制服のダンジョン
「さて、到着だぞ」
――とルイン指差したのは人でごった返すダンジョンの入り口だった。
それも冒険者だけではなく、教会からやってきた僧侶たちもいる。
どうやら無謀にもダンジョン経験が無い入学者が潜って、中で死亡して蘇生の順番待ちが出来ているようなのだ。
そして、一番多いのが制服を狩って一儲けしようという中級冒険者たち。
ついでに入学者の死体を回収して小遣いももらえて一石二鳥というところだろうか。
「……うーん、すごい賑やかだね」
「まぁ、ワイが言うのもなんやけど、金のために冒険者を効率よくやってたらこうなるのかもしれんなぁ……」
「町から近いし、金策としては狙い目なのかもね……。これは大変そうだ」
ミースの〝大変〟という意味は取り合いというだけではなく、ドロップ率アップなどのスキル効果が多くの人間に見られてしまうという心配だ。
少数相手なら誤魔化せるかもしれないが、複数PT同時の目撃者ともなれば噂の域から確信へと変わってしまう。
「そんなときのためにアタシがいるに違いないぞ。さすがハインリヒ様……そこまでお考えで……」
「ルインはん、表情をコロコロ変えて悦に浸っているところ悪いんやけど、どういうことや?」
「アタシは以前、このダンジョンに深くまで潜ったことがあるんだ。だから、アタシがいればショートカットで人の少ない深層へ行けるわけだぞ。ちなみにどこでもドロップは変わらないから、わざわざ深層まで行く冒険者はまず居ない」
「おぉ! やるやんルインはん! ハインリヒ好き好き言うだけの猫耳やなかったんやな!」
「……木偶の坊、お前一人だけ深層に放り出してやろうか」
そんなことを片眉をピクピク吊り上げながらルインは言うが、とりあえず一行はショートカットの転送でダンジョン深層へと向かうことにした。
***
「おぉ~……ここのダンジョンは何というか……雰囲気が独特だね……」
深層の中の光景は、おおよそダンジョンとは言いがたいモノだった。
床は板張り、壁はレンガを積み上げて作ってある。
ところどころ窓はあるのだが、ガラスの向こう側は何も見えない。
脇には小部屋が複数あり、上の方の札に数字が書かれている。
これは外の世界で見たことがある。
「……これ、もしかして学校かいな?」
「模してるのかもな。ダンジョンっていうのは、どこもふざけたもんだよ」
ルインがやれやれと当たり前のように振る舞っているのだが、ここを初めて訪れたミースたちにとっては本当にダンジョンか学校かの見分けが付かない。
窓の外に空が映っていたら完全に学校だ。
「ところでこのダンジョンの名前は?」
「……〝制服のダンジョン〟」
「そのまま!?」
「ダサかったからあまり言いたくなかったんだよ……!」
そのルインの嫌そうな言葉のニュアンスから、ミースはふと疑問が浮かんだ。
「なんでルインは、そんなダンジョンの深層まで入っていったことがあるの?」
「……それは……だな……。可愛い制服を着てハインリヒ様に見せたかった。当時は低層も深層もドロップが変わらないって知らなかったから、ひたすら落ちなくて潜り続けたら……」
「ルインはん、意外と可愛いところあるやん!」
「意外とは余計だ! アタシはハインリヒ様の前ならいつでも可愛い!」
ゼニガーにおちょくられ、ルインはカチンと来たようだ。
そのまま言葉の勢いなのか、着ていたローブをバッと脱ぎ捨てた。
ローブで隠していないルインの姿を見たのは初めてかもしれない。
猫耳は時々出ていたのでわかっていたのだが、赤みがかった黒髪はポニーテールにまとめ上げられていて活発な印象を受ける。
瞳の色は真紅で、体型は思っていたよりもスレンダーだ。
しかし特筆すべきは、その服装であった。
味気のないローブとは対照的に、オフショルダーにプリーツスカート、黒タイツ、シトリンの髪飾りと女の子っぽいオシャレさを感じる。
「だ、誰やあんさん!?」
「アタシはルインに決まってるだろ! さすがにローブのままじゃ戦いにくいんだよ」
いい加減殴るぞ、というところで、今まであまり喋ってなかったプラムが眼を輝かせ始めた。
「か、可愛い服。もしかして、シトリンはハインリヒさんの眼と同じ色ということで合わせてる!?」
ただ驚くだけのゼニガーと違って、年頃のプラムは女子らしい反応をしていた。
「よくわかったな! そう、この服はハインリヒ様に選んで頂いた超お気に入りだ! シトリンの髪飾りはチラチラ見てたらプレゼントでもらえた!」
「ステキね! そういうのってステキだわ!」
「くぅ~……! 十剣人もそういうのわかる奴いないし、このPTの男共も似たようなものだし……気付かれてちょっと感動しちまったぜ!」
ルインとプラムは何やらキャイキャイとやっているなーと眺めていた男二人だったが、引き合いに出されてグサリと心臓に何か刺さるモノがあった。
だが、オシャレや乙女心がわからなく、反論の余地はないので耐え凌ぐ。
そうしている内に、ルインだけ男二人の方へやってきて、コッソリと耳打ちをしてきた。
「おい、おまえら。もうちょっと小娘に構ってやれよ。最近元気がなかったのに気付いていたろ?」
「気付いていたけど……なんで元気が無いのかよくわからなくて……」
「せやな~、腹が減ったとか、金欠とかでもないわけやし……」
「にっぶ!? いや、15のガキには仕方がねぇか……」
顔が密着しそうな位置でルインが眉根を寄せてきている。
「そういうルインだって俺たちと年齢は変わらないんじゃ……?」
「バーカ、アタシはおまえらよりもずっと年上だ」
ミースは首を傾げた。
たしかに人間より長い寿命や、加齢による外見変化が緩やかな種族は存在する。
エルフ、ドワーフ、ハーフリング、リザードマン、吸血鬼、自動人形、竜人、精霊、神の眷属などだ。
しかし、獣人は獣の特徴があるものの、人間部分の加齢は特に変わらないはずだ。
その獣人のルインの言うことが正しいのなら、何か特別な理由があるのだろう。
ゼニガーも同じ疑問を覚えたのか、ルインに対して特大の地雷を踏み抜くこととなる。
「ほんなら、愛しのハインリヒはんよりも年上っちゅうことかいな?」
「ふんっ!」
「ぐほぁっ!?」
ルインのグーパンが、ゼニガーの顔面に直撃した。
「木偶の坊、良い授業になったな……油断して魔力防御をしていないときはダメージが素通りするぞ……! ちなみにアタシはちょっとお姉さんなだけだ! 小僧もわかったな!」
「は、はい!」
思わず敬語で答えてしまうミースであった。
ちなみにミースが小僧、ゼニガーが木偶の坊、プラムが小娘呼びらしい。
先生と言うより軍隊のスパルタ教官のようだ。
金策で盛り上がっているダンジョンが人でごった返すのは、ネトゲで親の顔より見た光景。
そしてなぜ入り口が込むかというと、初見や空いている時間帯に来た人間が「どうせすぐ出るだろ~」と楽観的に狩り続けるも出なくて、かといって今更移動するのもな~となって少し取り合いになってもその場で狩り続けるという心理だと思います(実体験)。