迫り来る数千の悪魔軍
「うへぇ~……あちぃ~……」
「おい、これくらいでへばるなよ」
行軍している悪魔軍の中で兵士たちがぼやいていた。
一応は種族的に悪魔だが、爵位も与えられていない低い身分だ。
悪魔の象徴である角も翼も小さく、魔力もウィルたちには遠く及ばない。
それでも生まれ持った強靱な身体で、人間が普通に戦えば手強い相手だろう。
「お前の住んでるところは火山の中だからいいけど、オレは氷河に住んでるっての……砂漠は暑くて暑くて仕方がねぇ」
「ったく、軟弱な人間みたいなことを言うなよ」
「お、人間も砂漠だとこんな感じなのか?」
「そりゃ人間なんてひ弱な奴らばかりよ。まぁ、そっちの方が殺しやすいんだけどな! ギャハハ!」
大笑いする兵士たちの足元で砂が動いた。
「ハハハ…………ハ?」
兵士の視界がズルッとズレた。
煌めく刃、兵士本人が気が付かないうちに顔面が両断されていた。
ザブッと砂から上がってきたのは深呼吸をするミースだ。
「すっ、砂の中に!? 何だコイツ、本当に人間か!? 普通なら蒸し焼きか、酸素不足で死んでるだろ!?」
「ふぅ……。予想していたより七大悪魔王の進軍ルートから外れてしまった。結構走らないといけないな」
「て、敵襲ーッ!! 砂の中に一人潜んでいたぞ!! 殺せ!!」
注目が集まる中、ミースは砂上を走る。
目標は遠目からでも見える超巨大悪魔――蟲のヴィアラスカだ。
行く手を阻む悪魔軍の兵士たちを回避、もしくは斬り伏せていく。
一人一人は強くないのだが、統率が取れていて囲まれると面倒なことになりそうだ。
情報が伝達される前に、速度重視で進んでいく。
(今回の作戦――相手のルートを予想して、砂の中に潜んで奇襲をしようとしていた。けど、相手側が砂漠に慣れていないのかルートが直線にならず、狙っていた七大悪魔王がいる場所からズレてしまった)
目標の場所からズレてしまったために、ミースは疾走中である。
ちなみに過酷な砂中に潜ったのは、サンドワームを真似てチャレンジしたことがあったためだ。
「北へ向かっている! そっちは蟲のヴィアラスカ様がいる方だ!」
「ひぃ! 蟲のヴィアラスカ様の機嫌を損ねたらオレたちも殺されてコレクションにされちまう……! 絶対に通すな!」
急に兵士たちの士気が上がり始めた。
我先にとミースに飛びついてきて、逃げ場がなくなった。
「――ホーリークルス」
十字の煌めきが放たれる。
それは以前の威力の比ではなく、凄まじい衝撃波を発生させて兵士たちを軽々と吹き飛ばしていく。
「な、なんだこの男……バケモノか!?」
「悪魔に言われたくはない!」
ミースは数十人を相手にしながらも速度を落とさず走り続け、進軍する蟲のヴィアラスカの背後へと到着した。
どうやら奇襲が成功して、巨大すぎる悪魔はまだ足元の些事に気が付いていないようだ。
ミースは跳び上がり、蟲のヴィアラスカの身体のデコボコした部分を踏み台にしながら、その高すぎる後頭部へ到達した。
【創世神の右手】と〝守ノ照〟を発動して、剣に神気を集中させる。
「大罪を斬り裂け――新式・九の聖光搦げ邪滅す刃!!」
閃光。
ちょっとした建物サイズはある超巨大悪魔の頭部が弾け飛んだ。
完全に頭部を失ったためか、超巨大悪魔はバランスを崩して倒れ始めた。
「ひぃっ!? 蟲のヴィアラスカ様が上から倒れてきて……潰されッ」
「ギャアアアアアアァァァ!!」
下にいた兵士たちも下敷きになったようだ。
着地したミースはホッと一安心した。
「あとは毒のゼンメルヴァイツ――ウィル・コンスタギオンだけか……。向こうはもっと強いだろうし、気を引き締めないと――」
『あぁん? テメェも毒のゼンメルヴァイツの方が強いとか思ってんのかよ……』
「なっ!?」
すでに移動しようとしていたミースは振り返った。
そこには頭部を失いながらも、片膝を突きながら立ち上がる超巨大悪魔の姿があった。
『ゲヒャヒャヒャヒャ! 残念だったなぁ……オレ様は蟲だ。こんな肉の塊は死体で作った外部パーツよ! 本当に倒したきゃ、肉の塊すべてを一瞬で吹き飛ばすような巨大な攻撃でも用意するんだなぁ……!』
触手が押し潰された死体を取り込み、蟲のヴィアラスカの頭部を形作っていく。
『もっとも、そんなモノは……この世界にもう存在してねぇだろうがなぁ! オレ様が世界で一番巨大ぇ、つまり世界で一番無敵ぇ。つまりつまりィ、オレ様が一番最高ぇ!!』
ミースは、想像以上に厄介な敵だと実感していた。