄してるから、そこは気にせずな」
文字通りの火の矢であるファイア・アローは動く制服に当たり、布の表面を軽く焦がした。
「ほれ、釣りをしたか弱いアタシが攻撃されちまうぞ。何とかしろ木偶の坊」
「わぁっとるわい!」
動く制服が釣られて小部屋から出てきたところを、ゼニガーが盾を叩き付けてヘイトを取る。
ミースも銀の剣+99で斬りかかろうとしたのだが、何か暖かい輝きに包まれた。
「ファイア・アタック。エアー・スピード。攻・速の強化魔術サービスだぞ。といっても初級だからそこまで効果はないけどな」
「ルイン先生、ありがとう!」
ミースは気持ち身体が軽くなり、筋力も増した実感を得た。
その昂ぶる気持ちの勢いのまま、動く制服に斬りかかった。
ゼニガーに気を取られていた動く制服は、横っ腹にダイレクトに斬撃を食らう。
「さすが防具のモンスター、少し硬い!」
一撃では倒せず、動く制服はミースの方へと飛びかかろうとした。
バフで予想以上にヘイトを上げてしまったせいだろう。
「反撃か!?」
動く制服は手に持った剣を振ってくる。
ミースは攻撃続行では無く、防御か回避のどちらかにしようという思考になろうとしていたのだが――
「アース・バインド!」
動く制服が飛びかかる前に、ルインの蔦のような初級土魔術によって拘束されていた。
ミースはその隙を見逃さずに、動く制服の胴体へと剣を一閃。
動く制服は魔素に還り、ドロップアイテムである〝制服〟が落ちたのであった。
ルインはドロップアイテムを見て、うんざりとした表情を見せた。
「うへぇ……本当に一発で落ちやがった。アタシのときは全然落ちなかったってのに……」
「す、すごい!」
「はいはい、小僧のドロップ率アップはすごいな」
「違う! ルイン先生の魔術がすごい!」
「……え? アタシの魔術?」
ふてくされていた表情だったルインは、褒められてまんざらでも無いようだ。
ニマニマと照れている。
「そ、そうか? まぁ、魔術師ってのはスタイルによって色々とできるからな。オールマイティな賢者っぽく振る舞ってみたってわけだぞ。ふふん、あとでハインリヒ様にもアタシの素晴らしさをいっぱい伝えておけ」
こうして制服のダンジョンの初戦が終了した。
ミースとしては、レドナが後衛だったときは弓の特化的な動きで、ルインが後衛の今は魔術の汎用的な動きと感じた。
どちらも一長一短だが、楽しいPTになりそうだと思った。
ちなみに動く制服のドロップは――
【前衛の制服・上 防御力10 力アップ極小 スタミナアップ極大(未達成) 力アップ大(未達成) 言語理解(未達成):不思議な布で出来た制服で、力が少し上がる。+99まで強化することによって、前衛向けで学生的なスキルが解放される】
ルインが言うには動く制服には種類があって、それに対応した前衛、盾、後衛などの制服が落ちるらしい。