後悔してないんや
本日三話投稿予定(リアルタイムで必要最低限の推敲中なので少々お待ちを……)
「……というわけで第五階層到達したんやけどなぁ」
「うーん、ちょっと肩透かしだよね」
第五階層の聖域。
モンスターの異常によって、三人は予想外に早く到達してしまった。
第四階層のために気合いを入れていたので拍子抜けしてしまう。
「んー、このままラストの第五階層を進んでまうんはどうや?」
「それもありだけど……」
事前の情報では、第五階層の構造はボスフロアまで一直線の回廊が続いていて、そこに敵が少数配置されているだけらしい。
その敵は障害というより、ウォーミングアップに使ってくれという意図すらありえそうに感じる。
「たしかに今の時間なら雑魚とボスを倒して脱出できそうだけど……失敗は許されない。慎重に一晩休んでから行こう」
「当機もそれに賛成であります。目には見えませんが、疲労が蓄積しています」
「せやな、無理に急がんでもええか」
そう納得し、三人はキャンプの準備を始めた。
さすがに二回目ともなると、慣れてきたものである。
「ふぅ~、食った食った。満腹や~」
「お粗末様でした」
「昨日より美味しかったであります」
今回は時間やメンタルに余裕があったので、料理もきちんと作った。
昨日の生煮え野菜のスープの汚名を返上した。
「大収納があるんやから、もうちょっと食材の種類を増やしても良かったかもしれんな」
「たしかに。日帰りだとダンジョンは〝戦う場所〟って感じだけど、二泊三日となると食べ物とかの重要性もわかってくるね」
今回のダンジョンは様々な反省点が見えてきた。
戦闘部分では色々とわかっていたつもりだったのだが、まだまだダンジョンというモノは奥が深い。
「料理は先に下ごしらえした物を持ち込んでもいいかもであります」
「そうだね。大収納の中だと腐りにくいみたいだし」
「疲れてると下ごしらえする気力もわかんからなぁ~。あー、それに寝る場所や、寝る場所」
ゼニガーはマントにくるまり横になって、その硬い床をペシペシと叩いた。
「寝にくい! なんちゅうか、こう……硬いし冷たいんや……!」
「基本的に新人冒険者は荷物がかさばらないように厚手のマントだけ寝るけど、これも大収納でもっと色々と用意してもよさそうだよね」
「せやで! まぁ、フィールドと違って風はないからテントが必須っちゅーわけでもないけどな。でも、もし……女子なんかがPTにいたらテントがないと大変なことになりそうや!」
話を聞いていたレドナがサッと挙手をする。
「女子、いるでありまーす」
「レドナはんに色目を使うはずないやろ~……性格がアレやし。……はぁ~~~~……女子、PTに来ぇへんかなぁ……」
「ZYXパンチをするぞ、ゼニガーこの野郎」
取っ組み合いが始まったが、ミースは反省点として次回へ活かそうと考える。
厚手のマントを寝袋代わりにするのはいいのだが、下に一枚フライシートを敷くだけでも大きく変わりそうだ。
それに今後の事も考えたらテントがあってもいいかもしれない。
まだ報酬の残りもかなりあるし、その辺の購入も考えておくことにした。
「また次にダンジョンに潜るとき、この三人で色々と買い物をしようか!」
「せ、せやな……! レドナはん馬乗り重い……!」
「賛成であります。オラオラ」
とても仲の良い二人だとミースは笑った。
「二人とも~、明日に備えてそろそろ寝よう」
「「はい」」
三人、川の字になってマントにくるまって寝ていた。
ミースは何となく寝付けず、ダンジョンの天井を眺めた。
素材は石のようだが、魔力のせいか外と同じくらいの明るさを提供してくれる。
「なんや、ミースはんも寝られへんのか?」
「うん、もしかしたら緊張しているのかもしれない」
同じく寝付けなかったらしいゼニガーが小声で話しかけてきた。
大雑把そうな性格だと思っていたが、そうでもないらしい。
「なぁ、前からちゃんと聞きたいと思ってたんやけど、ミースはんはどうして冒険者になったんや? プラムミントはんを助けるための現状はわかるんやけど、もっと根底の部分とかや」
「根底……か。話せば長くなるけど――」
ミースは自分の生まれから、酷い親の下で育ったことからすべて話した。
そこから抜け出すきっかけをくれたのがプラムだということも。
そして、それと同じくらい大切な仲間二人と出会ったという話をしているところで――ゼニガーの様子がおかしいことに気が付いた。
「ゼニガー?」
「な、なんでもあらへん!」
なぜか目元を拭っているのだが、眠くなってきたのだろうか。
「そういえば、ゼニガーもどうして冒険者になったの?」
「なりたいのは冒険者……と商人やな。昔、冒険者でダンジョンに潜って、それを商人として売るっちゅーごっつい奴がおってな、それに憧れたんや。まぁ、どうしてそれに憧れたのか……とまでいくと、ワイも話が長くなるでぇ」
「いいよ、聞いてみたい」
「しゃーないな~」
その言葉とは裏腹に、安心して秘めていた過去を話せる――とゼニガーは嬉しそうだった。
***
ゼニガー・エンマルク――本名ミンネゼンガー・ホーエンベルクは、このレーベントリプス王国から少し離れた場所の出だ。
ホーエンベルク家は手広く商売をやっている豪商であり、その資金力によって貴族の座も手に入れている。
借金がある各国の王族も頭が上がらないという。
そのホーエンベルク家の嫡男として生を受けたのがミンネゼンガーだ。
『ミンネ、お前はホーエンベルクを継ぐに相応しい男になるのだ』
『そうよ、そのためにミンネを産んだんだから』
ゼニガーの両親はそれが口癖だった。
それに対して、いつも機械のように決まった返事をする。
『はい、オレは立派なホーエンベルク家の跡取りになります』
愛情を感じたことなど一度も無い。
物のように扱われるのが嫌だった。
ただ従う機械のようにはなりたくなかった。
意味も無く叫び出したかった。
心が壊れそうだった。
そんなある日――ゼニガーの誕生日。
一度も両親から祝って貰ったことのない無意味な日だったが、思いがけない出会いが訪れた。
ふと、立ち入ってはいけないと言われていた〝離れ〟の窓が開いているのに気が付いた。
『あれは……』
そこから老人の顔が見えた。
皮がたるみ、シワだらけなのだが、傷だらけで不思議と貫禄がある。
何故かゼニガーは老人に興味が湧いた。
立ち入ってはいけないと両親に言われていたのだが、興味は抑えられない。
小さな反骨心が芽生え、〝離れ〟へと向かった。
『おー! ワイの孫、よぅ来たな!』
『……オレの祖父、なのですか?』
不思議な話し方をする老人は、ゼニガーの祖父だった。
どうやら両親が会わせたがらなかったらしい。
その理由は、日々そこに通い詰める内に分かってきた。
『ワイはなぁ、この腕一本でお宝をザックザック手に入れてたんやでぇ!』
『冒険者……冒険者! すごいです!』
『そんで、ワイ一人では使い切れんほどになったから、商人としても活動してみたんや。それがまぁ、ぎょーさん売れてなぁ』
堅苦しい貴族の嫡男としての生活では知り得なかった、冒険者としてのスリルやロマン、商人としての人々との繋がりなど色々と話してくれた。
ゼニガーは目をキラキラさせて話に聞き入った。
『ほんま、そないに夢中になって聞いてくれて嬉しいなぁ』
『オレもいつか! …………いえ、父様と母様が許してくれないですね……』
『なんでや? 別に親だからって言うことを聞く必要はないんやで?』
ゼニガーは当たり前のことを言われただけなのだが、今までその発想がなかった。
自由に生きるという発想。
『子どもはやりたい事をやればええんや。親の所有物やない……。まぁ、そうやって自由にさせてたら、ワイの息子は資産をぶんどっていって、好き放題してたようやけどな! わはは!』
ひとしきり笑った祖父は、ゼニガーに一枚のチケットを手渡してきた。
『15歳になったら、これを使うてみぃ。どんなゴミスキルを引いたとしても、それをどう使うかはお前次第や』
数日後、祖父は亡くなった。
不思議と悲しくはなかった。
胸に熱いモノを残してくれたのだから。
そして、15歳になったゼニガーはホーエンベルク家を出て、ガチャンダナ神殿がある始まりの町アインシアへとやってきたのだ。
***
「っちゅう感じやな」
「へ~~~~~~、ゼニガーって良いところの子だったんだ……敬語で話した方が良いのかな……」
「はっ、ワイはもうミンネゼンガー・ホーエンベルクやない。ただの冒険者で大商人を目指すゼニガー・エンマルクや!」
ミースから見えるゼニガーの横顔はキラキラと輝いて見えた。
そこでふと、なぜか聞いてみたくなった。
「ゼニガーは後悔していない?」
「何に後悔するっちゅうねん。家を出たのも、名前を捨てたのも自分の意志や」
「いや、俺なんかとPTを組み続けていることを……。ゼニガーのお爺さんみたいな凄い人になるには、もっと別の……」
「アホ抜かせ、じーちゃんだって最初からすごかったわけやない。……まぁ、ワイも最初はひのきの棒+99を急いで売ろうとしたりと馬鹿過ぎることもやってもうたが……」
ゼニガーは唯一の汚点を思い出して苦笑いしてしまう。
「そこから先は――後悔してないんや。……それこそ死んでも後悔せん!」
「ゼニガー……」
「ちゅーても、ワイが死ぬわけないけどな! 生きて、この手で大商人になる夢を掴むんや! もちろん、この三人でな!」
「うん!」
ゼニガーは石の天井に腕を伸ばして、大きく手を広げていた。
夢は届く所にあるとでも言わんばかりだ。
――というところで、横からボソッと声が聞こえてきた。
「そろそろ寝ないと明日起きられないであります」
「うおっ、レドナはん起きてたんか!?」
「あはは、ごめん。起こしちゃったかな」
そうして今度こそ、三人は眠りについたのであった。
***
「それじゃあ、第五階層の攻略を始めようか!」
「行くであります」
「まぁ、ボス部屋までのザコで肩慣らしでもしようや」
朝、三人は聖域を抜けた。
突如、それはいた。
四つん這いになった巨人のような大躯、腐って溶け始めている茶色い肌、全生命の上位だと主張するような長い角と牙と翼。
白濁とした巨大な目と目が合った。
聖域のダンジョンボス――ドラゴンゾンビが待ち構えていたのだ。
「なん……で!?」
無情にも横薙ぎにされる巨大な爪。
三人は聖域へと吹き飛ばされた。
ミースは麻痺の状態異常を食らって動けなくなったが、聖域の中なら安全だと思っていた。
しかし――
「ありえないだろ……」
ドラゴンゾンビがボスエリアから出てきて、さらに聖域を抜けてきた。
しかも、その後ろから大量のモンスターたちも押し寄せてきている。
その数は百以上。
直感、これはスタンピードだ。
圧倒的すぎる。
この状態で抗う術は無い。
あるのは無慈悲なる〝死〟だけだ。
もうダメだと目をつぶりそうになる。
「動けるのはワイだけかぁ……。そういえば、耐麻痺の指輪を装備しっぱなしやったなぁ……」
ミースは、ゼニガーに向かって逃げろと言いたかった。
だが、口が動かない。
「ミースはん、レドナはん、ちょっと場所を移動させるで」
ゼニガーは二人を抱えて、〝く〟の字型の壁際へと置いた。
そして、自らの身体を盾にするかのように覆い被さる。
「じーちゃんが言うてた『どんなゴミスキルを引いたとしても、それをどう使うかはお前次第や』って、きっと今のことやろなぁ」
ゼニガーはどこか懐かしそうに笑みを浮かべた。
「ワイのスキル【石になる】は、このためにあったのかもしれんな」
以前、ゼニガーは言っていた。
【石になる】は脆すぎて、すぐに砕けてしまうと。
このモンスターの大軍と、ボスであるドラゴンゾンビに囲まれている中で耐えられるはずがない。
「そない心配そうな顔をせんといてや。ワイはゴロストンのダンジョンで思いついたんや。ただの石やのうて、鉄鉱石、いや……金剛石ならもっと硬くなれるんやないかと」
ミースからは、後ろのモンスターたちがひしめき合って潰れて、その中には小さなダイヤゴロストンも砕けているのが見えた。
無理だと叫びたかった。
「ミースはん、レドナはん。そんな顔はせぇへんといてや。たとえ、この身が砕けようとワイは後悔してないんや」
ゼニガーの身体が徐々にダイヤモンドに変化していく。
「だから――大事な二人を守ってくれや、ワイのスキル……!」
そして、もはや聖域ではなくなったこの場所に、嵐のようなスタンピードが巻き起こった。
面白い!
続きが気になる……。
作者がんばれー。
ゼニガー……。
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