跳躍侯に花束を
あるところに一人の寂しい女の子がいた。
風竜人という身体の強い種族に生まれるも、心は空っぽで過ごす。
空っぽなまま、同じだった周りの種族はいなくなった。
それからも空っぽなまま戦い続けた。
欠けている自分からでは、何が欠けているのかわからない。
与えられた役目は戦うことと、死に続けること。
繰り返す、ひたすらに繰り返す。
死ぬのは痛い、我慢、辛い、我慢、もう嫌だ、我慢。
それまでは必死に空っぽな心でも我慢して耐えてきた。
けれど、空っぽな心が彼で埋まってしまった。
耐えられなくなった。
最後の時間跳躍の対価――それは記憶だ。
耐えられるわけがない。
一つを除いて、他はすべて失っても構わない。
でも、彼を――ミースを好きだった気持ちを失ってしまう。
我慢できなかった。
だから、最後の時間跳躍をせずに逃げた。
そのことをミースに黙って、彼の大切な人を殺してしまったとしても、神殺しの団のみんなを殺してしまったとしても、人界のみんなを殺してしまったとしても……逃げた。
世界で一番ずるい。
地獄に落ちて当然だ。
ミースからも軽蔑されるだろう。
都合の良い話だが、彼に知られるのだけは絶対に嫌だ。
嫌われたくない。
ずっと後ろめたい秘密を抱えながら、笑顔のミースと接する。
空っぽだった心が埋まったはずなのに、なぜこんなに苦しいのだろうか。
辛いのだろうか。
痛いのだろうか。
でも、それも終わった。
どうせ世界が終わることもわかっていた。
それでも、最後の一秒までミースと一緒にいられて幸せだったのかもしれない。
最高の人生だったとは胸を張って言えないが、彼と一緒にいられたことだけは幸せだったと思える。
だから、そのお返しをしなければならない。
自分を幸せにしてくれた大切な人を、今度は幸せな世界へ送り出すために。
「……行かなきゃ」
時間跳躍の楔が打ち込まれた、十年前の開始地点。
頭の中がかき混ぜられる、重い、明滅を繰り返している。
ルーは急いで、まだ覚えている方角へと走り出す。
「ミースの下へ行かなきゃ……!」
すでに記憶が消去され始めていた。
生まれ育った場所が思い出せない。
「急いでミースに……ミースの記憶を渡さないと……!」
家族の顔が思い出せない。
「そうしたら、ミースだけは最後にまたやり直せる……!」
所属していた団が思い出せない。
「きっと、その情報でミースは……誰かを……誰かを……助けるんだ……!」
そこにいた仲間たちが思い出せない。
「わからない、もうわからないよ。けど、ミースだけは覚えている! だから、わたしは大丈夫……! 大丈夫なんだ……!!」
自分の名前が思い出せない。
「ミース……! 怖いよ、ミース! でも、頑張れるよ……まだ……覚えているから……!」
わけもわからず走り続け、〝誰か〟の下へ辿り着けた。
頑張れた〝わたし〟を褒めたいと、きっと〝わたし〟は思ってくれただろう。