七大悪魔王、二人
『オラァ! 潰れッちまいな!!』
蟲のヴィアラスカは巨大な拳をミース目掛けて振り下ろしてきた。
ミースはそれを横に回避。
地響きがするような威力、それとかなりの速度だが避けられないほどではない。
「削るには地道に足元しかないか……!」
ミースとしては、初手で仕留められなかったのが痛い。
何度も大技を撃てばスタミナと魔力の消費で動けなくなり、倒しきれなかった場合は孤立した敵の中で死を迎えることになるだろう。
それに加えて相手との大きすぎる体格差によって、踏ん張りの利く場所からの攻撃は足元にしか届かない。
下手にジャンプをしようものなら、空中で動けないところを攻撃されてしまうだろう。
「ホーリークルス!」
蟲のヴィアラスカの足元へ走り、攻撃スキルを放つのだが質量が大きすぎる。
表面は抉れるのだが、足の中心までは届かない。
『ちょこまかちょこまかと……こそばゆいぜぇ……!!』
蟲のヴィアラスカが踏みつぶそうとしてきたが、これも難なく回避した。
いくら巨大さと腕力があろうと、素早く小さなミースには攻撃を当てられずだ。
『あああぁぁああああ!! チクショウ!! 面倒くせぇ!!』
それにイラついたのか蟲のヴィアラスカは大声を発した。
大気をビリビリと震わせるような巨人の咆哮。
『おい、テメェら! 見てねぇでチビを抑え付けろ、命がけでなァ! 従わなかった奴ァ死の懲罰だ!!』
「は、はい!」
「それをすれば殺されずに助かる……助かるんだ……」
「了解しました! ヴィアラスカ様!!」
戦いに巻き込まれたくないと様子見だった兵士たちが、ミースに殺到してきた。
さすがにヴィアラスカを相手にしつつ、目が血走って決死の覚悟の兵士たちをすべて捌くことはできない。
「くっ!?」
「つ、掴みました! 掴みましたよヴィアラスカ様!! これで死の懲罰は免除していただけ――」
『ん、ご苦労』
天から降ってくる巨大な影。
それは蟲のヴィアラスカが振り下ろしてきた拳だった。
「信じられない、まさか味方ごとか!?」
「い、嫌だ死にたくなぁぁぁあいい!!」
「ぐぎゃああああああ!!」
迫る拳を前に、ミースは魔力を全身の防御に回す。
「防げるかッ!?」
『ゲヒャヒャヒャ!』
小さき者たちを嘲笑う蟲のヴィアラスカ。
ズドンという大砲に似た音が砂漠全体を震わせる。
蟲のヴィアラスカが振り下ろした拳のエネルギーは凄まじい。
城でさえ一発で叩きつぶすようなシロモノだ。
『どれどれ、死んだかな……?』
蟲のヴィアラスカが満足げに呟き、拳を引き上げてどうなっているかを確認した。
拳に付着した血液、砂漠に散乱する肉のパーツ。
その中で一人だけまだ生きていた。
剣折れ、満身創痍ながらも、目の輝きはまだ消えていないミースである。
「う……ぐ……」
『へぇ、まだバラバラになってねぇのかよ。オレ様の丈夫なパーツコレクションになりそうだ』
ミースは痛みを堪えて立ち上がった。
勝てる手段が見えない。
それでも戦い続けなければならない。
たった一秒でも長く、ルーのために。
「俺は負けない!!」
『あぁん? オレ様を足止めしたって、もう人界が滅びることは変わりねぇだろ。テメェら人間は負け確定なのに何を言って……頭がおかしくなっちまったかぁ?』
「いいえ、蟲のヴィアラスカ。彼には彼なりの勝敗があるのでしょう。どんなにくだらなくても……ね」
「……お前は!」
恐れていたことが起きた。
戦いが長引いてしまったために、もう一人の七大悪魔王が合流してしまったのだ。
「――ウィル・コンスタギオン!!」
「その名前で呼ばれるのも久しい。十年ぶりですね、ミース・ミースリー」
七大悪魔王、毒のゼンメルヴァイツが、いつの間にか優雅な佇まいで存在していた。
一人ずつ相手なら何とか耐えることもできそうだったのだが、この状況は非常にまずい。
蟲のヴィアラスカの再生能力とパワー、毒のゼンメルヴァイツの素早さが合わさってしまえばミースにはどうしようもなくなってしまう。
戦闘が再開された瞬間、死を迎えるのは確実だ。
「おや、すでにフラフラじゃあないですか」
「しまっ!?」
ウィルの動きは十年でさらに磨きがかかっていて、気が付いた時にはミースの真横に迫っていた。
殺される――そう思った瞬間、意外なことが起こった。
「おっと、足が滑った」
ウィルはポケットに両手を突っ込んだまま、ミースのことを思いっきり蹴り上げたのだ。
もちろん、七大悪魔王の蹴りは普通ではない。
ボールを蹴り飛ばすかのごとく、ミースを遠くへ吹き飛ばす威力だ。
その飛距離はドライクルまで届く。
『あ? 何やってんだ毒のゼンメルヴァイツ。トドメ刺す前に吹っ飛んでいっちまったぞ?』
「フフフ……こちらの方が面白そうだったのでね」
『チッ! わけのわかんねぇ野郎だ! まぁいい。あのチビを町ごと踏みつぶしてくっか!』
「どうぞどうぞ、ご自由に。もうどうせこの世界には未練なんてありませんから」
ウィルは手の平をヒラヒラと振って、興味なさげにどこかへ去ってしまった。