神だって赦さない
ゼニガーとプラムが突然倒れて、ミースは看病を続けていた。
そこへ誰かがやってきた。
「……ルーさん?」
それは笑顔のルーだった。
足取りも軽やかにやってきて、こちらを見つけたようだ。
「ルーさん、どうしてここに? こちらから神殺しの団の本拠地に出向くはずで――」
ルーは限りなく透明で温かい何かを手渡してきた。
ミースはそれを受け取るとすべてを思い出した。
何度もやり直し、最後は十年も生きた記憶だ。
膨大なデータで酷い頭痛に襲われるが、そんなことを気にしている場合ではない。
目の前にルーがいるということは、まだミースのことを覚えていて、これを届けに来てくれたのだから。
もしかしたら、奇跡が起こって記憶が残ったのかもしれない。
嬉しそうに彼女の――妹として十年一緒にカフェを経営しながら暮らした大切な人の名前を呼んだ。
「ルーさん!」
彼女は明るく空っぽな笑顔を見せた。
「……ルー? 誰、それ?」
「あ……」
わかってしまった。
でも、それでも――
「ルーさんは……ルーさんの名前ですよ……。あはは……冗談がきついなぁ……」
「わたしは、ルーっていうんだ?」
ミースは信じたくなかった。
真実だから信じなければいけないというのだろうか。
そんな残酷なことを受け入れろというのか。
「そうです。名前はルーです。自分のことを『わたしは』ではなく、『ルーは』というんですよ……。すごい不器用で……戦うこと以外は苦手でしたが……フルーツが大好物で……徐々にカフェの仕事もこなせるようになっていって……俺の大切な血の繋がらない妹で……」
自然と目から涙が出ていた。
もう、あのルーとは出会えないのだ。
記憶を失うとは、見方によっては死に均しいことだ。
もう、十年間一緒だったルーはいない。
「お、おい……ミースはん……どないしたんや……?」
「ミース……とても辛そうよ……」
何度も時間跳躍を過ごしてきたミースは、ハタから見れば異常者だろう。
それでも涙と嗚咽と言葉が止められない。
「俺は……俺は……ルーさんが最後の時間跳躍をすると記憶が消えてしまうというのを……最初から知っていたんだ……!」
最初にルーが時間跳躍をして、渡してきた記憶。
そのときだけはミースの記憶ではなく、ルーの初回の記憶だったのだ。
記憶にあったのはルーの時間跳躍による葛藤。
そこで最後の時間跳躍の条件も頭の中で考えられていた。
自分の記憶が消えてしまうという恐怖や葛藤も感じられた。
「それを知りながら……俺は……思いついてしまった……状況を打開するにはこうするしかないということを……! 最低だ!」
楔を打ち込んだ特定の時間に戻るワールドスキル【創世神の左翼】。
それならひたすら鍛えてから戻ればいい。
鍛えた身体は持ち越せなくても、それ以外の経験は得ることができる。
だから、時間跳躍の条件であるルーの死が起こらないように大切に扱い、一緒に過ごしたのだ。
ゼニガーとプラムを見殺しにした相手だとというのも、意識したことがないと言えば嘘になる。
大切な人を失うたびに思い知らされる、自分の中の汚い獣性。
すり切れていく魂と精神。
目の前の少女には何の罪も無いはずなのに、どうしようもない怒りをぶつけたくなるときすらあった。
「最低の人間なんだ、俺は……!」
慟哭するミース。
それに応えるかのように、ルーが装備していた緑色のナイフが輝いたように見えた。
ルーはそれを差し出す。
「はい、あげる!」
「……俺に?」
「あげてって、誰かが言っているような気がするの!」
ミースが受け取ると、想いが流れ込んできた。
それは最初にルーから記憶を受け取ったときのような感覚だ。
記憶を失う前にメッセージを遺しておいたのだろう。
『消えゆくルーのために、楽しい想い出という〝花束〟をありがとう』
「違う……! 俺は……ルーさんに何もしてあげられなかった……! 結局、救う者を選んでしまったんだ! あのハインリヒのように!!」
『ミースは気にしちゃうと思うけど、ルーは一生分の幸せを得たんだから満足だよ』
「ルーさん……、最期まで俺のことを気に懸けてくれていて……」
『さぁ、向くのは過去じゃなくて未来――これからはミースの時間だよ。カッコイイところを見せてくれるんでしょ? ルーの大好きな、振り落としの町ドライクルのカフェ店主――振り落としの英雄ミース・ミースリーの大逆転を!』
そこでルーからのメッセージは消えた。
しかし、想いは消えずに伝播する。
消えていたミースの心の火が灯った。
「ルーさんとの十年の成果を見せるよ……【装備成長】スキルレベル6、異種合成」
「み、ミースはん……その力は……!?」
ルーの緑色のナイフを、銀の剣+99に合成した。
本来なら同じ武器しか合成できないのだが、条件さえ揃えば異種間でも合成できるようになる効果が――スキルレベル6の異種合成だ。
銀の剣+99は緑色の風の魔力を纏い、その姿を変えていく。
【風竜剣+99 攻撃力262+99 風属性 火属性 闇の種族特攻 跳躍 攻撃スキルウィンドストライク:銀の剣と風竜人のナイフを異種合成して作りだした魔剣。幼き跳躍侯の遺志を受け継ぎ、特殊なスキルが付与されている】
「262でフルーツの語呂合わせか……ルーさんらしいや」
ミースはフルーツが大好きだった彼女を思い出して、懐かしそうな表情を見せた。
十年間も一緒にいたのだ。
ミースにとってそれは――
「俺たちは大切な家族だ。一緒に行こう」
風竜剣+99を握りしめ、ミースは最後になるであろうループに立ち向かう。
「今の俺は神だって赦さない……! こんな戦いを始めた奴に終止符を打ってやる!」