人類最後の町
ドライクルの冒険者ギルドの中、重苦しい雰囲気が漂っていた。
外からやってきた使者によると、各国が悪魔によって蹂躙されたらしい。
主要な都市、町、村は壊滅だ。
「な、何かの冗談では……!?」
ドライクルの町長は、気が動転したのか調子外れな大声をあげた。
それもそのはずだ。
この世界は悪魔に支配されたと言っても、今までは住人が生かされていたのだ。
それがいきなり、全世界規模で虐殺されている。
「落ち着いてください……いつかこうなることは理解していたはずです……」
静かな口調でエアーデが言う。
そこには慰めも、気休めもない。
ただ事実を受け入れるしかないという達観だ。
「各国の騎士団などの武力は解体させられ、冒険者ギルドも縮小、ダンジョンも閉鎖。私たちは悪魔に生かされていただけです」
「りっ、理不尽じゃないか!! 人間を何だと思って――」
「ルー知ってる。魔界と人界の住人は別の生き物。所詮、最後は殺し合いだよ……」
まだ二十歳の少女であるルーの言葉を信じたくはなかったが、町長はそこに重みを感じてしまい押し黙るしかない。
「偵察によると、もうそろそろ悪魔たちが攻めてくるようです。予想される戦力は七大悪魔王、毒のゼンメルヴァイツと蟲のヴィアラスカ。それと数千の悪魔軍です。町長、どうしましょうか?」
「ど、どうと言われても……」
決断ができない町長だが、それを誰も責めることはできない。
このドライクル以外に逃げられる場所もないし、過酷な砂漠に潜伏するわけにもいかない。
かと言って相手の大戦力に立ち向かうのは自殺行為だ。
戦う者に『死ね』と言うものである。
そんな中、無言で話を聞いていたミースが口を開く。
「俺が戦って敵を引きつけます。その隙にみんなで逃げてください」
「き、キミはめっぽう強いと評判のミース! でも、どこに逃げれば……」
「もう世界が終わるかもしれません。逃げる意味なんてないのかもしれない。けど、一秒でも長く生きてください。それが悪魔への抵抗です」
「……わ、わかった。ただ待って殺されるよりはマシだ」
大きく頷く町長に、ミースは笑顔を向けた。
それを見た町長は十分な時間稼ぎを確約する笑顔だと受け取り、安心した表情で冒険者ギルドの外へと出て行った。
これから避難指示などで忙しくなるのだろう。
残されたミース、ルー、エアーデの三人。
「ミース……死ぬ気ならルーも一緒に……」
長く一緒にいるルーには理解できていた。
その笑顔は、これから死ににいく笑顔だと。
「ダメです。ルーさんには一秒でも長く生きてほしい」
「ルーは……ミースと一緒じゃなきゃ意味が……」
「それでも、俺の……俺たちの願いなんです」
俺たち――それがどれだけ重い言葉か、ルーにはわかってしまった。
「卑怯だよ……そう言われたら、どうしようもない……。十年前のあのとき、ルーは父の形見のナイフを捨ててしまった……。そうしなければ一緒に戦って死ねたかもしれないのに……」
「もうルーさんは精一杯戦いました。あなたが武器を持つ代わりに、俺が戦います」
「ミース……」
ルーは泣きながら、ミースに抱きついた。
ミースはそれを優しく抱き締め返し、すっかり長くなったルーの後ろ髪を撫でる。
互いの体温と鼓動を感じた。
「泣かないでください。もしかしたら、俺が勝つ可能性だってあるかもしれないじゃないですか」
「……うん」
「始まりの英雄、成長の英雄として大逆転をしてきたんだから、今回も絶対に大逆転ですよ」
「ふふ、懐かしいね」
「そうですね。口調もあのときみたいな敬語に戻ってしまいました」
「わかったよ、生きて帰ってくるんだぞ。跳躍侯ルーの命令だ、ザコミース」
「はい」
「そのときはお前に……お前に……」
ギュッと一際強く抱き締めるルーはわかっていた。
ミースは嘘を言っている。
もう生きては帰れないだろう。
ルーと別れたあと、ミースは迫り来る軍勢を遠目に見ていた。
すでに町の避難が始まっているが、まだ時間を稼がなければ逃げ遅れて犠牲者が出るだろう。
「真っ正面から一人ずつ倒していくのは……いくら何でも数の差があるな。絶対に後ろへ通してしまう」
一人と数千の戦い。
元より普通の戦い方でどうにかなるものではない。
サンドワーム十匹とはわけが違うのだ。
「相手を全滅させるなんてどうやっても無理だな……。となれば、命令系統の上を倒して混乱させるしかない」
ミースは冒険者学校の授業を思い出していた。
戦争での戦い方というのも習っていて、そこで圧倒的な戦力差のときにどうするかというのもあったのだ。
軍を指揮する将軍クラスだけを倒して、その場をどうにか凌いだという歴史もある。
今回の場合は倒したあとの退路が用意されていないのだが、そんなことを気にしている余裕はない。
「俺の目的は……一秒でもルーさんに長く生きてもらい、幸せになってほしいだけだ」
目的のためなら死は怖くない。
ミースは流砂でできた高低差の死角を縫うように移動して、数千の悪魔軍の方へ風のように移動していった。