一騎当千、十剣人
行軍する数千の兵士たち。
彼ら一人一人が人間とは違う強靱な悪魔の身体を持っており、すでにデバフで死に体である神殺しの団に対してへの命令に不満を持っている者も多かった。
「うへぇ~……面倒くせぇ~……」
「おい、これくらいでぼやくなよ。ここで十剣人の首でも持ち帰れば、一兵卒から抜け出せるかもしれないぜ?」
「どうせ、全部ヴィアラスカ様の手柄にされるんだろ~……。オレたちが用心のために先行してるのにさ~……」
二人は十年後のループでも一兵卒だったのだが、それはミースしか知らない世界線だ。
そんな行軍中、前方に奇妙なものを見た。
「……ん? アレはなんだ?」
女性の人影だ。
それもたった一人で立っている。
「おいおい、一般人が偶然居合わせちまったのか? 不幸な人間だぜ」
「いや、もしかしたら神殺しの団のメンバーが逃げてきたのかもしれない。ここは首を取って手柄を――」
悪魔の兵士は張り切って武器を構え、その人影へ近付いていった。
「……獣人か? 珍しいな。格好も見たことのない服だ……」
「こんにちは~、悪魔さん! 戦いなんてくだらないと思わない? 代わりに、あちきの歌と踊りを見ていってよ~!」
急に歌と踊りを披露し始めた人影――それは青歯王、四月朔日ぽんただった。
ウィンクと共にタヌキ耳をピコピコと可愛く動かし、和装をヒラヒラとさせながら元気に踊る。
戦場では場違いすぎる光景だ。
「は? こいつ、頭がおかしくなっちまったのか……? オレはそんなのに興味がないから死んでもらうか」
「お、オレは結構好きだな……」
「……ヴィアラスカ様に殺されるぞ?」
「それはヤバい。よし、殺すぜ!」
その二人の背後で同じように様子見していた兵士たちも槍を構える。
そして、踊っている最中のぽんたに対して槍を一斉に突き刺す。
無残、ハリネズミのような姿になってしまった。
「よっわ! やっぱり、ただの一般人だったか……?」
「お、おい……なんか様子が……」
あまりにもあっさりと刺し殺せたことで気が緩んでいたが、死体がおかしいことに気が付いた。
黒い泥のように、影に溶けて消えてしまったのだ。
「な、なんだこりゃ……」
未知は恐怖を呼び起こす。
悪魔の兵士たちがざわめくと、背後から声がした。
「う~ん、気に入らなかったかな? もっと流行の歌じゃないとダメなのかな~。芸の道は厳しい~!」
「ひっ!? 死ねっ!!」
有無を言わさず、悪魔の兵士はぽんたの首をはねる。
ぽんたは飛んでしまった首を片手で受け止めながら、にっこりと笑った。
「あ、よかった。歌が気に入らないんじゃなくて、ただ殺意が高いだけだったんだね!」
「ば、バケモノ……!?」
「それじゃあ、もう仕方ないよね。視聴者さんじゃないなら――」
「ち、近寄るなぁぁぁあああ!!」
ぽんたは心臓を突かれようと、胴体を真っ二つにされようと、即座に復活して迫ってくる。
それは存在のに、非存在。
裏側の世界からの不滅、無限の影。
Fスキル【仮想身体】。
まるで終わらない悪夢だ。
笑顔、笑顔、笑顔が近付いてくる。
彼女は、発狂している悪魔の兵士の頭部をガシッと掴み、楽しそうに言った。
「あなたたち、敵だね~」
「ぎゃあああああああああああああァァァアアアア!!」
絶叫の後に、脳髄と血飛沫が飛び散った。
***
一方、そこから少し離れた戦場。
好戦伯ゾンネンブルクが多勢に無勢で戦っていた。
周囲の兵士たちを装備したメリケンサックで殴り倒していって強いことはわかるのだが、一騎当千というほどではなかった。
人間にしては善戦しているという程度だろう。
それを遠くから眺めていた小柄な悪魔は笑った。
「うへへへ! あの程度の奴なら疲れたところを狙って倒しちまえば余裕だ!」
そう言ったところで、背後に気配を感じた。
それは一回りも、二回りも身体の大きい屈強な悪魔だ。
「気にくわねぇ! 女一人に情けねぇ!」
屈強な悪魔はイラついた拳を、小柄な悪魔に振り下ろした。
「ぷげっ!?」
小柄な悪魔の頭部は陥没させられて倒れてしまう。
「おいおいおい、テメェらどけぇ! そんな雑魚たちが群がってたんじゃいつまでたっても終わりゃしねぇ! この上級兵士のオレがタイマンで勝負を決めてやるぜ!」
屈強な悪魔の強行を恐れてか、他の兵士たちは引き下がって道を空けた。
ゾンネンブルクがそれを見てニヤリと笑う。
「いいのか? 私は強いぞ」
「強いだぁ……? はっはぁー! 見てたぜぇ! 兵士相手に善戦はしてたが、あれくらいじゃオレには勝てねぇ!」
「ほう。お前、強いのか?」
「あぁ、兵士の中じゃ一番つえぇ。……よく見ると綺麗な顔で、デッケェ乳してるじゃねぇか。好みだ。勝ったらオレのオンナになれ!」
ゾンネンブルクはやれやれというポーズをした。
「英雄色を好むと言うしな。貴様が真の英雄なら、身を捧げるのも吝かではない」
「それじゃあ、タイマンだオラァ! つまんねぇから、オンナだからって一発で沈むなよぉ!!」
「同感だ」
一対一の戦いが開始された。
ゾンネンブルクのFスキル【好戦】が発動。
彼女が装備しているメリケンサックが黄金色の魔力を放ち、恐ろしいまでの威圧感を与えた。
「私はタイマンになると力が百倍程度に上がる。折角だから一撃で沈むなよ」
「えっ、ちょっ、待っ――ぴ」
ただのパンチ。
屈強な悪魔は悲鳴すらあげることを許されず、バラバラに飛び散った。
周囲に血と臓物の雨が降り注ぐ。
兵士たちは呆然としてしまう。
「残念だ、お前たち悪魔は脆すぎる」
***
十剣人が戦場で戦い始めたために兵士たちは混乱していた。
「ど、どうなっているんだ!? あいつらはデバフでやられてまともに戦えないって情報じゃ!?」
「ひぃぃぃい!! 報告では、斬っても突いても死なない無敵の獣人と、ワンパンで上級兵士をバラバラにする褐色メイド……!? オレたち一般兵士が勝てるわけねぇ!」
「で、でも……逃げたらヴィアラスカ様に殺されっちまう……」
蟲のヴィアラスカ所属の兵士たちは、トップに似て弱い相手を蹂躙できると聞いて志願した者が多かった。
自分たちより強い相手に戦いを挑む気概などない。
「ど、どうしたら……。あっ! いた! 弱そうなヨボヨボのジジイとババアがいやがる!!」
兵士たちは何とか言い訳できる程度に手柄を立てるために、戦場で一番弱そうな相手を見つけ出した。
その注目の視線に気が付いた二人――
「おー、こわ。最近、シモの方が近いから漏らしてしまうかものぉ」
「……妾の前でそういうデリカシーのない冗談はやめてくれんか」
十剣人で最も恐れられている老練伯アルヌールと、賢王ナバラだった。
この状況でも冗談を言えるくらいに余裕があった。
「いや~、じゃがのぉ~。ワシらは本当に身体はそんなに強くないしのぉ~」
「それじゃ、妾一人でやるかい?」
ナバラの挑発めいた問い掛けに、アルヌールはクシャッと目尻の皺を寄せて答えた。
「ヒョヒョヒョ、こんな面白いことを独り占めは許さんよ。左から半分はワ~シ」
「ほいほい、そんじゃ妾は右から半分」
二人は軽く言っているが、まだまだ兵士の数は多い。
最初の数の八割程度はいるだろう。
一人頭数千人を相手にするというのだから、悪魔側からしたら正気とは思えない。
「おい、ジジイ……あんま舐めてっと……痛いめにあわへる……あえ……舌が回らあい……」
アルヌールが担当する左側の悪魔が次々と痙攣しながら倒れていく。
それを満足げに見つめて、うんうんと頷いてから近付いていく。
「こっちは風下じゃからのぉ~。すでに毒煙を散布しておいたのじゃよぉ~」
「……老練伯、風向きが変わったら妾たちも喰らわぬか?」
「ヒョヒョヒョ! ちゃんと悪魔で何度も何度も何度も人体実験をして、人間には効かないように調合したからのぉ~。いや~、愉快愉快」
ピクピクとしながら、悪魔たちが恨めしそうに睨んできている。
アルヌールは機嫌が良さそうに満面の笑みだ。
「まるで『万全の状態なら腕力で倒せるはずだったのに』と思っとった顔じゃのぉ~? その通り、万全の状態ならヨボヨボのジジイなんて一捻り――」
アルヌールは懐から千枚通しのような物を取り出した。
「じゃが、悪魔を殺すにゃ力なんていらん。こう、動けなくなったところを急所に軽くプスッとやるだけで死んでくれるからのぉ」
「……ッ!!」
鎧の隙間、急所を突き刺していく。
次々と同じように兵士の息の根を止める。
淡々と、黙々と。
それは殺害しているというより、ただの単純作業のように見えた。
「老練伯は楽しそうに殺るねぇ。妾は疲れるから、そういうのはごめんさね」
ナバラは溜め息交じりにそう言った。
それを見ていた右から半分の悪魔たちはホッとした。
あそこまで強烈な老人が二人もいるはずがない。
「妾が動かすのは口だけ。神々の加護を受けし魔法を見せてしんぜよう」
魔法と聞いて悪魔たちは戦慄した。
それは魔界でも数えるほどしか使い手がいない、魔術の上位互換だ。
そんなものを食らえば一発で数百の悪魔が倒されてもおかしくない。
魔法を撃ったあとの隙に攻撃しようと思っていたのだが、かなりの犠牲が出そうだと考えてしまう。
「賢王のアレは見てて気持ちが悪いからのぉ」
「こりゃ、老練伯。人の三重詠唱を気持ち悪いとか……」
悪魔たちはその会話で察した。
ただでさえ強力な魔法を三重で詠唱するのだ。
生きて帰れない――と。
***
ゆっくりとだが着実に歩いて進んでいく蟲のヴィアラスカ。
このままならあと数分で戦場に到着するだろう。
そこへ伝令が走ってきた。
「ほ、報告です! ヴィアラスカ様!!」
『ん~……なんだ? 先行した部下たちが、オレ様のお楽しみをすべて奪っちまったのか? ったく、血の気の多い奴らだぜ~、ゲヒャヒャヒャ!』
「い、いえ……逆に大部分が壊滅しています……!!」
『ゲヒャヒャヒャ……ひゃ?』
遠くに見える戦場を巨大な竜巻、地割れ、火の壁が蹂躙し始めたところだった。
蟲のヴィアラスカはポカンとしてしまう。
あの規模は魔術ではありえない。
しかも、それが三つも同時に発生している。
あと数分もすれば兵士の大半が虐殺されるだろう。
『ど、どうなってやがる……。ワールドクエスト報酬で発生したデバフだぞ……。絶対にどうにもならないはずだ……!』
「――それは一人の少女の想いが〝絶対〟を覆したんだ」
蟲のヴィアラスカの前に、いつの間にか少年と女性が立っていた。
『な、何者だテメェら!』
「外道に名乗る名などない!」
『なにぃ……!?』
「だが、敢えて名乗るとすれば――風竜人たちの仇を討つ者だ!!」
様々なモノを振り落として、覚悟を決めている少年――ミースは腕組みをしながらカッと目を見開いていた。
『はッ! 風竜人の奴らなんてプチッと踏みつぶしたからあんま覚えてねぇんだわ! しかし、大口を叩いたからには……死ぬ覚悟はできてんだろうなぁぁぁ?』
「死ぬのはお前だ、蟲のヴィアラスカ……」
『オレ様を殺すだってぇ? ムリムリムリだろぉ! だってよぉ、オレ様が世界で一番巨大ぇ、つまり世界で一番無敵ぇ。つまりつまりィ、オレ様が一番最高ぇ!! どうだ、チビ! 正論に押し潰されたかぁ!』
蟲のヴィアラスカは、たしかに超巨大悪魔だ。
ミースとのサイズ差は恐ろしいほどにある。
このまま戦えば、どうやっても勝てないのは目に見えている。
しかし、ミースもそんなことは知っている。
知っているからこそ、用意をしてきたのだ。
「レドナ、頼む」
「了解、マスターミース。赤龍とリンク……成功。現座標を指定……成功。赤龍所属自律型ZYX、型式番号KSX-999 赤き巨人――転送!」
稲妻が落ちた。
光が発生し、霧のようなモノが充満する。
それは原子まで分解されて送られてきたモノだ。
奔流渦巻き、瞬時に結合し、組み上げられ、元の形を取り戻していく。
見えてきたのは赤い金属の塊だった。
五メートル程度あり、人の形をしている。
それは最強の人型同化兵器ZYX。
『なんだと……!?』
「――推して参る!」
今、長い長い一日――最後の戦いが始まろうとしていた。
本日のキャラデザ公開は受付嬢エアーデさんです。